BLOG馬場毎日 sawayaka

視界不良の馬場より金ゐ國許が綴る、満願成就三千里手前の幸福雑記

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

岐阜?長野

に行ってきますので、2・3日間このブログはお休みです。過去、書かなかった日の記事を追加しました。見てね。その間は他のブログが物凄い更新をしてくれるらしいですよ
スポンサーサイト

大成功

ブログ特有の、「積み重なっていかない」感、徒労感は、時間に関係があるんだと思う。つまり「カレンダー」のせいだ。

ネットはリアルタイムが売りだから、絶えず動いているというか、物凄く流動的なイメージが強いけれど、実際はどよーんとした停滞感でいっぱいなような気がする。いや、一部ね。ある程度リアルタイムでもしょうがないような場所限定で。

サイトの更新は原則不定期で、これ以上はないかもしれない。

そういう共通認識があるのではないのかなあ。西野空男さんが言っていたような、「ネットはあぶくだから」という認識は、べつにネットは無駄だとかそういうことじゃなくて、そういうものだということ。それを楽しむということ。

でもブログはモロに時の流れを受けるのですよね。どんなに書いても、日が変わったら新しく生み出さなきゃいけなくなる。いや、生み出さなくてもいいのだけど、そうすべき状態になる。

このブログはカレンダーを埋めることが目的になってるしょっぼいものですから、ことさら流れの速さを感じるのかもしれないけれど、やっぱりどんな人だって開き直んない限りカレンダーが埋まってないと気になるでしょう。


おばけなんてうそさ
おばけなんてデマさ
だけどちょっと
だけどちょっと
防空壕って怖いな


本稿の趣旨はまさにネットの構造的宿命にあたる停滞感の現出であるから、一見稚拙極まりない本稿だが、実は大成功しているのである。

近藤聡乃を見守ってみる

『アックス』や『コミックH』で活躍中の近藤聡乃という漫画家がいる。

「『アックス』新人賞でデビュー→単行本発売→初特集」という、青林工藝社の黄金パターンを踏襲しているから、その筋のファンには既に超有名である。そういえば<あの>『少年文芸』の錚々たるメンバーにも名を連ねていた。「微妙」を体現するために生まれてきたような雑誌において、輝きを放っていたのは彼女と「とがわK」ぐらいだから、印象は強いだろう

以前、ある会員が彼女の絵を「やわっこい」と言って、『ネオ手塚描線』と命名したことがある。近藤作品のどこが『手塚』的なのかは聞き忘れたが、初単行本『はこにわ虫』の解説を書いている林静一の、近年の作品が持つ安らぎとはまた違った柔らかさがある、とも言って、絶賛した。つまりは「新しい丸さ」だと。命名の妙だと。糸井重里も驚愕のネーミングセンスだと。これぞ自分帝国である。

結局彼はつげ義春を認めきれずに馬場つげ研を去ったのだが、去り際に放った一言が耳に残っている。

「近藤聡乃は来るね。。。買いだ!

きちんと読み込んでいないため、まだ『バカ姉弟』的見方から一歩も踏み出せていない。が、何かありそうな予感はある(個人的には、絵については何の迷いもなく「好き好き大好き超愛してる」と言える)。つげとはまた別のタイプの畳の描き込みもあるのかもしれないな、とも思う。

いずれにせよ、批判しかしないと批判された(皮肉です)私には珍しく、見守っていきたいと思った作家だ。たしかに「買い!」なのかもしれない。『マンガ夜話』で語られてからでは遅すぎるのだ(なぜ

マッチ一本の話

CCF20050607_00000.jpg

私が愛用するマッチです。あまりにオーソドックスな絵柄ですが、ご存知『comicばく』11号の表紙にも描かれた、代表的なマッチ。「兼松日産農林株式会社」といえば、かつての日本最大のマッチ会社「大同燐寸」であり、先日の不祥事でも耳にした名前です。

で、こちら

いまやTシャツどころかオリジナルマッチも自宅で作れる時代です。作りましょう、オリジナルマッチ。必要なのはシールタイプの用紙のみ。買ってきてくれれば、その日のうちに量産することが出来ます。

夏のお供に馬場つげ研オリジナルマッチ!
安上がりなインクジェットのプリントマッチ!

つげ先生デビュー作『犯人は誰だ!』仕様四個セットとかね。マッチの見本が出来たらブログでアップしましょう。お金取らないけどね(取れないけどね)。

『何の雑誌』はお金かかりそうだけど、付録なら何とかなりそうだと思ったりする。『貸本マンガ史研究』はとても製本できそうに無いが、ポスターならなんとか。『アックス』はページを埋めることも不可能だが、Tシャツや缶バッジなら何とか。天野天街の手拭欲しいィィィィ!URYYYYYYY!

人は私を下町の本末転倒男と呼ぶ。


【蛇足】

Office K」って『たま』のサイトとかも作っていたのだった。地下水脈がつながっていく今日この頃、お元気ですか?

アドレスを変えたのだ

このたび、本家・高田馬場つげ義春研究会のアドレスを変更しました。新しいアドレスは『http://www.geocities.jp/bbtugeken/』です。

変更の結果、各種検索エンジンからいっせいにドロップアウトしまして、今まで「お気に入り」登録していただけなかった閲覧者様は「馬場つげ研がエアーポケットに落ちたぞ!」と思われたかもしれません。実際、会員の中にも「サイトどうしたの?なんで面白そうな企画目白押しなのに読んでてイライラするの?」「そりゃ『sight』だろ」「つげ義春ゲームはどうなったの?」「そりゃツァイトだろ」と、愛着の無さが露呈した者がおりました。

まあ、相互リンクサイト様には書き込み等でお伝えしましたので、今後ヤフーにシカトされたとしても、そこまでの痛手はないと思われます。むしろそうなった場合は「一見さんお断り」感丸出しのマニア用ドープ閉塞サイトとして邁進します。


それにしても、

2005年5月15日(日)
ジオシティーズに復帰しました。
2005年6月7日(火)
広告対策としてジオプラス(有料)に移行しました。
2005年6月25日(土)
アドレスを変更しました。
(更新履歴より)

このところ空梅雨の高田馬場は、激動の日々を送っていました。この激動はサイトに反映されないタイプの激動で、そのため更新もめっきり減ってしまい、ブログのほうも毎日更新どころではなくなってしまいました(毎日更新になっているとしたら、後々ドバッと書き足したからです)。文系もそこそこ忙しいのです。

また、レギュラーコンテンツのブログ群が出揃ったおかげで、躍起になって毎日更新する必要がなくなった、という気の緩みもあります。しかし、気を引き締めて励みたいとも、もう思えなくなりました。あんなことがあったら、誰でもそうだと思います。



本当は書くことが無いので(ぉ
一応、アドレスを変えた理由でも書きます。クソ暇な方はお読みください。(用語解説等は「はてな」でもあたってください)


新アドレスと旧アドレスの違いは、最後の「jiksingin90」が「bbtugeken」になっただけ。馬場つげ研のHPは、ヤフーが提供するサービス『ジオシティーズ』を利用しているので、この部分はヤフーIDが入ることになっているのですが(ヤフー側では「ニックネーム」と呼ぶ)、今まで私個人のIDだったものを、研究会全体で利用できるように新しく作ったわけですね。

しかし、少しでもネット知識をお持ちの方ならば、「そんなんイミナイよ」と思われるでしょう。そう、現段階では基本的にまったく意味はないのです。むしろ無用な閲覧者切捨てとなって、損あって益なしです。

つまり、「馬場つげ研のサイトだよ」アピールのためにすべきことは、確かに「jiksingin90」を「bbtugeken」に変えることですが、それはドメインレベルでの話。無料サービスの「サブドメイン」なんて、はなから無視されるわけです。

ドメインとは何かと言いますと、ネット上の「住所」です。アドレスも「住所」なんですが、「http://www.」の部分はインターネットサービスの種類を表すようなものなので、基本的に取り除けません。ドメインはその後ろの部分になります。

先ほども「サブドメイン」の話が出ましたが、この後ろの部分には、無料ホームページサービスを利用している場合、普通企業名やサービス名が入ってきます。例えば新しいアドレスでは、前に「geocities.jp」とありますし、5月まで利用していたfc2では、「bbtugeken.fc2web.com」と、後ろに付いてきました。

これによって何が困るかというと、やっぱりアドレスが覚えにくい。もし馬場つげ研がドメインを取得して、「http://www.bbtugeken.jp」になったら、もはやアドレスの説明は必要ありません。必要あったとしても、口頭で済みます。

自分のサイトをやっていない人にとっては、これだけだとあまり便利を感じないかもしれませんが(結構な進歩なのですよ)、さらにドメインは先着1名限りなのです。例えば、「http://www.tsugeken.jp」で取得してしまえば、もはや「つげ義春研究会」名義のサイトはありえなくなります(厳密に言わなくてもありえますが、雰囲気的にかぶった感は避けられませんし、だから他サイトの方から避けてくれるわけです)。つまり、競合他サイトを蹴落とすにはまずドメイン取得!なわけです。

実際、企業サイトでドメイン取っていないところなどありません。

http://toyota.jp/
http://www.sony.co.jp/

ほら。なんか無敵でしょ?説明要らないでしょ?

ちなみに、我らが北冬書房は
http://a.sanpal.co.jp/hokutoh/


まあドメインとかね、必要か不必要かと言ったら不必要だから。別に口頭で言う必要ないし。検索から来て貰えばいいわけだし。しかも登録・更新には1年に5000円もかかるのです。

しかし、それでもいつかは取得したいとサイト管理者が考えるのは、「かっこいい」のと、「5000円なんて安い安い」と思えるサイト作りに憧れるからなのです。かの『ろじぱら』もドメイン取得済み。


で、書き忘れました。何で「現段階では意味が全くない」のに、アドレスを変えたかと言うと、某所で「ジオは近いうちにニックネームのみに限ってドメイン化するらしい」という情報をつかんだからです。どうせガセでしょうけど、信じてみる値打ちはあると思えるんだ。


6271.jpg
ハンニバル・レクターフォントで書く、理想のURL。ひたすらかっこいい



【知識の整理】
●「jp」はjapanの略。日本に割り当てられた汎用国別ドメイン。
●「.com」「.net」「.org」「.biz」「.info」は、gTLDドメイン(generic Top Level Domain)。国や組織に属さない。

●「http://www.」
「http」は、「Hypertext Transfer Protocol」ハイパーテキスト転送プロトコル。ブラウザとサーバ間でHTML(もしくはウェブ文書)を送受信する為のプロトコル(取り決め)
「www」は、World Wide Webの略。HTTPによって提供される情報検索システム。電子メールと並ぶ、インターネットを使ったサービスの代表格。

バイタリティの極北から愛を込めて2

「はあちゅう」さんを叩いておきながら、コメント欄が壮絶なことになっているのを見ると、一転擁護したくなる我が身の不条理よ。

って別に叩いてもいないし、擁護もしたくないわけで、ただ人間存在の不条理にこそあらゆる問いへの答えが隠されていると思うのです。

視座はいつも「存在」に置かれるべきである。社会や人間の構造に注視するためには、あくまで現前する「存在者」ではなく、「存在しない」「存在」を前提とし、構想に注視するそのことが「存在」への眼差しに他ならないのだから、その成員ではなく、成立・変容の過程を問題としなければならない。

こういうのを「カテゴリ違い」と言います。なにせ大作『存在と時間』を読んでいたもんで、口調が自ずと意味不明になってしまうのですね。習って形式的指標法的に書いていきます(この場合無意味と同義)。

しかし暑い。私の脳は汗まみれ。頑なに思考を拒絶して、遅々として読書が進みません。『存在と時間』も、すぐさま「概説本概説本ン」と新書の山に埋もれてしまいました。

「はあちゅう」さんを見て「安西先生・・・やっぱり企画がしたいです」と思うのはスラダン世代の宿命でしょう、忘れかけていた自分企画への情熱が私にもふつふつと湧き上がってまいりました。うだるような暑さもなんのその、企画実行への足場固めを始めました。

ただ、彼女と私との決定的な差は、私の企画は閉じまくってること、基本的に妄想の一点張りだということです。つまり、読書何冊とか映画何本といった自分ひとりでできる企画が多く、しかも「あれやりたーい」「これやりたーい」と言うだけ言って、後は、暗い部屋で独りテレビはつけたまま、何か始めようと震えているだけですから。ホントに、体は熱くなるばかりですよ。

「はあちゅう」さんらの企画は、こう言っちゃ何ですが、やはり学生レベル。「ドームで何万人」規模の企業企画とは別物です。ということは、主宰者が我々に代わっても、何の問題もないはず。イベントはイベントなんだし。そして、「うちはつげ研だから」という理由で隔たりを作るより、「うちはつげ研だから」と言って同じように打って出た方が楽しいということは、わかってはいるんですけどね、わかっては。

サイトがもう少しでかくなっていたら、やるつもりだったんですよ。「勝手に北冬書房の30年」展とかね。「つげ義春トークショー」とかね・・・あ、これはやったか(笑)。全国のファンを行脚して、デジタル展覧会「つげ義春サインイラスト写真」展とかね。「アベシンに会いに行く」ムービーとかね。他のつげサイト管理人との対談とかね。お金持ちの皆様と結託して「つげ義春ドームツアー05」とかね。

どこかでやっていたらお知らせください。つげと北冬系のためならただ働きしますよ、私は。ただ働きさせたい方は馬場つげ研までメールをどうぞ!

しかしオフ会すらやれないのは大問題です。私の人徳のなせる業か、ってこんな文章書いた覚えがあるなあ。何しろ暑いからなあ・・・

Sに告ぐ!お前せっかくK社入ったんだから、つげ先生の原画展ぐらい企画せい!罰当たらんぞ!こんなん出してないで「つげ義春マガジン」ださんかーいって上司に喧嘩口調で言え!即クビだ!このフリーマン!

おっと、そんなこと言ってたら、見つけちゃった。このページ、企業サイトのくせに作りかけだ。画像に保存だヒヒヒ

6281.jpg


とりあえず合宿は7月4日(月)夕方より。二泊三日予定、現地集合。持ち物は、PC・ICレコーダー(音声)・MOVを焼いたもの若しくはPC内に入れてくる・以前わら半紙に書いたもの・ノート・ファイル・自分が「定本」としているつげ本(『漫画術』は共有を使用)
※なお、合宿中は金ゐのことを「帝王」と呼ぶこと。元首厳守。ウハー

書いて書いて書きまくるぞー




このブログは、金ゐ國許が愚痴と皮肉と現実逃避と情報開示をこめて、お送りしました。・・・・・荒れてるなあ。ほぼ無意味な文章だ

つげパロディーの系譜2 『Death Comi』

「Death Comi」 古谷兎丸(ふるやうさまる)

1996年1月発行の『COMIC CUE』Vol.2に掲載された四コマ連作。その中のひとつ、「助川助三の野望」では、タイトルからも解るように、つげ作品が目一杯登場、馴染み深いキャラが所狭しと詰め込まれている。

tp-cue.jpg

上のコマだけでも、(左下から)「ねじ式」「ほんやら洞のべんさん」「ゲンセンカン主人」「山椒魚」「紅い花」「蒸発」「リアリズムの宿」「海辺の叙景」「やなぎ屋主人」「チーコ」「庶民御宿」「ある無名作家」、その数実に12作品。他にも「噂の武士」「石を売る」ペン画「桃源行『黒湯』」がパロディされている。

一見してわかるように、構図(配置)以外はほぼ原典どおりの描写である。「自称ニヒリスト」の友人も、小さいながら全くそのままに描かれている。ネタ的には、古谷節満開の「その後」(『ドラえもん』パロディ)の方が遥かに面白いが、いずれにせよ、やはり画の巧さは際立っている。『ガロ』出身作家としては、「リスペクト爆発!」といったところだろうか。

この号の『コミックキュー』では、各作家が過去作リメイクを手がける「カバー・バージョン特集」を組んでおり、目次にはパロディがずらり。例えば、松本大洋の『ドラえもん』、泉昌之『おそ松くん』、おおひなたごうの『魔太郎がくる!』・・・挙げていく必要が無い程度に売れたと思うので、省略する(レビューはこちらでも)。

ところで、ジョイントレビューが載っていたが、その中で「ロッキンオン」の編集長(当時)が『稲中』に0点をつけていた。これには心底驚いた。いかなる形であれ、「思想」的に『ロッキンオン』は『稲中』を取り込まねば立ち行かないはずである。案外無理してロッキンしているのかもしれないオン。そう思ってしまった。

古谷兎丸のインタビューはこちら。古谷作品にはつげパロディが多数ある。順次紹介予定。

web雑談

なんとなくPC漁ってたら出てきました。ひと夏の思い出に♪

ユゴー の発言 :
YOメ?ン
金イ國許 の発言 :
えらいはやいですね(このとき朝の5時)
ユゴー の発言 :
昨日7時に寝ちゃいました
金イ國許 の発言 :
リアル早起きですか。
ユゴー の発言 :
です。そっちは?
金イ國許 の発言 :
ねてない。本読んでた
ユゴー の発言 :
サイト更新止まってるけど?
金イ國許 の発言 :
生きていく・・・・自信がついたよ!
え?ああ、サイトね?
ユゴー の発言 :
うん。
金イ國許 の発言 :
一応ツゲーいじってたけど、それだけで力尽きた
ユゴー の発言 :
てんてん
金イ國許 の発言 :
てんてん?
ユゴー の発言 :
いや、チャンチャンは古いかなっと
蒸し暑いよね
金イ國許 の発言 :
蒸し暑いよね。横スクロールのサイトってどう?
ユゴー の発言 :
かっこいい。けど逆から読みたい。
金イ國許 の発言 :
逆からってのは?右からか。
ユゴー の発言 :
そうそう
金イ國許 の発言 :
それはない。
ユゴー の発言 :
えー
金イ國許 の発言 :
ネットはやっぱ基本左から右、上から下だからね。英語圏のものだから。
ユゴー の発言 :
ここは日本
金イ國許 の発言 :
なんだその返し
ユゴー の発言 :
幕張の作者、連載始めてたよ
金イ國許 の発言 :
遅いよ!
ユゴー の発言 :
遅かったか
金イ國許 の発言 :
too late hopelesslyだよ
ユゴー の発言 :
『げんしけん』読み直したけど
金イ國許 の発言 :
そう。
ユゴー の発言 :
コミ家は凄そうだね。コミ家の話なんだよ
金イ國許 の発言 :
朝5時からコミケの話か。
ユゴー の発言 :
うん、読み返してた。で、100部作ると3?4万ぐらいだってかいてあったよ
金イ國許 の発言 :
作る費用?
ユゴー の発言 :
24ページで
金イ國許 の発言 :
24ページで。
ユゴー の発言 :
うん
金イ國許 の発言 :
金はまかせる。今は載せるための文章書いて、ためてる状態ですわ
ユゴー の発言 :
漫画の中でもけんかしてた
金イ國許 の発言 :
なんで?その前に馬場つげ研で喧嘩したっけ
ユゴー の発言 :
誰も書かないっていう設定で
金イ國許 の発言 :
ははは。やっぱ書く人って少ないのかな
ユゴー の発言 :
いや、やる気を出せばかけるでしょ
金イ國許 の発言 :
ユキさんから連絡有。7月の2日くらいまでには『週末から』の後れますって
ユゴー の発言 :
快諾だね
金イ國許 の発言 :
電話がありました。奈良県って06?なんだね
ユゴー の発言 :
話したんだ。どんな人だった?
金イ國許 の発言 :
三回目だよ
ユゴー の発言 :
え、そうなの
金イ國許 の発言 :
ただ、向こうも忙しかったんで、事務的なことばかりでした
振込先とか300万の使い道とか僕たちの将来とか
ユゴー の発言 :
ああ、なるほどね。冊子の話はしたの
金イ國許 の発言 :
電話をICレコーダーで採ってあるからおくろうか 嘘だけど
ユゴー の発言 :
はや
金イ國許 の発言 :
冊子の話!し忘れた!
ユゴー の発言 :
冊子冊子!
金イ國許 の発言 :
やるきあんね
ユゴー の発言 :
ね。
金イ國許 の発言 :
「げんしけん」はそんな内容なの?なるほど、それ貸しなさいw
ユゴー の発言 :
500円で売ろう!
金イ國許 の発言 :
いらねえよ
ユゴー の発言 :
(´・ω・`)ショボーン
金イ國許 の発言 :
ああ、冊子を?500円で売るの?
ユゴー の発言 :
完売完売!
金イ國許 の発言 :

ユゴー の発言 :
『げんしけん』貸すよ 又貸しだけど
金イ國許 の発言 :
500円ねえ・・・
ユゴー の発言 :
500円で売ろうよ。
金イ國許 の発言 :
高っ!俺なら買わないけどね
ユゴー の発言 :
販売当日じゃないと、中身見れないようにしてさ
金イ國許 の発言 :
まるきり詐欺じゃねえか
ユゴー の発言 :
いやいや、盛り上がるよ
金イ國許 の発言 :
マッチとか付けても高いなあ
ユゴー の発言 :
高くないよ。
金イ國許 の発言 :
高いよ。だって劇中の冊子は製本済みのマンガ雑誌でしょ?
ユゴー の発言 :
うんそうだけど
金イ國許 の発言 :
文章系で同じ値段ってのは高いでしょ
ユゴー の発言 :
そうかな。たかいかなやっぱ
金イ國許 の発言 :
300円かなページ数は30ページぐらい
電車に乗ろうと思ったら乗れるし
ユゴー の発言 :
コピー代じゃん。1ページ10円。しくしく
金イ國許 の発言 :
投げて遊んだと思えば
ユゴー の発言 :
300円
金イ國許 の発言 :
300円
ユゴー の発言 :
ジュース飲みたい
金イ國許 の発言 :
うむ、がまんしなさい
ユゴー の発言 :
でも、300円とかって半端な額はかえって迷惑だよ。
金イ國許 の発言 :
まあね。じゃあ2冊で500円
ユゴー の発言 :
2冊は要らないでしょ
金イ國許 の発言 :
5冊1000円
ユゴー の発言 :
無理矢理完売かよ
ユゴー の発言 :
なんかおまけつけようよ。
金イ國許 の発言 :
特製絵本
ユゴー の発言 :
うん、そういうのでもいいと思うよ。意外と
金イ國許 の発言 :
つくんの大変だよ
ユゴー の発言 :
漫画書いちゃおうか。ネームのみ参加で!
金イ國許 の発言 :
描けよ
ユゴー の発言 :
つげパロディー、やおい系
金イ國許 の発言 :
実作に手を染めて解る難しさ 金ゐ 
製本はするのしないの
ユゴー の発言 :
しようよ
金イ國許 の発言 :
金かかるぜ
いいのかい
ユゴー の発言 :
3?4万なり。
金イ國許 の発言 :
一人?
ユゴー の発言 :
いや、100部するのに。ご利用は計画的に。
金イ國許 の発言 :
3万=2万8千+500×4だな
ユゴー の発言 :
500円でいいの?わるいな?
金イ國許 の発言 :
馬鹿馬鹿馬鹿
金イ國許 の発言 :
そういえば、君のブログ完全停止中ですよ
ユゴー の発言 :
うん、スランプだね。
金イ國許 の発言 :
ふふふ
ユゴー の発言 :
苦悩苦悩
金イ國許 の発言 :
千両千両
ユゴー の発言 :
金イくん、よだれっ、よだれ!
金イ國許 の発言 :
徹子でございます
ユゴー の発言 :
まあ、頭を使うのはいいことだよね。
金イ國許 の発言 :
そうだね。結構夏に向けて真面目に(院生的に)準備しますよ
ユゴー の発言 :
もうすぐ院試終わるから。そっからですね。ユゴーは
金イ國許 の発言 :
おお、まあしかし暑いね。
ユゴー の発言 :
合宿どこでやんの
金イ國許 の発言 :
たぶん御宿
2泊ぐらい。
あ、着替え・バスタオル持参。
ユゴー の発言 :
おやつは?
金イ國許 の発言 :
タオル貸出しアリマス
ユゴー の発言 :
おやつは?
金イ國許 の発言 :
おやつ・・・徹子でございます
ユゴー の発言 :
YOメ?ン
金イ國許 の発言 :
それでは、テストがんばってくださいね
ユゴー の発言 :
あ、そうだ
世代分けおこられちゃった
金イ國許 の発言 :
世代分け?
ユゴー の発言 :
ほら、つげ旅行でファンの世代を分けた
金イ國許 の発言 :
はいはいブログに書いた奴ね
ユゴー の発言 :
たしかブレイク以前は無視とかかいたでしょ
金イ國許 の発言 :
まあ書いたような
ユゴー の発言 :
あれは間違いだって金子さん言ってたぜ
金イ國許 の発言 :
誰だよ
ユゴー の発言 :
あれ知らないっけ
金イ國許 の発言 :
ほとんど知ってるてか知らないことなんてない
ユゴー の発言 :
YOメ?ン
金イ國許 の発言 :
あれは読者像の問題じゃないからねいわば精神論
ユゴー の発言 :
といいますと
金イ國許 の発言 :
僕たちに何が出来るか的便宜区分
ユゴー の発言 :
でもそれが間違いだって金子さん言ってたぜ
金イ國許 の発言 :
だから誰だよ
ユゴー の発言 :
( ・д・) ぐはー
金イ國許 の発言 :
顔文字止めろ
ユゴー の発言 :
(´・ω・`)ショボーン
金イ國許 の発言 :
もう寝るよ
ユゴー の発言 :
悲しくなけれゃブログじゃないじゃん!
金イ國許 の発言 :
お休み
ユゴー の発言 :
レツゴ三匹でございます
金イ國許 の発言 :
それではさよなら。

ニッキいらんかね

「テンション超ウザ━━━(´∀`;)━━━イ!!! 」
なんて書いてしまうと、もう後がない。いよいよかな、と思ったりします。


ユキさんから連絡ありました。協力的で助かります。仲介ありがとね。

それでこの間の話なんだけど、やっぱりゴーストライターは凄いけど凄くない。我々がこの段階で凄いって言ってちゃ駄目な気がするっていうのが一番の理由です。これを教育的配慮と言いますw

『インストール』を評価してはいけないという話について、「我々は作品を『編集者の目』から見てはならない」という考えは変わりませんが、「消費者としての読者」という言葉は誤解を招きそうです。「受け手としての読者」と言い直したほうが整理できるかもしれない。

りさタンがどこかのインタビューで「これだけ本が出ているのだから(本には)何らかの価値があると思います」と言っていたが、リップサービスにしろ、そういう消極的な評価は作品評価ではない。どちらにせよ、もはや漱石的作家至上主義はありえないです。あと、七月は二泊三日ぐらいでしょうか。二本ね


何の話かって?「こっちの話」です。イッツマイビジネス。






金ゐです。
猛烈な寝不足です。

なぜか。
夜通しあることをやっていたからなんです。

あることとは何か。
知人の日記を読んでいました。
2000年から現在までの丸五年分(つД`) 。



そもそもブログとは、横にカレンダーがついていることからもわかるように、パソコン通信時代からの、もしくは文字が誕生して以来根強くあった「日記つけたい願望」(に有名コンプレックスが加味されたもの)を満たすために生まれたものなのです。現実世界では日記をつけることすらできず、HP開設の手間すら惜しむ、恐るべき無忍耐人間のために開発された最終兵器なのです。

・・・違う?

じゃあ、ブログがブームになった原因を、それが持つ「日記ツール」としての特性に求めても、あながち無理やりとは言えないのではあるまいか、なのです。

しかし、

「ブログ=簡易HP」→「ブログ=日記用HP」→「ブログ=ブログ」

という風に短期間で変化してきたブログ環境において、まさにこれからが「ブログ草創期」な時代(私は毎日が『草創期』ですが←健忘症)にもかかわらず、旧態依然としたリアル生活記録のみ載せ続ける行為は、一見まっとうでありながら、「コイツちょっとやばいんじゃないか」と見てるこっちが心配になってしまうような、危うさを秘めているように思うのです。それは現実問題(法的社会的)危うさであり、精神的肉体的な危ういでもあるのです。

このブログを読んでくれれば解るように、毎日更新は直接脳に作用します。テクスト脳・ブログ脳へと人格がスライドするだけでなく、ネタのためには人間関係の破壊も厭わないようになってくる。これではまるで文学の鬼ですね。私がいるのは『蔵の中』ではなくて、クーラーの中ですがね。レッツ・テリブル・ブルジョワジー。わしょーい

ここらへんのことは、社会学を勉強している人にとって今一番ホットな話題なので、論文等がたくさんあるのではないかと思います。当のブログにも「なるほど」と思わせる良質の文章が溢れています(つまり、そういう文章を載せるブログでは、生活記録のみを掲載することはないのですよ)。

意味のない考察はともかく(あまり本気にしないでね)、いい加減本題に入りますと、つまり私は、純粋な日記が「プライバシーの切り売り」みたいに見えて、「よくやるよ」とやや馬鹿にしていたわけですが、今回5年分の日記を読むことで解ったのは、純粋な日記は正直

滅茶苦茶面白い

ということです。その面白さは、こんな糞ブログの100倍以上です。


日記を書いている知人とは、それほど近しくないのですが、けっして遠くもない。傍から見たら確実に「友人」と思われるレベルの関係であるはずです。が、5年という長期間にわたって日記を公開していながら、私は全くその存在を知らなかったのです。こう書くと何だか私がとても痛い人みたいなので、フォローさせていただくと、私だけでなく、彼の周囲で日記ブログの存在を知っていた人は一人もいなかったのです。

きっかけは飲み会でした。普段は直帰する彼ですが、どんな気持ちの変化か、珍しく飲み屋についてきました。珍しいメンバーの参加に、当然ながら彼は標的となり、前後不覚になるまで飲まされ続け、遂にダウン。店の外で介抱されていました。

男をいたわってやる精神など欠片も持ち合わせていない私は、そのとき彼との共通の友人とPCトークをしていました。その友人とは、以前のエントリで紹介した人物です。彼はネタ系ブログをやっており、そこそこのアクセスを持っていて、馬場つげ研についても色々と意見してくれるのです。

ちょうどサイト更新ネタを血眼になって探していた私は(何しろブログ脳ですから)面白いサイトはないか、使える技術はないか、その男に聞いていたのですが、そのとき、道路脇の自動販売機の前で蹲っていた酔いつぶれた友人が「俺もブログやってんだぜ」と言ってきたのです。

「もう結構長いんだぜ」

これには二人とも驚きました。なぜなら、彼の口からネット系の話を聞いたことなど一度もなかったからで、しかも、長いことブログをやる(途中まではサイトだったそうですが)ほどのネタを持っている人間だとは想像できなかったのです。

彼に詳しいことを聞こうとしても、泥のような顔色で虚空を見つめるのみで、とてもまともに話が出来る状態ではありませんでした。その後も会うたびにその話をふったのですが、URLどころか、「それはいいから」と一向に情報開示してきませんでした。


いくら検索してもそれらしきものは出てこない。これはあとからわかったのですが、彼に関係する固有名詞という固有名詞が伏字になっていて、見事に検索エンジンにひっかからないようにできていたのです。googleロボットに体よく無視されるどこぞのmetaタグとは大違いです。

しょうがないので、執念深い私は今日4時間ほどかけて、ようやく見つけ出しました。長引くのは承知の上です。病的なまでに伏字のアンド検索を続けて、ようやく見つけたわけですよヒヒ

最新エントリは今日。一行目を見た瞬間に、彼が異常とも思える忍耐をもって、日記の存在を隠し通した理由がわかりました。



6月21日
某Kと某Sがここを探してるらしいww
リアルでかかわんのは構わんがww
てかマジ引くわww




そう、何を隠そう、日記にはエントリの99%の割合で仲間内の悪口が書き連ねてあったのです。wとは(笑)の意味の記号ですが、それが二つ並んでいるとあら不思議、とてつもなく嫌な感じがします

どの年のどの月のどの日を見ても、基本的に悪口。皮肉の枕から入って、罵声で締める。このパターンが延々と繰り返され、中には月に約一度ぐらいのペースで長いエントリがありましたが、それは悪口の興が乗ってきただけでした。

これには私も言葉を失いました。五年間という長い年月ですから、当然環境も移り変わり、出てくる人の名前も変わってくるはずです。にもかかわらず、日記の内容は悪口で統一されている。そして恐ろしい更新頻度。毎日毎日、盆も正月も関係なく嫌味が羅列されていました。

何というネガティブな根性。まさにリアル「恨み日記」。画面から負のオーラが漂ってくるようです。これはもう一代記、大河ドラマの世界に突入した怨念の世界!



これは怖いことですよ。森光子の食生活より怖い







niki.jpg
ニッキ



そっちか?い!



朝は晴れてたのに・・・

『失踪日記』の凄さ?ホリエモンの凄さ?

アジマは本当にメイクミラクルな復活を遂げたなと、つくづく思いました。なんとホリエモンが読んでるらしい。「面白い。こういう体験も貴重だね。」だって。全く「らしい」感想です。

あじまといえばつげパロディ。手元にちょっと本が見当たらないので後でアップしますが、確か「やけくそ天使」か何かでパロってたような(曖昧蒙昧

ホリエモンはその前に「さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学」を読んでいたことを知ってビックリ。覚えておられるでしょうか。『馬場毎日』の過去ログを漁れば、どこかに潰れない理由が書いてありますよ。

この、ホリエモンと私の奇妙な一致。私もそのうちテレビ局を買うようになるということだろうか。出世間違いなしなのだろうか。そうか。そういうことだったのか。

つげ巡礼で旅館の主人に話を聞いたとき、学生であることを告げると、開口一番「ウチには銭はないよ。」と言われたことがあった。わけがわからずにいると、主人は「ほれ、何とかの社長は大学中退して起業したそうじゃねえか」と言ってニタリ。

その場は愛想笑いで誤魔化しておいたが、主人は商売人らしく、私の内に秘められた商才を見抜いていたのだ。そうだったのか。私には出世する宿命があったのだ!この際、その旅館を買収してしまおう。つげ遺跡を独り占めできるなんて!(希望の国の)エクソダス!

「はあちゅう」ならやりかねないけどね。


【蛇足】
ホリエモン、贔屓の漫画が打ち切られたことに不満そうに、「連載が終わってしまったのか不思議でならないのだが、やっぱりマニアックなのだろうか。」続けて、「ぜひライブドアで連載してほしいなあ。。。今後漫画コーナーをつくるので。」と意味ありげな一言。ホリエモン、お次のターゲットは、閉塞した出版界か!?

バイタリティの極北から愛を込めて

まあ、その。なんというか。自分はつくづく駄目なんだなあというか。自分の知らないところで世界は回っているんだなあというか。自分の興味ないところでやる気に燃えている人って理解に苦しむなあ凄いなあと思いまして。

「はあちゅう主義。」っていうブログがありましてね。
今見てたんですけども。

この「はあちゅう」さんっていう方は、去年、『さきっちょ&はあちゅうの恋の悪あが記』というブログで、クリスマスまでに彼氏作るぞーという自分企画を顔出し・本名出し・アイデンティティ丸出しでやって、大ブレークした(ライブドアから本になりました)現役の学生さんなのです。ブレイクぶりは彼女のブログを読めばわかりますから省略。

彼女は他にもたくさんブログを持ってらして、正直お腹いっぱいとてもスゴイのに、さらに「活字中毒末期症状」らしく、『はあちゅうの本棚』というブログでお気に入りの本を紹介しています。

このブログをみて、「は?どこが活字中毒だよ?ハウツーばっかじゃねえか。読書家なめんなよヴォケ!」と思いました「活字中毒」という言葉が「本好き」を意味しないことを改めて実感しました。

あまり耳にしなくなったこの言葉(なんせ活字離れが進んでいますから)にネットで最近出会ったのは、『浅草キッド』のブログでした。博識で知られ、政治家との対談番組『朝秘ジャーナル』もやっている水道橋博士が、自身を「活字中毒」と呼んでいて、「こんなに忙しいのに本読んでるなあ、勉強家だなあ」と感心したのですが、よくよく考えてみれば、「本中毒」ではなくて、「活字中毒」ですからね。中毒になるのは、別に読むほうではなくて、書くほうでもいいわけです。何の問題もない。

ちなみに「はてな」では「本好き」を意味するようです。まあ、「はてな」ですからね。ライブドア派ですから、「はあちゅう」さんは。

それにしても。ああ、本気で『働きマン』を好きな人がこの世にいたとは。というより、最早「この人が好きじゃなかったら誰が好きになるんだ」ってぐらいピッタリ出版社側のマーケティングにはまってる感じですね。趣味が「自己分析」で「心理学にはまる」って。ジョークじゃないんだよなあ・・・・。


活動的な「はあちゅう」さんは、ブログコンテストやセミナーの講師、学生課外活動「SIFE」慶応大学チームのリーダー、TOEFL等々、他ジャンルに挑戦中とのこと。ウケるブログセミナーについてはさすがに探偵ファイルをはじめ、方々で物議を醸しているようです。

いえね、こんな卑屈な落書き文章(就活有利そうだなあと思ったら「さきっちょ」さんはライブドアだとか)書くのは止めようと思ったんですけどね、こないだリアルで見たんですよ。「はあちゅう」さんを。うわあマジできついなあー・・・と思って情動で書いてしまいました。


しかし、ブログが多くて多くて、ほとんど『YOSHIKI.NET』状態。これはいけないね。馬場つげ研を見習いなさいorz

大原キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!

今日マチ子さん、大原行ってきたそうです。

大原といえばついこの間馬場つげ研で車中泊したところ。私金ゐは既に3回行っております。『つげ会い』的にも

ビンゴビンゴビンゴ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・:.。. .。.:*・゜゚・* !!!!!

だった場所です。『週末から』に出せるかな?

つげファンならもちろん、非つげファンにもホントマジサイコーな場所です。ハッピー!フゥワフゥワ!大原!フゥワフゥワ!

テンション超ウザ━━━(´∀`;)━━━イ!!!



でも・・・・

『週末から7』について&話し合いの前に読んどいて

「何の雑誌」最新号(第七号)が7月7日に発売だという情報を得ました。西野空男さんも描いているそうです。前号のことを思い返すと、巻頭に載っていた、うらたじゅんさんとの夢幻堂掲示板での始末記(?)がかなりインパクトありました。

奇遇というべきか、奇しくも遇していないのか(あってるよね)、馬場つげ研の会誌『週末から』の最新号も7月7日に掲載予定です。号数は数えることついに7。今回こそ充実の内容を目指して、ただいま奮闘中です。寄稿しつこく大歓迎。避難所のあかさん、まとめて『週末から』に載せるのはどうでしょうか。もちろん各ブロガーたちも時間を見つけてたっぷり書いてください。ちなみに、これは総括ではありません。オルグです。


さて、『週末から』とは別に、馬場つげ研では紙媒体で冊子を作ってみようという話が出ています。8月の頭までには内容の方を完成させる予定なのですが、製本するのか・ページ数・コンセプト等々、まだ何も決まっていません。どのくらいお金がかかるのかの試算もありません。・・・というより、「製本するのか」って、しなけりゃ冊子じゃないんですけどね。

2004年の学園祭で無料配布した「私家版つげ義春書誌」は製本せずに、A3用紙にコピー、ホッチキス止めした最低の状態でした。これは、少なくとも私の中では冊子ではありません。

bunka.jpg
それがし冊子にあらず

内容は書影付の全作品集リストに旅マップ関東版、『つげ義春に会いに行く』ほか、ここでは書けないような貴重な情報が満載でした。うん。確かに満載でしたね。

今回はまず、

つげ本にするのか/馬場つげ研本にするのか

が問題です(学園祭は前者でした)。

私は後者を推します。せっかく徒党を組んでいるのだから、みんなで孤独を癒しあいましょうよ、といった意味も込めて。会員たち皆がつげ義春やそれに連なる表現に興味あるわけではないみたいですからネ。

再掲か/オール新作か

傑作選じゃないけれど、いくらか手直しを加えて、何本かを再掲し、後は新作を数本混ぜて載せる。ブログはこれでいいでしょう。ブログぐらいはオール新作で行きたいもんですが、大幅加筆でオッケーです。

非つげ要素(「馬場」要素)はこれぐらいでしょうか。
ブログ以外の「馬場」要素といったら企画もの?皆で企画?いったい何をやるんだ?想像もつかん


「つげ」要素については、

「ラストシーン考」脅威の4回分掲載!合計8万字!

とか、

全作1ページ書評!

とか、面白いじゃないですか。オール新作で皆縦横無尽に論を展開してください・・・・とも行きませんから(それが出来てたら苦労しない山奥まで電話なんてかけないていうかお前なんかと付き合ってない)、

まあ常識的に考えると、1・2本新作載せて、後は旧作再掲ですか。でも再掲できるほどコンテンツがないんですよね。まだ一年チョイですから。
一人一本好きなつげ作品選んで一ページ書評ってのはどうでしょうか。相当な譲歩ですが、これでもやりたくない/できないと言ってこられたら、どうしましょうかねえ。ある程度「カッチリ」に納得できない人とは一緒にやれませんからねえ。こんなの「カッチリ」でしょうかねえ。



【怒りの小ネタ】

「節子遅うなってごめん。今白いお粥さん炊いたるさかいな。」
「兄ちゃんどうぞ」
「なんや節子」
「菅野修のひょうろんしゅうやん。完全年譜もつけてあげましょね。」
「節子」
「どうぞお上がり、読まへんの」
「うまいこと卵もかしわも買えたんやで。節子・・・?」
「玉姫様」
「節子」
「まぼろしのゆくえ」
「節子、何舐めとるんや。ドロップちゃうやんか。それは・・・・












コロッケやんか!

お前、兄ちゃんにも分けんかい!
この食糧難にまったく・・・

















ってよく見たら

お父さんのバックドロップやんか!

中島らもスゴイスゴイて俺の周りでまともに読んでたの一人もおらんぞ!どういうことや!




はよ出せ出せ!よう食わんわ。











なんや。まだ口に何か入ってるんか。






















って今度は
フリップフラップやんか!

15.jpg

今見直してみてもかわいいんだか微妙やないか!












まったくどんだけ口に入れたら気が済むんや。










そろそろ次はあれやろ、
お兄ちゃんわかっとるんやで、











ハーロックやろ、ハーロックはええな、かっこええもんな、ウチも昔大好きやったわ、デスシャドウ号な。
15.jpg


















15.jpg

ってミーメやないか!
すっごい睨んどるで!てかドロップ関係あらへんがな!













もう無理やろ、もう吐くの無理やろが。
だいだい人間にも容量があるんや、もう無理やろ。

























umez.jpg

そっちか?い!


BLにはTBがある

ブログにはトラックバックがある。

そんな単純な事実。

でも、貴方がその気なら、どんなブログとでもリンクすることが出来るのです。そう、著名人のブログでも――!

トラバを回避するためにはトラバ拒否設定しなければなりません。が、ハイパーリンクワールドでは、普通しませんそんなこと。

って鈴木亜美( ゚Д゚)ゴルァ


ネットでは、著名人の余技に収まらない著名人ブロガーが存在します。忙しいはずなのに更新頻度が高く、かつ面白いため、閲覧数が凄いことになっているブログ。代表例が真鍋かをり古田敦也など。

驚くほどの手軽さで爆発的に増えたブロガーですが、何だか有名人のランキングが数字で出そうで、怖いです。自殺とか増えそう。

つじあやのとかもありました。やる気はなさそうです。



東野翠れん発見!
キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!! かごめでり━━━━━!
自分の写真のっけないでどうする!


なんだかネットで汚れていく私。


つげ義春初期傑作シリーズの解説を書いていたD[di:]のブログも発見。


おお、で、忘れてました。重要なのはここから。

有名ブログにトラバでゴー!

一歩間違えればアクセス乞食。ネット界「でも」ハジカレモノ。
そんなチャレンジャーは馬場つげ研にはいないかね?

朝日の陰謀

tyuniti.jpg


選手のことをいっぱい書くどころか監督の言葉で埋まるベタ記事扱い
さすが朝日

つげファンとつながっていたいのだよ大作戦

ネットができる全てのつげファンと交流したい!


そんな野望のために、とりあえず、ヤフーの検索エンジンにひっかかったつげファンの声を拾ってきました。私はググらないのです。専らヤフー。
ですから、熱心なつげファンなら、ほとんど全てのページを見たことがあるかもしれませんが、まずはブログを中心にTBで交流を図っていきたいと思います(ときどき資料ページや後で読みたいページが入ります)。

注:アクセス乞食ではないのだよ、アクセス乞食では(解析してないし)。ウザかったら消していただいてもかまいません。貴方のサイトに来る人ではなくて、貴方(がた)と交流したいのですよ!なお、リンクのタイトルはサイト名もしくは面白いと思った箇所です。



深く考えないほうがいい。深いため息が出る。

高田渡も自分の事を「つげ義春みたいでしょ、」と言っていたらしい。

夢二…つげさんの画がかなぁ??←勘違いされててワロス

二人の旅人の交叉『蒸発旅日記』

つげ義春と映画

月みてる感じ

つげ義春が今も好きです

忙しくて中断したままの『必殺するめ固め』公式?ページ

「紅いねじ」

マイヒーローつげ義春

月刊ポエム完全目次←おお!

イズムなし。愚痴あり。詩あり。センチあり。

『つげ義春資料集成』出版記念宴会の時のヴィデオより抜粋した、ドキドキの2ショット・シーン←ぼくもいきたかたよ

死ぬ前に一度読んでおこうという思いが、一連の作品を買わせた

ニートな私でも思わず、働こう!と一瞬、思い込ませるような話。

玉吉の作品ではコミックビーム救済4コマ漫画に、1コマのみ登場


とりあえず今回はここまで。後でどんどん追加していきたいと思います。つげ義春作品に関する一家言ありましたら掲示板へ来て下さい。投票もよろしくお願いします。


PS:本日の朝日新聞夕刊に馬場つげ研が紹介されています。











はい嘘も嘘 大嘘 朝から嘘

レスポンスに春の病を見た

肆月帝國』に私のブログへのレスポンスを発見。彼に拙文の真意が伝わっていなかったら大変なので、TBせずにコメント項を書いておこう。


「隣の人が寝ながら寄りかかってきた場合、<中略>軽く押し返すか、無視する」「作法があるが、一昔前はそうも行かなかったらしい」
「高野文子 「るきさん」において、<中略>寄りかかって寝てしまったことが、おじさんにとっての誘いのサインになってしまった」
「今ではそんなことありえん」
「この時はまだ寄りかかって寝てくる人への作法が確立していないのではないか」
「この当時では、<中略>女性が男性に寄りかかってくるなんてことはありえなかった。だからそれに対する反応も作法としてなく、おじさんも特別なことと考えての行動となったのだろう。」(色,引用者)


この回が描かれたのは91年2月14日。『月帝國』さんが言っているとおり、「寄りかかって寝る女性が珍しいなんてことは無い」し、本人も「全然違う無茶な話になってしまった」と自嘲しているが、私には「トラックバックをしてみたかっただけだからいいのです」では済まされない深刻な問題を孕んでいるように思える。

おじさんが「ゴカイ」してしまったことの理由として、帝國さんは(名前をはやくつけなさい)「寄りかかって寝てしまったこと」にのみ着眼し、最も重要と思われる「山手線のスリーピングビューティー」、主人公の愛らしさに一切触れていない。一見してそれが「るきさん」の核を為しているというのに、である。

物語はその本質において、ストーリー上の契機(イベント)によって展開するわけではない。イベントはそこに至るプロセスによって作られるが、そこに至るプロセスはイベントによって作られることはない。


大事なことは何なのか。就職活動なのか。バッジョのポスターなのか。藤澤恵麻なのか。藤澤恵麻の写真集「FUJISAWA EMA」を○yで落として焼いて送ってくることなのか。旅先の動画をちゃっちゃと編集して完成形を届け、『週末から』用の文章を「いっぱいかいちゃった」と万札に包んで渡すことなのか。

この答えを明らかにしてこそ、「ほとんど全ての人が」半ば無意識に「習得している」「儀礼的無関心」の無防備な拡張と反動的無遠慮を制御できるのではないだろうか。

肝に銘じておくべきである。「儀礼的無関心」は無害であると同時に、無益である。そして、それが一度作品に向けられたときに、強大な暴力となる。儀礼の反対語がわからない無知な私に言わせれば、「儀礼的関心」を「本能的関心」「生活的関心」へと成長させることが重要だ。人間だもの。


今、皆さんの間で笑いがもれたが、今まで大切な試合で彼がゴールを決めて日本が助かったことはたくさんあったと思う。あなた方は喜んだではないか。彼は頑張っていたわけだし、自分もそんな彼を笑うことはできない。日本がワールドカップに出場してほしいと、皆さんが本当に願うのであれば、選手を励ましてやってほしいと思う。/ジーコ

















文章を精神論に持っていってみたぞ
うん、いいね。すごくいいね。 (『どですかでん』)

旅先のF4(エフ・フォー)

2005年のつげ巡礼第三弾から帰ってまいりました。たっぷり、つげ義春を旅マップしてきました。
やっと今回で『伊豆半島周遊』をだいたい回り終えたので、近いうちにまとめてアップします。併せて巡礼の模様を馬場つげ研初のオリジナル動画として掲載する予定です。ご期待下さい。


さて、旅先では恒例のつげトークで大いに盛り上がったわけですが、興味深いテーマが登場しました。それは、「つげ義春と読者について」。当ブログでもつい最近触れたばかりです。

話は私金ゐによる「<高次からの>表現」の説明から始まり、すぐさま同行者たちがそれに反応(非会員も含めた四人組でした。そういえば今年5月本家は一人が生きているだけになりましたね)、異論反論オブジェクション(全部文句じゃないか)が起こりました。「自分酔いしすぎだこのアルコールいらず」「シガテラのおわり方よりも酷い」等々、大ブーイング。
ついには私が昔読んだ小説の内容をことごとく忘れていることまで槍玉に挙げられ、主催者の権威は失墜、会員が糾弾して更迭問題にまで発展する事態になりましたが、賛否入り乱れた大議論はいつのまにか「つげファンの世代区分を決定すべき」という流れに。


会員・平が『マンガ夜話』で夏目房之介らが「つげが解る世代」というような趣旨の発言を行ったことに触れ、あくまで区分は便宜的なものにすべきであると主張すると、「何が便宜だお前なんか便器だ」「メロンにハムでも巻いて食ってろ」「こっちは白米に梅干で日本の国旗だ馬鹿野郎」と非難轟々。

しかし、そこは平、横河ブリッジ戦略によって最後はみんな笑顔で決着し、問題は区分の決め手となる要素に移りました。


「生物学的には、」

インテリらしく平が語るには、「世代」という語を使用する以上、やはり親子関係に基礎を置かなければならい、「一世代は子が親に代わり、その子供に代わられるまでの個人の活動期、すなわち30年程度である。」

しかし、平は平素からその態度がただただ鼻につくため、一同は発言を無視して自説を展開していきました。白熱する議論に取り残された平は、「あんでオラの言うことが聞けないんだかいやんなっちゃう」と拗ねてしまいました。

会員は平のことを「遅れてきた電車男」程度にしか認識していなかったので、相変わらず無視していましたが、そのセリフが非会員のつげ魂をくすぐり、彼は平のみならず馬場つげ研のフォローを始めました。

「世代区分30年は駄目だと思う。漫画の歴史自体短いんだし。ともかく、つげ研の使命は極めて大きいよ」

誉められるのが大好きな一同は、目を輝かせ聞き入ります。




「F0(第一世代)って初出で読んでたリアルタイム層でしょ?」

「リアルタイムだと80年代も描いてるしなあ」

「じゃあ『ガロ』以前からリアルタイムで読んでいた人?それだと狭すぎるでしょう。つげ義春ブレーク以前からの読者ってことになるのかなあ」

「『痛快ブック』と『迷路』を一緒くたにしたら怒る人多いんじゃない?」
「でも、世代分けするのは作品じゃなくて読者だから。『ガロ』以後と貸本時代では読者数がかなり違うんじゃないの?」

「うわあ知らない。そこ知らない。嫌い。(NTT)データ嫌い。」

「多分というか絶対そうだと思うよ。『つげファン』の数は比較にならない。だから、ブームごとに分けていけばいいんじゃない?」

「うん、とりあえず便宜的にね」

「で?使命ってのは?」

「やっぱり、今までの世代は記録を残す時に、出版社しか方法がなかったわけじゃない。同人誌とかはあったとしても、小部数で広まらなかったんだし。しかも、これからの世代は、例えば旅マップはできないでしょ」

「なぜ?」

「だって、あと10年経ったら(10年周期として)完全に旅マップ先はなくなっちゃうでしょう。証言者の数も少なくなる。10年前だったら残ってたのに、っていつも思うでしょ?」

「確かに」

「F3層にはまだインターネットが足りなかった。それをちょうど持っているじゃない、つげ研は。まず、熱烈なつげファンであること、ネット環境が整備されていること、それを習得する暇があること、遺跡が残っていること。この四点をクリアして初めて読者から盛り上げられるんじゃない?」

「確かに!条件は全て我々に味方しているわけだ!」

「でも遺跡が残ってなくても盛り上げられるじゃない」

「いや!『はーいこれが西部田村でーす全部ビルでーすパルコ建ってまーす』が続いたら、さすがのファンでも嫌になるでしょう」

「その通りだよ。僕らには・・・・僕ら『つげ義春第三世代』には、次なるF4のために繋げていく使命があるんだよ!」

「じゃあなんでアクセスこんな低いんだよ。隠れ家の掲示板には書くけどウチに書かない人、たくさんいるよ。F3層にも必要とされてないんじゃないの?」














幸せですか
はい幸せです

新たなブロガーの到着に際して

馬場つげ研に新たなブログが加わったので、「会員の部屋」の扉絵を作っていた。

この見習会員ブロガーのプロフィールは、当のブログにてそのうち詳細が掲載(押韻!さすが「売れてない浜崎あゆみ」。わけのわからない人は画面右下のプロフィール参照)されると思うから、それを待つとして、この扉絵の製作過程について小文を書く。


「扉絵」とはコンテンツ個別のアイコンと言うかバナーであり、馬場つげ研では会員専用ページ(ブログが多い)に飛ぶための目印として機能している。このとき、バナーが本の表紙のような形状をしているため、私は「扉絵」と読んでいるわけだが、この扉絵作りは、コンテンツが増えるたびにしか味わえない、実に楽しい作業なのである。

コンテンツ作りが完成まで一人机に向かう地道で孤独な作業なのに対し、扉絵作りは圧倒的に華やかだ。ひらめきさえあれば作業が一瞬で終わるうえに、コンテンツホルダーと喜びを分かち合える。ネットという無限の大海で、一人じゃない安心感がある。

ひらめきに左右される分、サイト運営者としての、格好のセンスの見せ所になっているのだが(誰に?)いくつも作っているとさすがにネタに詰まってくる。知らず知らずのうちにパターンがかぶってしまう。

しかも、今回は別のページで大量のコンテンツバナーを作ってしまったばかりだから(といっても対応する肝心のコンテンツは作っていない。いかに私がバナー作りを楽しんでいるかがわかる)、引き出しは空っぽだ。「またかよ」と言われるないためにも、今まで使ったことのないアイテムを仕入れてこなければいけない。



ブログ名は「四月帝國」。

IDにも四月と入っているから、このブロガーにとって「四月」は特別な月のようだ。サブタイトルにも「こじれた春の病」とある。「春=四月」だろうか。いや、安易に結論に急いではならない。

それにしても、主宰者の私が既に名前の「国」を旧字体で表記しているというのに、「帝国」の「国」を「國」にするあたり、譲れないこだわりがあるのだろう。ぜひともそのこだわりを扉絵で表現しなければならない。



初エントリー「決定的に春を迎えたい」その他エントリーを読む。

「てにをは」を略した文章からは、総じて軟派な印象を受ける。しかし、そんな彼が出だしで「決定的に」と強調してきた。何かある。

ここで言う「春」とは?
いったい彼は今、どの季節にいるんだろうか?

かつて、サッカー日本代表の中村俊介にゲイ騒動が持ち上がったことがあった(本当です)。これがホントの「ゲイ俊」だ。そう思った。
が、今は関係ない。


春を前面に出すパターンが一番楽だが、これは既に窓烏のブログでやってしまった。窓烏は身辺雑記を「しずしず」書く、そう言っていたから、「しずしず」感をストレートに表すように、桜の花びらをうっすらと入れた簡素な表紙にした。

被るのはNG、というよりも今回は窓烏とは訳がちがうから、自然物による「春」の象徴は避けなければならない。ブログの方向性が全く「しずしず」ではなく、その真逆、いつ暴れだすかわからない凶暴性にあふれていないとは言い切れないからだ。というより、あふれているに決まっている。あふれているはずだ。むしろあふれてた。


國許(わたし)と被らないように、「四月」の「四」も大字の「肆」にする。彼の了承はとっていないが、真意を見事に読み取った私の恐るべき読解力に彼は舌を巻くばかりで、文句は言わないだろう。「肆」に「ほしいまま」という意味が込められていることを知ったら、感激のあまり涙するに違いない。

ここで「月」とは、言うまでもなく「がち」と読み、下級女郎や不粋、野暮を指すから、この「四月帝國」もとい「肆月帝國」とは、上級は勿論、下級・野暮までも縦にするんだという決意表明にほかならない。アナキンもびっくりな権力欲(この場合知識欲)をもって、己の帝國を築く。勇ましい限りだ。


さて、そうなると「帝國」の文字はもはや蛇足である。削除してしまおうか。いや、彼の承諾はとっていないが、まさか文句は言うまい。ブログ名「肆月」。少し寂しい気もするが、シンプルは何にも勝る美徳である。

・・・・などと考えながらエントリーを読んでいると、私はハッとした。間違っていたことに気付かされた。と同時に、既に扉絵は決まっていたことを知った。


例えば電車内で飲酒する試み「車内で飲む」のエントリー。これを「安っぽい反骨心」と読み流してはいけなかった。

「皆が儀礼的無関心を続ける」

この言葉である。この大袈裟な言葉に気付かねばならなかった!

他にも、ブログには「崩落の危機」「戦」「リンチ」等々、示唆に飛んだ単語が踊る(タンゴは踊る!さすが「絵のかけないピカソ」。わけのわからない人は画面右下のプロフィール参照)。

つまり彼は、彼なりの戦いをブログを通してやっていくつもりなのである。敵は社会であり、時代である。そして彼の戦いは、卑しすぎ低俗すぎ浅薄すぎる表現によって、あるいは杉浦茂の「西遊記」に代表される少し狂った羅針盤を積んだ海洋船的方向感覚によって、皮肉として機能する戦いであった!おお、エンジニア!よろしいのです!けっこーう。完全。


私はヘルメットにマスクの男を捜した。そして、ゲバ文字のフォントを手に入れた。最後の時計台放送を入れようかとも思ったが、闘争の歴史さえ「カッコいい」と消費してしまう自らをだらしなく思い、かわりにサブタイトルを打ち込んだ。(完璧なる四月)馬鹿には敵わないや、そう思いながらほとんど嫌がらせに近い駄文をこうして書き始めたのであった。

会員の皆へ衝撃の事実


とりあえず、こちらの写真を見てください。



















はい。



何だかボロいアパートが映ってましたね。









ここで、


「で?」と思った人は続きを読まなくて結構です。さようなら。






しかし、






あれ?どっかで見たことあるな、と思った人。












私は今から貴方に、朗報というか衝撃の事実をお伝えしなければならない。金ゐ史上最大の告白です。












何を隠そう、













この建物は、
























テレビドラマ「TRICK」の中で仲間由紀恵演じる山田奈緒子が住むボロアパート・池田荘なのです。以上。
























・・・・わかりました?




つまり、






そういうことなんですよ。
(それでも信用できない方はドラマを見返してください)










なぜこんなものを載せたかって?




それは大体三日後にわかります。



※なお、この項に関する質問・苦情等は一切受け付けませんのでご了承ください。

腰痛とお呼びでない人々

現在、そう、たった今の今まで、つげ研や当ブログで出す雑文・リストを作っていました。

そろそろ『つげ義春年譜2000年以前』を作り始めようかとも思ったんですが、アホみたいに時間がかかるのと、既にいい感じのリストがいくつもあるので、やめました。私個人は完全年譜がネットにあるとないとでは大違いだと思ってますが、これ以上著作権無視でどこどこ突っ走ると危険なのですよ(たぶん)。

著作権無視と言えば、こちらにNHKドラマ「紅い花」のDVDが売っていました。
「1970年代作品・未ソフト化・ 以前同人誌イベントで購入した物です。コレクターズDVD物」
そんな団体があったんですねえ。入札しちゃおうかしら。


で、話を戻しますと、『2000年以前』の代わりに、今までのリストで省略されていたつげ作品の再掲収録リストを作っておるのですが、これが予想にたがわず情報が不足して不足して、困っています。
「こんな本にも?」と思うようなマイナー本にも収録されていて、もしかしたらつげ先生ご本人しか把握していないような再掲本があるかもしれません(失礼か? 本人も把握していない本は無数にあるでしょう、私も見たことがあります)。しかし、完全リスト化は本当に大変そうだ。今年もきっとどこかで再掲されていることでしょう。

再掲といえば、何年か前のヤングジャンプに明らかに代原として手塚治虫の『紙の砦』が掲載されたことがありました。今のビッグコミックオリジナルならともかく、当時のYJに手塚が載る文脈は全くなかったので相当違和感を覚えたのを記憶しています。しかも、驚くべきことに、中途半端なところでカットされ、「続きは当社の文庫で!」的な煽りが入っていました(本来の区切れではないと思う)。
「さすが日本はマンガ大国だなあ」と感心しましたね。「神様」「神様」と持ち上げておきながら、この乱暴な扱い。日本一の青年漫画誌はやることが違いますね(記憶違いだったら御免なさい)


話が逸れました。再掲情報など、一度逃すと入手しにくい情報ってどこから手に入るんだろうという話。考えてみると、やっぱり「書き込み」に頼るしかないんですよね?。情報クダサイヨ。誠意見セテクダサイヨ。
前前から言っている「評論リスト」は在学中に完成させるとして、とりあえずはみんなが忘れている『週末から7』です。復帰する意思のある方は勿論、初めての方もまだまだ時間があるので、寄稿シテクダサイヨ!


そうそう、タイトルにもこの文章にも格別の意味は無いんですけどね、まず腰を痛めたのです。そして、痛めた腰治しに温泉に行くのです。そこに会員が同行するんですが、旅先の夜、お楽しみは当然「朝までつげ義春座談会」。旅行先は温泉ですから万人向けなのですが、このお楽しみのせいで、非・会員の人を連れて行けないんですよ。人数多ければ安くなるのに、いつも会員とばかり。いいのかなあ、社会とずれてきちゃったなあと思ったのです。だから、「お呼びでない」のは本当は私たちの方。
でも、旅をしていてつげトークが出てこないと何だか物足りない気分になりますよね。というより、非・つげファンと旅行した場合、何日も会話につげを出しちゃいけないとなると、今の私にはかなり厳しいです。
本の話をしていると確実にいつのまにかつげトークになっているし、絵画展や映画に行っても、音楽を聞いていても、とりあえず芸術系の話は全てつげ義春につながってきます。スポーツも政治問題も結局はつげトークになる、経済も。
当然と言ったら当然なのですが、それをよしとしない人の多いこと多いこと。山崎まさよしに『全部、君だった。』という曲がありましたが、『全部、つげだった。・・・・え?違うの?』的な会話が幾度私の口からため息とともに漏れたことか。会話の相手にも自分にも、変に気を使ってしまい、最近では別に旅先でなくとも気が休まりません。常に謝っています。そんな私のあだ名は土下座の金やん。

この「つげスパイラル」から逃れるには(別に逃れたいとは思ってませんが)アイドルトークしかないんですが、練習台にしようと思っても、会員の誰も話したがらない。会員には、最後の一線を超えたくないという軟弱者たちが多いのです(いまだにオタクじゃないと言い張ってる)。

しかし、私のつげ好きは、これはもう宗教だな。そう思われてもしかたないです。今日もやっぱり朝から「つげつげ」言ってたし。今から『劇画の思想』と『マンガ学への挑戦』のつげの項コピーさせてもらいに行くし。


そんなこんなでいよいよ友達が少なくなってきた私はとっておきのジョークを考えついた。

サイトによくある「戻る」ボタン。もちろん1ページ前やトップページに戻るためのボタンで、「戻る」と書いてある。これをパロディして「戻らない」とやる、馬鹿だけど愛らしいサイトがあった。ウチはもう一歩進めて「もう戻れないでも忘れない」にしようかと思ったんだよ。

・・・ミスチルだよ?知らないの?ミスチルぐらい全曲知ってるだろう。
永遠じゃ長すぎる。一瞬じゃ遠すぎる。社会と私たちの距離は、そう、完全。結構、若い方、同僚。『魔の山』をついに読了した梅雨の中休みに記す。

野口英世の髪型は世界クラス

ニューズウィークを読んでいたら、そんな記事が目にとまった。著者はピーター・タスカというアメリカ人。「新紙幣は旧紙幣に比べて明らかによくなった」と言う。

「夏目漱石は偉大な小説家だが、彼の陰鬱な肖像は不快だった」

不快かどうかはともかくとして、言われてみると、確かに「物憂げ」な漱石は「陰鬱」だったように見えます。さすがはアメリカ人。白黒はっきりしてますな。

千円札の肖像に使われた漱石の写真は、大正元年九月に撮影された、つまり亡くなる四年前のものである。「偉大な小説家」は胃潰瘍で死んだのだった。

明治43年に療養先の修善寺菊屋旅館で大量吐血し(30分間死んでいたらしい多分嘘)、以後49歳で他界するまで、再発しては数ヶ月病床に臥す、暗澹たる毎日を過ごす。肖像に描かれた漱石は、悪化する胃潰瘍のため陽気に振舞うどころではなかったようだ。それでも「彼岸過迄」「行人」と、長編を書き上げているが。


一方、お札の上の野口英世は、「エクアドルで黄熱病の病原体を発見した頃に撮影されたもの」だそうで、「博士が研究者として最も脂がのっていた時期」らしい(日本銀行福島支店ホームページより)。

私にとっての野口英世は、どうも「借金王」のイメージが強く、お札に載せるのが日本国政府一流の自虐ネタにしか思えないのですが、このアメリカ人はなぜか(髪型のせいで)手放しに絶賛。

「野口英世は自信にあふれ、頭の切れる人物にみえる」
「一緒に飲みたい気のいい男という印象だ」

オレはあンたとは飲みたくないね。もちろん野口英世とも。

そういえば、会津若松には、なんと初恋の人がクローズアップされた青春通りという観光地(人は呼べるのか?私は行きましたけど)があって、博士の桁違いの人気を知りました。医学における業績は現在ほぼ認められていないようですが、それにしても初恋の人まで歴史に残してしまうとは、英世恐るべし(多分、野依さんの初恋の人は永遠に彼の胸の内でしょう)。立志伝中の人、まさにジャパニーズドリーム。

陰鬱だ(絶望した)。


ついでに、浅草ビートストリートのホームページがあった。が、たけしの名が全く入っていない。どうしてだろうか。

見抜かれた

知人との会話。

「恥ずかしいけど、有料サイトにしちゃったよ」
「金とんの?」
「いや、有料ホームページサイトを利用することにしたんだ」
「そうか、でもその前に「優良サイト」にしろよ」


「・・・おれはお前を殺さなければならない。」


つげ義春特集号1 えすとりあ

esutoria.jpg

えすとりあ
創刊号(季刊1号) つげ義春特集号
1981年10月20日 280円 44P

【つげ義春関連】

? 現代漫画の問題点(1)つげ義春―貸し本漫画から現代漫画までの自伝的漫画論―/つげ義春インタビュー・ゲスト つげマキコ夫人 (長男)正助クン
2 つげ義春年譜/山城和己
3 表現世界としてのつげ漫画/蕃いくお
4 私の絵日記/藤原マキ
5 落丁した数コマに闇を見る/寺原孝志
? ゲンセンカン感染源/田村治芳
7 「ガロ」が「ガロ」だった頃の「ガロ」周辺の断片的回想/あらいあきお

※○は特に読んでおきたいもの

【付記】

「完売でも赤字という絶望的な本」である『えすとりあ』は、毎号一人の漫画家を取り上げた、確か全4号の同人誌である。
「確か」と書いたのは、始末記的な文章をどこかで読んだが、掲載誌を忘れてしまったからで、今のところ断定はできない(手元にある4冊以外にオークション等でも見たことがないから、おそらく記憶は確かだと思う)。
当初年4回全8号の予定でスタートしたが、つげ義春の他に、寺田ヒロオ(第2号、82年)、水木しげる(第3号、82年8月)、山川惣治(第4号、83年2月)の四人を特集したところで終刊した。特に、メディア露出が極めて少なかった寺田ヒロオを特集した第2号は様々なところで引用参照されている。

【付記・1】

 インタビューはつげ義春的“マンガ産業論”から始まる。「マンガでビルを建てた出版社」に「利益の還元を、マンガの中でやってもらいたい」と言うインタビュアーに対し、つげは「マンガに関しては、どこの企業も軽く甘くみている」「いいマンガを残そうとかいう気持ちもまったくない」と現状を批判的に語るが、続けて「大資本にやってもらおうという発想がダメ」と冷静に分析する。
 優れた作品が生き残っていくためには、売れなくとも描き続ける(「一生懸命描きたい物を」「自費出版なりなんなりして本を出」して描く)作家の姿勢と、売れなくともそれを支え続ける(大資本による後押しがなくて情報を入手しにくくても「読者の方から盛り上る」)読者の姿勢が求められる。実り少なく労多き貸本時代を経て名作をものにしたつげの言葉だけに、重い。


 自作の“難解”と呼ばれる作風について、つげは“難解”マンガを「ただ難解に描いていて本人にも解らない難解」と「難解であっても、ちゃんと理由のあるマンガ」の二つに分けて話している。前者はもちろん駄目で、後者がいいマンガであるとし、畑中純の『跋折羅』時代に触れて、「あの人の難解物は、難解でいいものかと言えば、よくない」と述べ、商業的な成功を収めた『まんだら屋の良太』を「心に残る娯楽」と賞賛している。

 ここでのつげの発言は、いくぶん“難解”賛美に傾いていると読めなくもない。つげがいたずらに難解な作品を評価しないのは先に引いた通りだが、そこには『ちゃんと理由があれば自ずと難解の様相を帯びる』というニュアンスが含まれているようにも聞こえる。実際つげが評価する作品にはどことなく“難解”なものが多いが、つげの“難解”好きの傾向は、マンガ全般に辟易している中で一風変わった作品にのみ辛うじて脊髄反射的反応を起こすからでも、単にインテリ的知的遊戯の題材になる作品を好むからでもないだろう。そこにはつげのみならず、表現の達成を感じ取る作家の鋭い嗅覚がある。

 高次の表現意欲は、≪高次への≫表現探求であり、まず既存のスタイルからの逸脱として現れる。しかし、文芸・美術作品の歴史を見ても解るとおり(たぶん)、いつまでもそうした状態にとどまるはずがなく、やがて外見的な“難解”は影を潜め、しばらく実験は『内にむかう旅』に出ることになる。そして旅から無事生還した者たちだけが、スタイルを含めたメディアとしての特性を手土産に、≪高次からの≫表現を始めるのである。
 ≪高次からの≫表現とは、作家精神が絵に宿ったり、ストーリーに宿ったり、はたまたラストに宿ったり、といった部分的なものではなく、受け手や社会をも含んだ総合的な表現である。総合的とは、例えば「アンポ?なんですそれ」というセリフがあって、いくらつげが竹林の賢人に見えたとしても、アンポの影を作品に見る努力が無意味ではないという表層的な意味でもあり、表現行為が作品内で完結しないという意味でもある。つげはそうした段階に到達した稀有な表現者であって、だからこそ、自らが試行錯誤のうえ通って来たプロセスの萌芽を「理由」のある難解に認めるのだろう。

 つげはインタビューの中で、優れた“難解”のもつ「理由」を「読み切れない人」は「もうやむをえない」と述べているが、同様の発言がメジャー誌において(リップサービスなのか)過激さを増すため、「つげ義春は読者のことを考えないで描いている」という驚くべき見解に出会うことがある。しかし、「やむをえない」と “切り捨てる”つげの真意が、読者を無視して自分本位に描くことでないのは明らかである(だいいちつげのキャリアを紐解けば、そういった考えがむしろ不自然なのがわかるだろう)。読者の選別は素質ではなく関心の有無に依って為されるわけだし、先に触れたつげ作品の方向性を併せて考えれば、スルーされていると感じるのは、その怠慢、無関心のためであり、被害妄想逞しく批判するのはお門違いと言えよう。
 しかも、読者を選別しているとは言え、昨今の少年マンガと比べれば、その態度はまったく傲慢でなく、むしろ良心的であることがわかる。つげ作品よりも遥かに「敷居が低い」少年マンガだが、読者が求める(と一部の人間によって横暴にも看做されている)ものを従順に取り込んだ結果、読者を軽視さらには蔑視しているとしか言いようがない作品が散見される。読者を無視どころか、読者を求めるからこそのつげ作品であり、これがつげ義春がつげ義春たる所以であると私は信じて疑わない。

 つげにとっては「技術的なレベルなんていくら上ったってしょうがない事」であり、肝心なのは「マンガの訴えている所」だと言う。その点、貸本マンガには「描き手自体のせっぱつまった叫びが聞こえてくるようなものがあった」と述べ、大多数の貸本マンガが低俗だったと反駁するインタビュアーに対し、つげはこれを完全否定している。私が所持する数冊の中にさえ救いがたい作品があるのだから、いくらなんでも貸本マンガ全体が優れているはずはない。80年代のマンガ状況に強い不満を抱くつげの姿が見え隠れする。


 作中人物と本人の近似についてインタビュアーが語ると、つげは自作が「私小説的なスタイルをとっていて、実はほとんど創作」であることを強調し、「いかにだますかという物が大切」であると述べている。ファンにはすっかりお馴染みの問答であるが、ここでつげが「私小説的」であることを自認しており、「私小説的」であることの核に読者を「だます」ことを置いているのは、私の目にはとても重要なことに映る。つげの発言は、(いい加減くどいが)つげが読者のことを考えている証拠になるし、メディア的な自己分析が正確に為され、それを逆手にとっている点からも、作家の自意識の有様が理解できる。しかし、それ以上に、つげの表現が何を軸に変化してきたのか、つまり目的の所在がわかるのではないだろうか。

 言うまでもなく、つげが重視する「だます」こととは、ミステリ的どんでん返しのことではない。さらに、ミステリのように「だます」のが作品の主題ではなく、「だます」ことの後背に潜む表現の本質を読者に理解させるために、そういった自らの戯画化を試みたと捉えることができる(つげが『沼』以前にミステリを多数描いていたのは興味深い事実である、ついでに、ここでもまた「読者」が登場した)。結論から言うと、つげにとっての表現とは、物語る行為が発生する領域すなわち「物語領域」の提示だと私は考えている。
 『つげ義春に会いに行く』第二回でも触れたことだが、本来的に作品世界に≪埋もれた≫存在である登場人物たち(そこに真の意味での主体的意思はありえない)を作品世界外の我々とリンクさせるためには、両者間の「距離」が問題になる。『つげ会い』や映画評ではその距離を「断絶」として片付け、両者の関係を彼岸から此岸への「眼差し」と称するしかなかったのだが、しかし、「距離」とは伸縮自在な概念であるし、全てを含合する試みがつげの方向性ないし可能性だとしたら、「距離」に着目するのはそもそも無意味なはずである。それでも私が「距離」という語を使い続けるのは、読者と登場人物(より正確には作品世界を切り取る主体の存在)との間隔こそが問題の「物語領域」であって、つげ作品から受ける印象は、多様でありながらも、それを形作る両者がそれぞれ何処まで踏み込んでいるのかという、「程度」によって一貫した分類を図ることができるのではないかと思うからである。

 つげは “旅モノ”を経て、『ねじ式』を経て、“夢モノ”を経て、「私小説」へとたどり着いた。一連の“調布モノ”では、舞台装置的世界でも超現実的世界でも無菌室的世界でもなく、「私小説的な」世界を採用することによって「私」を明確化する試みが行われている。こうしたつげの“転向”について、馬場つげ研座談会『つげ読む者の孤独』の中で、私は、それがある種の論理的必然だったとしても「私小説」化は世界観による「距離」の短縮(の読者への要求)にすぎないとし、近づきすぎた読者は、読者と断絶したところで展開された『ねじ式』の実験室的な真理の存在に気付かないと話した。そして、これをもって私は「私小説」という方法元来の限界だと述べた。もちろんそれは作者と作品世界と読者とに関係付けられた「私」という特殊な状況がもたらす、『ねじ式』とも“夢モノ”とも異なる「物語領域」の処理の「程度」を認めた上での発言だったが、それでは読者に委ねられる部分が大きすぎ、作品評価という点では『ねじ式』や“夢モノ”に劣ると考えたのである。

 しかし、つげがこのインタビューにおいて(私の見解とはかなり違った意味、おそらくおよそ“難解”らしくない意味で)重要なのは「マンガの訴えている所」だと言っているにもかかわらず、「物語ることによって何を「訴える」のか、それは物語ることである」という私の同語反復が許されるとしたら、作品の「私小説」化が、つげが読者の存在を「物語領域」の構成要素としてより強固な存在に設定する段階へ進んだということであり、≪高次からの≫表現がいよいよ完成に向かったと考えなければ矛盾する。はたして「私小説」マンガの読みやすさは、“難解”故なのか、「老成」なのか。結論が出るまでには時間がかかりそうである。


 その他、初めてつげ義春特集を組んだことでも知られる漫画評論誌『漫画主義』同人について、「マンガの見方っていうのか、マンガの係わり方が全然違う」と絶賛、勝又進の民話的作品について「僕はわりと好きですね」、僕(金ゐ)もわりと好きですね、NHKドラマ『紅い花』に触れて「くだらないと思う。あんな程度で賞を取れるなんて、テレビのレベルが低いなと思ったね」とバッサリ。夢モノの絵柄について、頭の中にあるイメージに「技術が合わない」ため、「非常に苦心しているんだけど、成功していないんだよね」と言っているが、これについては他の機会に譲る。

 最後に、つげが『ドラえもん』を「マンガじゃ読まない」が「時々テレビで」見ていることが判明している。今までのつげ義春解釈を根底から覆す衝撃の事実である。

広告の結局

電通ってウザイよね。じゃなかった。いや、正直な気持ちではあるんだけれども。ダブルで出てきた広告の研、・・・・そういえば大学に必ずある広告研究会ってウザイよね。

そうじゃなくて。だって誤変換されるんだもの。つい間違えたくもなります。


本題に入ります。御野菜との広告の件です。

・・・そういえばユニクロの野菜ってどうなるんでしょうね。食べてみたいですねえ。物凄く売れそうですよね。発想の転換というか、だって服屋で野菜売るなんて、かなり新しいですよ!

しかもかなりの高級野菜らしいです。なんとトマト1個600円!安売屋で高いもん売るなんてコペルニクスでも考え付かないびっくりです。ファーストリテイリングめ、考えたな。おそらく発売当初だけでなくずーっと売れ続けるんでしょうね、フリースみたいに

でも、もしかしたら単体で9億3千万円の赤字を出して1年半で撤退するかもしれませんね。ユニクロで野菜なんか買わないし。



さてさて。重大事項すぎて、ちょっと前置きが必要でした。



親サイト『高田馬場つげ義春研究会』は、



ウザイウザイ広告問題が解決するまで



しばらくの間「有料サイト」になります







・・・えっ?ずっと優良サイトだったじゃないかって?
まあそうなんですけど、そこはべつに否定しませんけど、「優良かどうか意識する前にやることやるだけス」とか地方高校の文系部活みたいなことは言いませんけど、マジで有料サイトになるんです。というよりもうなってます

有料といっても、閲覧者の皆様には関係ありません。ご安心ください。関係あるのはお前ら(会員)です。

かかる費用は微々たるもんですが、有料ホームページスペースに格上げしたことで、いよいよこのサイトは目に見える形で「損」を与え続ける存在になりました。要するに、止め時は今かもしれないのです。

現在、サイトの主な更新コンテンツはほとんどブログに移行しています。そして、これは重要なことですが、ブログは無料です。

「損」を取り戻すための方法として考えられるのは、第一にヤフーが属するソフトバンクグループの社長・孫正義に馬場つげ研のメインバンくんがアポを取り、ウザイ「iflame広告」を止めさせるよう直談判すること、第二に末永く続ける意欲と価値を見出せるサイト作りをすること。

どちらも「孫」つながりということで、何かしら因縁を感じないわけにはいきません。この因縁は恐ろしいことですよ。だって、常識人なら二番目に決まっているのに、ウチのメインバンくんは一だって採りかねないからです。冗談ではないです。すぐ孫に電話なさい。

で、「ブログでやればいいじゃない。」と言わせたくないので(新規参入のキャッチフレーズみたいだし)、ブログを廃止して、全ての原稿をメールで送らせて、それを掲載する形にしようかとも考えたのですが、それではあまりにも時代錯誤。福島政美の新作みたいなので、ブログは残すとして、そうなるとやっぱり採るべき道はひとつなのです。

「サイトでしかできない。」

そう、

「サイトでしかできない。」


こんな時代だからこそ。ブログ全盛の今だからこそ。


「サイトでしかできない。」

ことをやっていく。それに尽きるわけです。また、前提論に戻ってしまった!それぞれの「サイトでしかできない。」を考えていくべきなのだと。

でも、10日に一県更新してきた『旅マップ』も、残る九州は『週末から』に載せますから、もうない。『北冬名鑑』は情報不足であまりドカドカいきそうもない。

さてどうするんだ?どうしたら定期更新できる「サイト用」コンテンツが発掘できるんだ?


え?優良サイトをめざしているのか、それともサイトを優良にすることに生きがいを感じてるのか?

両方ですよ両方。ちなみにこの文章はフォントが使いたいだけです。
とにかく、このままでは(閲覧ストレス解消以外には)2ヶ月に一度以下の『週末から』のためだけの有料になってしまう。

「tys awards」は柱にはならない。ゲームはもう少し作りこんでくれないと載せられない(連絡ヨロシク)。堀池は地盤のゆるい山に住んでいるから、アジサイの季節は東京にこれない。ツゲージャパンは正直もう終わった

残すはショップとムービーだな。ショップは売るものが無いから論外として、ムービーは「つげ義春に会いに行く」特別篇ムービーでも出すか。例えば、世界初茅葺民家ムービー。対象は動かない。
手元がぶれるだけ。

何だか人生みたいだ。




P.S 元気ですつげ研

会員・窓烏に有料化を相談したら、さすがは夜の鳥、ニヒルな声で鳴きやがったぜ。

「吹けば飛ぶようなサイトから脱皮するいい機会なんじゃないの?」

続けた言葉に唖然としたね。

「3年後には、つげ研で不動産やりたいね

馬鹿だ。こいつ大馬鹿だ。
底抜けのスケールに身震いしたぜ、相棒。ついでにつげ研から総理を出そう。中学の教科書につげ作品を載っけて、ついでにインタビューであいつの好きだった曲を口ずさもう。ガタメキラ。

広告について

大変見づらくて、閲覧者の皆様にはご迷惑をかけております。

で、結論です。


移転はしません。
広告を減らすためにサイトレイアウトをいじることもしません。

慣れてください。

馬場つげ研はいまや醜いサイトの代表格、管理人の私でさえ見る気がしません。が、どうしようもないことはどうしようもないのです。ジオが気を変えて、仕様も変えてくれる日を待つしかありません。ごめんなさい。

一応、左アイコン・上アイコン一部に扉画像を付けることで、広告回避の策はとっておきました。「旅マップ」は別ウインドウで開きます。

広告ウザい

二つ出る摩訶不思議な広告について、原因がわかりました。
ジオは「一番大きなフレームにしか広告出さない」と言っているくせに、iflameには必ず出るそうですよ。「tys award 2006」のページなんて開くと一気に三個。ふざけんな!最近はいらいらして更新どころじゃないですよ。

このままなら間違いなく閉鎖。

ネットの登場は映画をどう変えたのか

ファンサイトなのにつげ先生についてすらきちんとできていない。これは私以外の会員の怠慢のせいなのです(ぉ

一応ブログでは自らの枠を広げるためにも、つげネタ以外のもの、本家ではあまりやらないネタをひろっていこうかなと思って、こうしてグダグダと手癖のような文章を綴っているわけですが、うーん、我ながら「おいしいとこだけ欲しい」という願望がうっすら見えますね。

労力は惜しむけどでかいことしたい。これは駄目男の共通嗜好です。「メンバー募集。ドラム、ギター、ベース、キーボード。当方ボーカル担当」みたいな。何気にこういうメン募を見かけますが、心から死ねといいたい。

で、タイトルは私の興味あるテーマです。「おいしいとこ取り」志向な私は、書くネタにつまると、企画をぶちあげるのです。

ネットの登場は映画をどう変えたのかが知りたい。いや、ネットの登場で名作映画はどう変わるのか、の方が面白そうだな。ガキどもがアナログ満載で宝探しする『グーニーズ』とか凄いことになりそうだ。GPSに金属探知機。ってネット関係ない・・・こともない。
話は逸れますが、『グーニーズ』って子供たちの一人でも銃を持っていけばすんなり行きますよね。ドーンて。


【映画のラストシーンを変える男】
ラストシーンを都合よくいじっちゃう。

【日本映画特殊効果史】
これは近頃日本映画(それも絶対に映画史に残りそうもないド大衆・売上微妙路線映画)をけっこう見ていて、興味が出ました。既に誰かがやってそうだけど。

【さよならの漫画誌】
出ましたタイトルだけ。漫画の中の「さよなら」を集めようよ。

【銀幕の本棚】
DVD世代の可変ズームを利用して、映画の主人公がどんな本を読んでいるのかを調べる。なぜ実行に移さないのかと言うと、そのために見直した3本の映画全てが辞書とか教科書しかなかったからです。

【なぜ私は吹石一恵を見ると無性に腹が立つのか】
たつんですよ。なぜか。なぜなんでしょう。というより、そんなことよりもこのダサすぎるホームページはなんだ(怒)。プロダクションの人間が作ったような素人臭がムンムンする。伊東美咲と比べると・・・・ってレフティモンスターのサイト見つけちゃったよ!これ絶対本人かその友達が作ってるよ!きゃああああ

【イワナミ★カンドク】
阿呆っぽいタイトルをつけなきゃやっとれんわ、と思ったら「岩波文庫の赤帯を読む」という本があった。古本屋で手にしたとき「いるんだなあ」と感心したが、上のリンクで語っているセイゴオも実に嬉しそうだ(勿論読んでいるようだ)。みんなシアワセ!読書シアワセ!・・・しかし、何日かかっても一向に進まない僕の赤帯は、精読ということで許してもらいたい。


あれえー困ったなあ

サイトの広告がうざくてフレームページにしたのに、ページごとに広告が出るようになってしまった!つまり一度に必ず2個広告が!
これは困ったなあ。嫌だなあ。不愉快だなあ。移転しよっかなあ。どうすればいいか教えてくださいまし。

センネン画報がAOL公式ブログに!

こちら

ごめんなさい、看過できませんでした。迷惑かもしれないけれど、トラックバックまでしてしまった。ハイパーリンクの世界ではトラックバックの拒否など、原則不可能なのだよ!ふはは!(誰に言ってるんだか)

しかし、いい感じです。実にいい感じです。

 HOME  »

Calendar

05 « 2005/06 » 07
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

Administer

Monthly Archive

Categories

Recent Comments

Recent Trackbacks

Recent Entries

Blog Pet


私のブログを盗み見て言葉を覚え、話しかける(クリックする)と返事をするらしい。あまつさえ勝手にエントリーにレスをつけてくるという。名前の由来説明は不要だと思うが、詳細なプロフィールが知りたい方&「なんのこっちゃ」と思った人は上の「ねずみ」という文字をレッツ・クリック。

占い

Catchphrase

Profile

Administer

Others

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。