BLOG馬場毎日 sawayaka

視界不良の馬場より金ゐ國許が綴る、満願成就三千里手前の幸福雑記

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タイトル画像変えました

神様?
ぼくは神様じゃないですよ笑



金ゐです。

会員から、「あいつは勘違いを装いながら本気で勘違いしだしてる」と陰口を叩かれたことがある方の金ゐ國許です(大和田)。でも、勘違いに勘違いと批判するのはお門違いというものです(夢枕)。


さてさて、タイトル画像を変えました。前のやつは滝だったんですが、「シロナガスクジラみたい」だと言われたので、思い切って爽やかなものに変えてみました。うーん。連日大雨に見舞われた、悪夢のような東北旅行を思い出しますね。

当初は一月に一枚づつ、定期的に変えていこうと思ったのですが、なにぶん飽きっぽいので、一ヶ月を待たずに「爽やか賞味期限」が切れたと判断し、次のに移ってきました。

ブログ開始からまだ4ヶ月なので、画像の枚数も月数と同じ4枚目なんですが、続けていけば、どんどん枚数が増えていくと思います。今回のも多分すぐに変えることになるだろうし。いくらなんでも暗すぎるwカッコいいとは思いますが。

そういえば、最初の一ヶ月は入道雲のテンプレートでした。カッコいいと思ったし、事実人気も高かったらしいんですが(テンプレートランキングでずっと一位だった)、あれは爽やか過ぎた。このブログのsawayakaは、世間一般の爽やかとは違いますからね。『熱血甲子園応援ブログ』を名乗りながら、甲子園の話題は一切触れないタイプのsawayaka。

本来なら、タイトル画像には自分で撮影したものを使うべきなんですが、ネットにはいい写真がごろごろしていたので、ちょいと拝借してしまいました。次からはタイトルにちなんだ馬場の写真でも撮ってくることにしましょう。

でも、実はあんまり馬場行かないんですよね。早稲田生じゃないし。



【タイトル画像ヒストリー】

1.曇天の鉄橋
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2.蓮と水滴
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3.清涼のミニ滝
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4.視界不良ドライブ
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5.路地裏の都せんべい
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コミック教養講座に

つげ忠男のシュールレアリズム』が取り上げられていました。朝日新聞朝刊。5月にも秋野すすきがとりあげられていました。

このコーナーの執筆者、湯浅学は北冬ファンですね

犬婿入り

多和田葉子、98年、講談社文庫
1960年生まれ。91年にデビューし、93年に「犬婿入り」で芥川賞を受賞。82年から独・ハンブルクに住み、ドイツ語による執筆活動も評価されている。2002年、『球形時間』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。2003年 「容疑者の夜行列車」で谷崎潤一郎賞受賞(はてなより)

多和田は阿部和重とともに柄谷行人が見出した作家だとか。ユリイカでも特集が組まれていましたね。内容はともかく(しつこく『土俗性』から見たとき、私は『犬婿入り』が傑作とは言い難いと思いましたが、理由は別の機会に)、文庫本には大変お茶目なアクセントがついていました。

まあ帯の文句もどうかと思いますが、裏のあらすじ紹介がさらに凄かった。


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拡大すると、



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ふむふむ。別に凄くないではないか。



あれ?





えっ?





何これ?









パリコレ?




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「キタナラ塾」?
「キタムラ塾」?(汗


まさか天下のK談社が?

「2004年第三刷」までこの致命的な誤植を見逃していたと?
こんなの[日記下部]以上に失礼な誤植です)
メメメメメ!


誤植関係お役立ちリンク

ホラーだけ2

ジャパニーズホラー、ハリウッドリメイクの先駆け『THE RING』の場合、監督が『ザ・メキシカン』だったせいか(ホラーだけ2)、とても酷いものになってしまいました。完全に改悪。

「父ちゃん、台無しってどんな台?」
「ハハハ台無しというのはね つまり二つの説があって、『台』は仏像の『台座』のことをさし、どんなに素晴らしい仏像も台が無かったら威厳が無くなるという意味だという説と、『台』は『題』であり、江戸時代に流行した頓知即興において、駄目なお題は盛り上がりに欠けて全然駄目だという意味だよ うん?何の話だ?」

そんな感じでした。

ちょっと見ただけでわかるように、『リング』シリーズの核である「呪いのビデオ」が恐ろしいCGの化物(ホラーだけ2)にすりかえられていて、カウントダウン映画の最重要要素であるはずの「謎解き」がごっそりと抜け落ちていました。緊迫感はゼロ。「ビデオ逆流紀行」という面白企画を捨ててまで超大国アメリカ及びハリウッドが目指したものは何だったのでしょうか。

もちろん技術的に日本版を遥かに超えていたのは間違いないし、CMあがりらしい映像感覚は確かにあった(かもしれない)のですが、そのことで日本版『リング』の持ち味である「ちゃちさ」が失われてしまったのは真に残念でした。そして、大変遺憾であります。

基本的には福田和也が頭を抱えてしまうような与太話にすぎない『リング』が、

(『作家の値打ち』によると、鈴木光司の原作は35点。「紋切り型に満ちたレトリック。目新しくはあるのだろうが、それがどうしたと突っ込みたくなるような種明かし。」「新奇であるにしても、それが何ほどかの感興を呼ぶのだろうか。教えてもらいたいほどだ。」「彼の人気こそが「ミステリー」であり、「ホラー」でもあると云うべきか」・・・・ってそれ本稿の落ちですよ!新奇な落とし方を教えてもらいたいほどだ)

それでもリアリティを持ちえたのは、「呪いのビデオ」をはじめとする作品内の要素が見事に「ちゃちさ」を備えていたからであって、その「ちゃちさ」が親近感を生み、「あ・りィ・う・るゥ!」という幻想を観客に抱かせたのです。

ホラー映画の怖さが制作費に反比例するのはもはや常識ですが、観客がむしろチープな作りにこそ興奮するのは、その「ちゃちさ」に感情移入できるからなんですね。隙間から誰かが覗いている恐怖。「あれ?主人公の性格、いつのまにか変わってない?こんなにアグレッシブだったっけ」
・・・・論理の隙間から覗かれる恐怖!

「制作費に反比例」と言いましたが、もちろん「かっちり」した印象を与えるぐらいにはお金をかけなければいけないわけで、素人ビデオの方が怖いというわけではありません(ホームビデオのその後を想像する恐怖はありますが)。しかも、必ずしも金のかかり具合と「ちゃちさ」加減がきれいに整合するとは限りません。ホーンテッドマンションよりも普通の集団住宅の方が、『スタブ3』の撮影所よりも「にっかつ撮影所」が怖いのは、現実にどちらが金のかかった建築物かというよりも、どちらがよりチープなイメージを醸し出しているかという点から見て納得すべきなのです。

つまり、「ちゃちさ」が生む「ホラー土俗」こそが恐怖の根源なのであります。「ちゃちさ」と「土俗性」の融合による「ホラー土俗」は、人生のやるせなさや、心地よい退廃のかほりとともに、追憶さえ恐怖の対象にしてしまうのです。これが失われたら、もしくはこうした深読みや言葉遊びが許されなくなったら、ホラー映画の魅力は半減どころかゼロになってしまう。

補足しておきますと、私はホラー映画における「土俗性」というものを、意図的にかなり狭く設定しており、概ね好意的に解釈します。例えばあの『狗神』ですら、「ど・ぞ・く!ど・ぞ・く!」と楽しめてしまいます。他ジャンルの作品で土俗性を問題にするときは、「なんて野暮な土俗性アピールだ!甘ったるいオリエンタリズムだ!赤茶色の暴力だ!」と手厳しく糾弾するのですが、ホラー映画は別。稲川淳二?あれはまぎれもなく土俗そのものですよ(ヒゲが)。

これは私が「知的に未熟」(by呉智英)だから、というのもあるんですが、むしろこんな私に「差別」を強いることこそが、ホラー映画というジャンルの特殊性を示しているのではないでしょうか。そういうことにしときましょうよ。ミニ情報あげるから。【「オーメン」リメイク、06年6月6日公開!】・・・地球には時差があるって言うのに。どうせなら6666年6月6日6時66分にやればいいのに(ぉ

さて、そろそろ『THE RING』の話に戻りますが、この米国版は導入部を見ただけで「ナシだな」と確信できるぐらい、日本版の良さを支えていたベクトルがなくなっていました。

物語は、主人公の姪が突然死するところから始まります。その後、彼女がちょうど一週間前に山小屋で呪いのビデオを見ていたことが判明し、話が進んでいくんですが、この突然死のシーン(冒頭も冒頭ですよ)。ここがもう全然日本版と違う。見た人はわかると思うんですが、確かにカメラアングルから何から日本版とほぼ同一なんですが、これが「土俗性」という観点から見ると、全くの別物なんです。

消したはずのテレビがつくシーン。怖いですね。どこから何が飛んでくるか分からない不安。もしかしたらもう怪物が登場するかもしれない!生物としての人間の、暗闇への偏愛がありますね。重要なシーンです。

しかし!
しかしですよ!

米国版ではテレビに「野球中継」が映っていないのです!なんということでしょう(『ビフォーアフター』風に)。日本版では、確かカープ対ヤクルト戦だったと記憶していますが(そのうち何日の何戦かわりだします)、せっかく日本人向けに舞台をシアトルにしたのに、米国版では野球中継はやっていなかった。ほんとにもう、制作者は日本の野球中継が持つ象徴的な意味を教えてあげなかったんでしょうか。

まだあります。主人公は日本版同様、新聞記者なんですが、もうこれが大違い。米国版では、なんと松嶋奈々子じゃないんですよ。ナオミ・ワッツなんて元チアガールみたいな軽快な名前の微妙女優が演じていて、その名も「レイチェル」。うわもうなにこれ。「霊散る」とかけてんの?ダサッ。ブレイク前の竹内結子が演じた姪も、ケセランパサランみたいなリトルマフィアになっていたし。名前も変わってました。つまり、マクダァナル・アメリカは「ともちゃん、のろいのビデオみたんだよ」という決め台詞まで奪ってしまった!

日本版では、女子高生の変死に対する反応は、「もしかしたらカレシが関係するのかもしれないわよ・・・・きゃ☆」といった、実にドメスティックな、いわば「野暮と下世話の狭間」的なものでした。対する米国版はというと、「ヘイメーン、プシーキャッツはノンドラッグでラリってなかったようだぜカマーンソニックブーン」なんて大味なこと抜かしやがって。それじゃあ駄目なんだよ!「ちゃちさ」には繊細さが必要不可欠なんだよ!誰が決めたんだよ!映倫だよ!(つづく)

家庭教師のトライが大変なことに

イエローさんより。各所で話題になっているので既にご存知かもしれませんね。「T?1グランプリ」。アレな企画です。

某知人が担当しているというマガヅンの『クニミシの政』でも、「女性議員が外面をアピールすると選挙に負ける。だって選挙権持ってるのは男性だけじゃないでしょ。男性も、妻がいたら入れないっしょ」なんてクニミシが言っていました。クニミシも最初はまともなこと言ってたんですね。

でもよくよく見てみると、アレじゃない。全然アレじゃないことに気付いた。素晴らしい企画よこれ!No.17の佐々木礼 (ささき あや) さん。津田塾の2年生だそうです。




趣味 読書,チェロ

チェロキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!





「わたしは情報数理科学科で、主に数学を学んでいます。数学は美しく、とても魅力的な科目だと思っています!」

マスマティックスキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!


奇遇だな。私もチェロが好きで数学を美しいと思う人間なんですよ。
というわけでトラバしてみました。いったいどういう反応がくるんでしょうか?予想してみました。



?「うわキモ」の一言でトラバ削除もしくは無視
?「トラバキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!」で一瞬盛り上がっておしまい
?私コンタクトしてなかったんで、わからなかったんです。連絡先聞いてもいいですか?



非?だな。悲惨だな


※品位を考えて、少々訂正。TB先には変更されないんだけどねw 佐々木さん、変更できるならしといてください(ぉ

つげ兄弟DVD発売記念!

『蒸発旅日記』と『無頼平野』DVD、8月28日発売!

サイン入り台本欲しい・・・・が、人はサインのみで生きるのではない。

今、金がない。

致命的にお金がない。

レンタルで見る愚息を許してくださいマリア

あの金で何が買えたか。

てんぷらにな、ドロップにな・・・・

ビチビチやんけ!

templeにな・・・

寺やんけ!規模でか!

でも父ちゃん軍艦持ってたやんか

あれは私的所有じゃないやんか!

ああ、DVDも買えないなんて

馬場つげ研の主宰者として恥ずかしいよ俺は

が、私はヴェルディユース出身者として(精神的に)

金満主義にもっとも近い距離にいる

だからこそ、

もういっそ「つげ教条主義」を貫こうかしらん

「つげ義春原理主義」!

でも、どっちかというと、うちらは創造的適用

金日成だ

ぼくのスターリン。

っていうB級漫画、きっとどこかにある

赤旗で連載して、

駿・宮崎が映画化だ

さみしいな

武居記者の赤塚回顧録「赤塚不二夫のことを書いたのだ!!」につげ先生の名前が出てきたな

自伝とまったく同じ記述だったな

さみしいな

赤塚は猛烈につげ批判をしてた

時期もあったのに

あ、この二行詩っぽいな

うれしいな

絶対に負けられない戦いが、「そごう」にはある。

バーゲンセール。

魂のバーゲンセール。

安売りはできない

プライドの「安売王」

安売王で売ってないかしら

お!

つながったね!

って発売前に中古戦略かよ!

ビチビチやんけ!

駄目です

手を抜いては。全力で無意味に「地獄の季節」を演出しましょうね。セレク出来ないならすべて新しく書けばいいじゃない。

ぼくバイトだからもうねるー(ぉぃ

ちっ、バトンかよ

各所でブーイングの嵐を起こしているバトンがついに私にも回ってきた。実にめんどくさい。こんなもの、単なるチェーンメールじゃねえか、出所は不況にあえぐ出版業界か?潰れてしまえ出版社など!

愛してくれない女性(ヒト)なんて 死んでくれたら楽なのです 芭蕉

なんて実は数ヶ月前から今か今かと心待ちにしていたんですが
おせえよおめえら遅すぎるよ



・今部屋の棚に並んでいる蔵書の冊数

部屋には3000冊ぐらい。倉庫にたくさんあります。でも、3000冊が並ぶ棚やそんな棚が収まる広い部屋は持ってません(笑)漫画の方がやや多いか?

・最後に買った本(マンガ)

最後に買った本はフォークナーの『アブサロム、アブサロム!』(講談社文芸文庫、上下巻)。まだ読んでません。楽しみにとってあります。

マンガは小山ゆう『おれは直角』文庫版。100円でコンプリートシリーズ、『ガラスの仮面』『カムイ伝』に続いて、いま小山作品を集めてます。

読みたい漫画も本も、ほとんど金持ちの友人に買わせて、借りて読みます。彼は僕にとって最高の図書館親友です。

・今読んでいる本(マンガ)

たったいま松本大洋の『GOGOモンスター』を読了しました。発売当初に漫喫で読んだものを再読。小学校の雰囲気がよく出ている、としか言いようがない。『海辺の叙景』を読んだあとだけに。

本は、漫画関係では太平出版の『劇画の思想』(権藤晋、菊池浅次郎、石子順造)を読み、関連して『ぼくは劇画の仕掛人だった』桜井昌一を読了。後者は劇画研究の基本書らしいが、つげファン的には「南風」ほか興味深いエピソードが楽しかった。

小説は大江の『個人的な体験』が一番最近か。少なくともアスタリスク以降は最悪。蛇足。

・よく読み返す本、または自分の中で思い入れのある5冊(シリーズ)
『失われた時を求めて』かな・・・うそです 読み返せるわけない

私の場合、つげ著作や北冬系で5冊など軽く埋まってしまうので、それを除くと、・・・・今度は埋まらない!

『万延元年のフットボール』大江健三郎
土俗性ってのが、『花園メリーゴーランド』や『金田一少年の事件簿』のような単なる異国情緒というか、「じゃあ宇宙編もかけるよね」的な代替可能なものでないということがよくわかってすばらしいと思う。存在と分かち難く結びついた土地というものの重みを知りました。

『波打つ土地』富岡多恵子
上と同じく(本当に思い入れあるんだか

『山椒魚』井伏鱒二
下と同じく



ダウナーになってきたのでやめます
そんないい本ばかりに出会えてたらつげ研はやってないよ本読んでるよ

ホラーだけに

夏といえば納涼。納涼といえば怪談。デジタル世代の怪談といえばホラー映画。
納涼とか言ってお前はまずタイトル画像を涼しげなもんに変えとるやないか、なんて突っ込みはいいのです。この上“娯楽の王様”論争なんか起きたら、きっと死んでしまうよ(ホラーだけに)。

私は幼少時よりホラー映画に慣れ親しんできまして、夏に限らず、オールシーズンで観るのが習慣になっていたのですが、最近はかなり疎遠になっておりました。幾多の危機的状況、すなわち「少年犯罪→ホラー糾弾→R指定年齢引き下げ」という恐るべき(ホラーだけに)流れが生まれた90年代<魔女狩り>の季節(ホラーだけに)においてさえ、ホラー映画だけは手放さなかった私が、なぜ21世紀に入った途端、「キャンプ・クリスタルレイク」から遠ざかってしまったのでしょうか。

だって彼ったら宇宙に行っちゃったんだもん。

ではなくて、ようやく人生が動き始め、忙しくなってきたからなのですね。人間、テンションが高くないと、心臓が無意味な衝撃を求めないのです。
疲れて家に帰ってきて、嫌な思いとか匂いとか、たくさんの負の要素たちが詰まった生暖かい靴下を脱ぎ捨てながら、深いため息をついてリモコンのスイッチを押すとき、人は画面いっぱいに飛び散る臓物や鮮血のグロテスクに拒否反応を示す、「ぎゃああああああ」「ぐちょ!どちゃ!」「しぎゃああああああ」「びちゃ!ごきゃ!」なんて軽快なシゲキックスを快楽とは認識しない傾向にあるようです。

この見解は「現実ってホラー映画よりホラーよね」という至って常識的な(非猟奇的な)一般論にすぎないかもしれませんが、とにかく私はそんなもん全然見る気がしませんでした。疲れているときはやっぱ『皇帝ペンギン』だよねー。なんてぬるそうなホームドラマ(意味違)を観に行きたくなります。もしくは猫とかが戯れる話。ビバ癒し系に流されていきます。

冷静になれば、人間が内奥に抱えるカルマは小動物に支えきれるようなものじゃない(物理的にも)と思うのですが、冷静になりたくない夜もあって、つまりはそれが、普段我々が存在にぞんざいになっている何よりの証なのでしょう(ホラーだけに)。


で、こんなことをだらだら書けるほどに、近頃は心にもゆとりができてきたので、ようやくホラー映画との復縁を果たしました。無闇に生理的嫌悪感を駆り立てるだけのスプラッタを堪能するバイタリティはまだないのですが、今日はDVDで『THE JUON』を見ました。ご存知日本ホラー映画界のホープ・清水崇のセルフリメイク作品です。

有名すぎる?でも、ホラーの前にメジャーマイナーの別は無力ですよ。というかもうホラー大好き。超好き。にゃーん(ぉ

『THE JUON』の製作総指揮はあのサム・ライミ。ライミといえば、デビュー作『死霊のはらわた』が<スプラッタの祖>として伝説化しながらも、『スパイダーマン』などでメジャーでの商業的成功を収めている、実に八方美人なアンビバレントな監督です。
ちなみに数年前に『死霊のはらわた』が20周年を迎え、リマスタリングされたDVDがでたのは記憶に新しいですよね。5.1ch音声、別名“フォーエバーサウンド”というのがソフト再発の売りだったわけですが、そもそもあの映画に高音質が必要なのか、いまだにわかりません。

今回のセルフリメイクはかなり異例なことのようで(『Shall we dance?』参照)、ライミというホラー界の大御所が、ドラマ時代から『呪怨』シリーズの監督をつとめてきた清水のことを気に入り、監督に推したそうです。

内容については意見が別れるでしょうが、この作品が日本映画復権を促進したというか、ハリウッド帝国主義の亀裂を大きくしたことは確かですし、日本人監督がメジャーで初めて正当かつ対等な評価を受けたという意味で、日本映画史に残る重大事件として記憶されるのは間違いないことだと思います。しかもスマッシュヒットしたもんだから(二週連続全米1位獲得)、後続に道を拓いたパイオニアとして清水崇の名は後世に残るでしょう。

いわゆる“タランティーノ・インパクト”(名監督タランティーノの徹底した日本贔屓による日本映画の株価急騰のこと。2004年柳楽優弥のカンヌグランプリ受賞を頂点とする。信憑性には目を瞑ろうね。ホラーだけに)は、おそらく「QTは変人だからネ」という感想を残して、世界に意外なほどあっさりとスルーされました(これは日韓W杯を彷彿とさせる現象です)。

しかし、今回の“JUON・インパクト”は、アジア枠増加のFIFA決定もしくは政府による外国人労働者受入基準の緩和に近い、業界の構造的な問題に根を張ったインパクトであるため、局地的影響や伝説といった曖昧なものに留まらない(うーん、比喩が決まらない。ホラーだけに)。

ま、それでもハリウッドコンプレックスが取り払われたわけではないから、そういう意味ではまだまだ復権は不十分なんでしょうけど、そんなことより重要なのは、清水崇が作った作品が、面白かったということ。はっきり言って、日本版よりもこわかったのではないでしょうか。

私は面白かった原因が、明らかに監督が日本人だったことにあると思うんですよね。(つづく)

コメント欄に

なぜか「エログ」ランキングへの登録依頼が。「エログ」って「エロブログ」のことですよね?

どこ見てんのよ!


ランキング登録ブログはどれも眩暈のするようなタイトルばかり。
「さわやか」ってのが逆効果だったか?

『週末から』臨時増刊号小冊子版

略して「冊子」の〆切が迫っています。8月7日です。今号はWebではなくリアルなので、遅延厳禁です。よろしくお願いします。文字通りゴミみたいな冊子ですが、それでもよろしければ寄稿をお待ちしてます。

ブログセレクションについての注意は以下の通り。

?掲載分の加筆・訂正を各人のブログにて行うこと(今回、ブログセレクションの校訂は一切行いません。二度手間を避けるために、まずブログ上で直した上で送ってくることをお勧めします)

??を終えた掲載分をワード形式で金ゐまで送ること、画像を使用する場合はjpg形式で添付すること

?画像は掲載位置がわかるように指定すること、その際画像の名前は整理しやすいように「bl-(ハンドルネームの頭文字)-(番号)」とすること
例:bl-k-01.jpg

?エントリごとにタイトル・掲載日(時刻の表記は自由)を太字にして付記し、掲載希望順に整列すること

?自選本数は自由(すべて揃った時点で決定)

?追加本数は自由(但し最低1本)

?フォントは「MS UI GOTHIC」の11ptで統一すること(フォントをいじる場合は、大きさ・色指定を済ませた上で送ってくること)


なお、その他の文章については、個別にどうぞ。書けるだけ書いてしまってください。〆切まで本当に時間がないので、がんばってください。

現在「つげ義春に会いに行く特別編」「つげ義春ラストシーン考」のほかに、なんと「安部慎一論」の寄稿がある予定です。すごい読みたい。絶対に書き終えてください。資料の貸出等、お気軽にお電話ください。

ホームページの作り方

◎急募!! 丸尾末広氏HP制作者兼管理者
丸尾末広氏のホームページリニュアルにあたり、HP制作(デザインを含む)・管理出来る方を募集しています。丸尾氏のファンでスキルのある方、下記までご連絡をお待ちしております!
(簡単なプロフィール、これまでに制作されたHP等を書き添えて下さい)


青林工藝社HPにこんな依頼記事が載っていた。

そうか。公式サイトってこうやって作られるんだなw
お金ないんだなあ笑

丸尾末広なんて結構売れているのかと思っていたが、それでもWeb専用に人を雇い続けるのは厳しいようだ(これはボランティアですよね?)。
普通だったら「何の因果でただ働きだよ怒」と突っ込まれるだけの依頼も、損得を超えた熱心なファンがいるからこそできるわけで、今の時代サイトぐらい誰でも作れるから、複数人がデザインセンスを競い合う勝負に発展するかもしれない。まあ多分すぐに見つかるんだろう。

だいたい、今回の依頼がつげ先生だったら私はお金を払ってでもやるし、例えば止まったままの『貸本マンガ史研究』のページなんか、勝手に続きを作ってしまおうかと思ったことも度々だ(失礼だからやらないけれど)。

とにかく、素人がWebデザイナーへと転身する貴重な瞬間が見れるかもしれないので、楽しみに続報を待っているところである。私の予想では、管理人はWebデザイナー志望の多摩美生(22歳女子)になる。丸尾ファンってそういう層のイメージがあるw

でも、管理人はやっぱり未亡人じゃないとねえ惣一郎さん(ジャンル違

馬場つげ研最大の難点

なんとマックで見れないらしい!

おお。。。ジーザス。。。。!!

どうしよう。

metaタグを入れればホントに直るのか?

それでいいのか?

それだけで足りるのか?

私たちの心構えの問題じゃないのか?

そんなことないない

機械の問題です

ポスト・悲しみの世代

昼から池袋『ベル』でユゴーと『ラストシーン考』について話したあと、友人のT(立石さんではない)と合流し、三人で飲んだ。場所は上野アメ横
Tは8月の小冊子に載せる「アベシン論」が、ちっとも書けないという。そのためのブレーンストーミングを兼ねた飲み会であった。

そもそもTが惚れ込んだのは、ワイズ出版の『美代子阿佐ヶ谷気分』のアベシンである。打って変わって「物凄いことになっている」後期作品群にあたるにつれ、口紅の感動は薄れ、時に怒りさえ覚えることもあったという。

「でも、後期アベシン作品は、アベシンのキャリアを見ると、集大成と言えなくもないよ。完全にとり憑かれ終わったという意味で」

「確かに『狂気の変遷』としてアベシン作品を見ることも可能だけど、そうすると完全に作家論、しかもかなり伝記的になる。それは避けたい」

「アベシン論がほとんどないのは、彼が『青春』的すぎることと、評価するに値する作品が一時期に限られるからだよね、たぶん。」

「ファンが盛り上がったのも一時期で、アベシン自身がいい作品を描いたのも一時期だけだから『青春』イメージが強いのかも」

「小説は悲しすぎるけどw」

「あれはひどく悲しいねw」

「どうなんだろう、小説とか『サラ金の星』を『美代子阿佐ヶ谷気分』のアベシンの作品として評価する人はいるんだろうかね」

「まずいないと思うけど。完全に『B級』扱いでしょ。それが悪いとは言わないけどさ」

「でもファンサイトの人は小説も誉めてたよね。
「自嘲と悔恨を交えながら書いた散文は読了後に鈍く痛む。」
ワイズの『天国』も結構絶賛だった。
「『トマト』や『よし子の幸福』『村上の休む日』あたりに漂う力の抜けた哀感など、心身の不調から寡作となったつげ義春の『散歩の日々』や『石を売る』などが持つ物悲しいユーモアにも通じていないだろうか」
・・・・まあ『天国』はギリギリだよね。評価するかしないか意見がわかれうるギリギリのラインだと思う。『屋根』とか『天国』はとてもいいし。個人的には、つげの『散歩の日々』的なことがやりたかったんだけど、『村上の休む日』とかでは、絵がついていかなかったんだと思うんだけどね」

「アベシンのいい作品は、どれも綺麗だよね。綺麗に痛さを描いている。それが、絵もそうだけど、もう痛さだけになってきて、お世辞にも『作品』と呼べないレベルの作品もでてくる。それか『写真かよ!』っていうぐらい味気ない絵が不気味に並べられているとかね。そういう作品でも確かに「読了後に鈍く痛む」んだけど、だからといってそれがいい作品かというと、鈍いだけで。」

「『日の興奮』については
「芸術を捨てて生活の為の日々を営む自己に対する絶望感は深く、打ちのめされ泣き崩れる登場人物達の姿はしみじみと哀しい。」
と言ってますね、ファンサイトの人。僕、もうこの頃の作品読めないよ」

「だから怒れてきちゃう理由も含めて今度書くんだけどさ、あ、そうだ、俺郵便局行かなきゃ」

「ぽ、ポスト・悲しみの世代?」

「いいかげんにしろ」


続きはアベシン論の後で。

コリン・パウエルはどこに行く

今日、街を歩いていたら、パウエルに会った。しばらくテレビで見ないなと思ったら、日本にいたのでビックリ。どうやら講演会があったらしい。

通り過ぎてしまうつもりだったが、そのとき僕は偶然にも、ニュージャージーの母から送られてきたトウモロコシを一山持っていた。うちの畑で取れたトウモロコシはパウエルの大好物だった。彼の地位が上がるにつれて疎遠になってしまった私たち、もう『マイウェイ』を輪唱することもない私たちだが、素晴らしきグリーンメモリーは残っているはずだ。あの川。あの山。あの野原。ステイゴールド、懐かしい味を喜ぶに違いない。

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パウエル登場を待つ人々が
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ざわめきだす



。。。


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出てきた!



黒服に囲まれたパウエルはとても遠い存在で(実際、写真からもわかるように物理的にも遠かったんだ)、声援に手をふって応える姿はサウスブロンクス時代とは雲泥の差だ。一挙手一投足が、これでもかというほど要人然していて、ストライプの入ったスーツ姿は実に凛凛しい。僕の知っている彼は、鱒釣りと冒険が好きな、だけど泣き虫なBOYだった。ニューヨーク・ヤンキースの野球帽をかぶった、ひ弱なハックルベリー・フィンだった。

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カメラを持っていなかった私は、ジャパニーズ・スタイルにのっとって、携帯電話のカメラを彼に向けた。そして、ずっと撮り続けた。

撮り続けたといっても、私はほとんどカメラが何を写しているかには気にしなかった。何がどう写ろうと、この距離は縮まらない。むしろ、後で見返すときに不鮮明な小さな画像は、ステイゴールドを、私の甘い追憶を許してくれる。そんな気がした。

彼は黒服にガードされながら、車に乗り込んだ。ドアが閉められる直前、私は怒鳴った。


Old Black Joe,You did well!
(相棒、うまくやりやがったな)


パウエルは驚いてドアを開けようとしたが、車は群衆を掻き分けるように走り出していた。後部座席から、窓を叩いてパウエルが何か叫んでいる。が、聞こえない。車はすぐに見えなくなった。



興奮の瞬間が終わり、私の隣にいた青年が声をかけてきた。

「貴方、さっきなんて言ったんですか?」

私は自嘲気味につぶやく、僕はトウモロコシを渡せなかった。

「は?どういう意味ですか?」

「古い古い言い伝えだ。『友に幸あれ』ってね」

「はあそうなんですか?。いいですね!英語ができると!・・・パウエルはこれからどこに帰るんでしょうかね?」

「コリン星だよ。つまり、そういうことだ。」


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二十四の瞳

神田の中小企業で働くOLの瞳は、今年の10月で24になる。

もう駄目だそうだ

啓蒙バカ

中学生のとき、私は妙な反骨精神を発揮し、事あるごとに教師に逆らっていた。特に国語の時間が反発は大きく、時に激しい口論となった。

あれは蒸し暑い夏の日だった。学期末テストでクラス最低点をとった私は、放課後、教員室に呼び出されて説教された。


問.下線A『プロパンの鈍い光が好き』なのはなぜか。簡潔に答えよ
答.東京ガス

問.下線B『コミュニケーション』と同じ意味の言葉を以下の選択肢から3つ選べ
答.N T T

問.ニックのセリフ(ア)に入る三文字を答えよ
答.パナソ


舐めきった答案用紙を手に、教師が声を荒げる。不貞腐れた私。

「お前こんな答えでいいと思ってんのか」
「TEPCO」
「あ?わかってんのか」
「フレッツ」
「これは裏切りやぞ」
「ヤフーBB」

埒が明かない。そんな風に顔をしかめ、ため息をついた。教師は一瞬優しい顔をした。そして、私の生涯に残る言葉を吐いた。

「私の期待を裏切るのは勝手だが、知識を裏切るのはよせ!」



その日、暑さで飼っていた猫が死にましたOCN

兼業農家物語

【兼業農家】けんぎょう‐のうか
世帯員のうち一人以上が農業以外の仕事に従事して収入を得ている農家。農業を主とするものを第一種兼業農家、農業を従とするものを第二種兼業農家という。

兼業農家の実に9割以上が、自らの農業以外の仕事を農業に喩えるという。

「サラリーマンも土いじりみたいなもんですよ」
「顧客とのやりとりは稲作に通じるところがある」

気をつけろ・・・・!

私だけでしょうか

         ,.-、       ,..-‐?- 、、
     /^`~",  :\  ,ィ":::::::::::::::::::;;;;;iii>;,、
   ,.-",   /......:::::i::l /:::::::::::::::;;;;;;;;iii彡" ::ヤi、
  ,.i  .|  :キ:::::::::::|::V::::::::::::;:"~ ̄     ::i||li
 / 、  | ,;:::::l:::::::::::マ,.-‐-、j'_,.ィ^' ‐、 _,,. .:::iii》
 i、 ヘ  :\:::::::キ;:::::::(:::j::):...) `‐-‐"^{" `リ"
  ヤ、 \:::::\,::::\:;;;:iゞ:-:;ィ     ,.,li`~~i
.,;iiλ\.,,ィ^-‐'`ー",::::|:;X'::7、   ・=-_、, .:/
";ii::i`ゝ、::;;;:、-‐-;;;;i‐''''|  〉'.ヘ    ''  .:/
.;ill;;:\::::::::::::::::;ノノl} ,.ィ|、/ー-`=‐-、、ノ
iilllllli;;:::`:‐-‐'":;ノ'i'::i.(♀)マ=‐-、.,,_`l, ,.へ
llllllllllllii;;,,___;;;iill|||'::|i,. 王 ,ノ\ー=、7^ヾ'‐-、、
|||||||||||||||||||||||j'::::|::`:‐‐"、::::::\..::/   \  `ヽ
                      人がゴミのように見え(略



このサイトの『スケジュール』のページを見てください。

こういうケアレスミスを見ると(そしてそのまま放置されているのを見ると)、CDを買う気が失せるのは私だけでしょうか。それとも皆さん気付かない、もしくは気付いても「よくあるじゃんゆいにゃん」と仰るのでしょうか。




私がこまかい?

こまかいですかね。

公的な文書を書くとき、間違えがあったら訂正しますよね。履歴書だって何度も見直して、書き間違ったら普通「もう一枚」ですよ。

公式サイトって履歴書以下ですか?

そんなことないはず。(とかいって今見直したら馬場つげ研に書き間違い発見、でもいいの酔って宝。)





てめえは暇人だから直せんだよボケ?


はぁー嫌味なこと言ってくれちゃうね

「こんなところにすら気が配れない人が書いた名曲なんだ」

もしくは

「身近なスタッフさえこんなことぐらいにも気を配ってくれないような、みんなに愛されているアーティストなんだ」

もしくは

「交流の最大拠点すら適当に作るぐらいファンを愛しているミュージシャンなんだ」






偉そう?


いいんです、偉そうで。

今日馬場で会員たちと飲んだんですが、その場で「ネットは過激じゃなきゃ駄目だ、過激万歳!」という結論に達したのです。ムスカに比べたらこんなん全然過激じゃない。ごらん人が(バルス

わたしまきろどおどろきましたわ

ヤフーが文学賞を新たに設置したという情報が入ってきて、その字数の「6000字から8000字」という短さに、まず驚いた。賞は小学館の文芸誌「きらら」と連動するらしい。「きらら」を購読したことはなかったが、特設サイトにリンクが張ってあったので、飛んでみた。

そこでまた驚いた。

「きらら」では「携帯メール小説大賞グランプリ05」というのを設けていて、その受賞作が掲載されていた。タイトルは『どこにもない世界』、字数1000字。

作品に驚いたのではない。あの程度のどんでん返しでは、『シベ超』以後の世界に生きる我々を驚かすことはできない。読了後、「まだまだHARUOはこんなもんじゃないよ」という余裕があった(冗談ですよ)。

この作品は、「嘘でくずされるようなアイデンティティは最初からなくていいんじゃないの」という、当然考えられる反論を乗り越えていないという点で詰めの甘さが目立つ。というよりも、そもそもが論理展開で片のつく話であって、「存在」を描くには適していないと思った。このことは、「もしかして私は彼の世界にいるのかもしれない、と思うことがある。」という一文の持つ唐突さに集約的に現れていると思うが、まあそんなことは私の驚きとは関係ない。

私は佐藤正午という選者のことばに驚いたのだ。彼のことは寡聞にして知らなかったが、小説家だということである。私は小説家に強い憧憬を抱いているのだ。


「どこにもない世界」の文章は櫛で梳かされて整っているからです。仮に、でも文章が整ってるだけ、それだけじゃん、と言う人がいたら、じゃあ、 それだけ・・・・ の文章をおまえも一回書いて見せてみろ、と池田さんになりかわって僕が答えます。


小説家がこれほど情けない選評を公表していいのだろうか。作家生命にかかわらないのだろうか。「池田さんになりかわって」という発言に関しては、開いた口が塞がらない。だいいち、池田さんに失礼過ぎるだろう。

文章が巧い(佐藤氏は受賞作に対して「巧い」とは言っていない)ことが特殊技能であるのは確かだとしても、そんなものは大前提であって、その先にある困難とどう向き合うかが文学(表現)であるはずだ(この問題にプロ・アマのの区別は無縁である)。

そして、その大前提となる<巧拙のある>文章とは、文体のことである。「てにをは」がどうした、指示語がどうした、といった低レベルの話では断じてない。もしそうなら院生の論文でも大傑作文学になって、紙幣に文学者を載せる習慣は廃れてしまうだろう。

文章が文学的名文へと成長(なのかどうかしらないが)するためには、そこに充実した思想がともなわなければならない。もちろんその逆も言えるわけで、そうした両者の切磋琢磨によって作りあげられるのが文体である。文体はさらにその後篩いにかけられるのだから、もはや「整っている」ことを取り上げる暇はないし、その必要すら感じない。

私たち読者は、確かに批判した文章ほどに巧く書けないかもしれない。しかし、だからといって批判する口を塞げというのは、読者にとっても、(佐藤氏の作品も含まれるはずの)表現にとっても最大の侮辱である。いやしくも表現者の口からそんな発言が飛び出すとは、意識の低さに唖然とするしかない。

イチローはマスコミに「じゃあお前たち打ってみろよ」とは言わないだろう(言ったかもしれないが正気ではあるまい)。それは「絶対に無理」だから、無理なことが明らかだからである。言ったところで意味がないから、というのも理由の一つに考えられる。

佐藤氏が末代まで残る「超恥ずかしい」発言をしてしまった裏には、「文章だったら或いは」「自分の文章ぐらいだったら或いは」という怯えがあるのだろうか。それとも「こんなレベルの文章だったらいくらでも書けんだろ、早く送ってこいや・・・・メールでな( ´,_ゝ`)プッ 」と思ったか、編集者に「あんま注目されてないみたいなんスよー挑発して応募数増やしてくださいよー」とでも頼まれたのだろうか。

おそらく私の推測は正しいのだろう。佐藤氏は、利害関係が交錯した結果、整っていない発言をせざるをえなくなったのだろう。だって彼は小説家なのだから、本心でこんなアホなことを言うはずがない。まあ、真相がどうであれ、私たちにしても、「櫛で梳かされた」文章に梳かされるほど力がないわけではないからね。安心していただきたい。

つまり、私が驚いた理由は以下二点。

一、小説家ってもっとすごいひとだとおもってた
二、褒めてないのに推すのってほとんど犯罪

暑い日と、広げた風呂敷の話

くだん書房に「象を見た男」が売りに出ていた。よんまんえんて。菅野修は「絵」がいいから、原画や肉筆画がほしいけど、買ったらたぶん夏を乗り越えられないな。昨日も暑かったしな。扇風機がほしいな。
うははは買ったる買ったる40部まとめてどーんや!原画も全部や!ぜーんぶ買ったる!

扇風機も?
せんぷうきも。





『週末から』を作り終え、指摘された間違いも直し、ようやく日常に戻った。と言ってもニートな僕チンはPCの前に座る時間に変わりはないんだけどね☆昨日は「ロードオブザリング」三本計10時間ぶっ通しで見ちゃった。日々よ!充実した日々よ!

さてさて、本日は「Tugee! JAPAN」をチョコチョコ更新しました。中でも目玉(?)は僕たち私たちのつげ義春

これは「livedoor」というアレゲな会社の新サービス「livedoor Wiki(ウィキ)」を使った企画?です。一応、つげ義春体験について極私的に語っていただきたいというのが趣旨で、三つの項目「同時代としてのつげ義春」「歴史としてのつげ義春」「近未来としてのつげ義春」に分けました。まあ、ページは簡単に増やすことができますので。


livedoorのサービスは、ブログ以外はあまりいい話を聞かない。利用したことはないのだが、なかでもデパートは北朝鮮レベルらしい。
ほんとかよ・・・・・・せんぷうきは?


で、ウィキ自体がもしかしたらよくわからない状況に陥るかもしれない上に(β版だからそんなことないだろうけど)、まだ私もウィキのことがよくわかっていないので、最初はスレッド式掲示板代わりに使っていこうかなと思います。

ウィキは「みんなが勝手に簡単に作れるホームページ」だそうで、面倒な知識と手間なしに作れちゃうそうです。だからブログもサイトも持っていない方は、これを機に「僕たち私たちのつげ義春」を一緒に作っていきませんか?


いきませんよね



それにしても、こうやってどんどんどんどんサイトを拡張していくと、当然のことながらその拡張分を埋めるコンテンツが必要になってきて、あまり膨張の具合が大きく速すぎると、いつもネット仲間から「大丈夫?」と皮肉を言われる。実際、ネットは無限だから(実は有限なんだけど)ホイホイ拡張できるし、私は拡張が大好きなので、無闇にサイトを拡張して、その後で物凄く困る。

足りない。絶望的に足りない。

書き手が、コンテンツが、発想が、読書量が、時間が、更新頻度が、色が、さまざまな色が、知性が、神が、宗教が。


かといって畳めない。今更カッコ悪すぎて大風呂敷を畳めない!
もう戻らない でも忘れない!

動画のページを作ったときは、コンテンツを埋めるために会員たちを総動員して「おーす先輩おーすブログの数を皆一個づつ増やしてみようか」と言ったのだが、軽く無視された。根性のない奴らだ。手塚治虫のバイタリティを少しは見習え。このクズどもが。


『ダサいホームページ作成マニュアル』を見ていて、

新しいコーナーやサイトを作りまくってすぐ飽きる

というのがあってちょっとドキッとしたが、しかし私は飽きないからダサくない。ダサくないから飽きない。嫌いな言葉は「デッドリンク」、絶対に充実した内容にしてみせるから覚悟しろクズども。つげ先生の名を語ってるんだ、それ相応の努力しないと訴えられるぞリスト作れリストヒヒヒ(このブログ間違い



ついでにおちまさと公式ページに載っていた紹介文。

「ここは、おちまさとプロデュースによるネット・ワンダーランド。様々なメディアでプロデュースを手掛けるおちまさとがネット・アトラクションを次々と建設予定。ヴァーチャル・テーマパークとして多くの方々に来園してもらおうという、夢と魔法のスペースである。」

なんとも勇ましい紹介文ではないか。ヴァーチャル・テーマパークという素晴しいセンス。ゲーセンみたいなもんだろうか。とてもワンダー。センスオブワンダー。鶴田謙二。


もうここまでくると言葉のマジックだね。きのこのほうの。
ていうかただのブログじゃん




魔法はとけました。

絵馬突っ込み

全部実話ですが、裏付ける証拠は一切ありません。ホントは写真撮ってこようと思ってデジカメ持っていったんですけどね、なんかそんな雰囲気じゃなかったの


「恋人がいっぱいできますように」

いっぱいかよ!一人じゃないのかよ!いっぱいって同時進行かよ!それとも累計かよ!ってどっちでもあんまよくない願い事だよ!てか絵馬に書くことかよ!


「時間が少しでいいから止まりますように」

それは無理だよ!でもみんなの心の中には「精神と時の部屋」があるはずだよ!それでも3年しか止まんねえけどな!


「ノーベル賞を取りたい」

風邪、水虫、ガン、このうちのどれかの特効薬を作ったら取れるって聞いたことがあるよ。。。全部医学賞かよ!


「タイムマシーンがきますように」

タイムマシーンは来ないよ!時間は戻らないよ!
そんなうたをうたってたよ!


「遊園地に行く」

行けよ!もしくは連れてってもらえよ!断られたら多少駄々をこねろよ!頑張れよ!ここからなら断然あらかわ遊園だよ!


「楽して稼ぎたい」

働けよ!それこそ「絵に描いた馬」だよ!


「(物凄く頭悪そうな字で)日々これ決戦 ○大絶対合格」

「これ」ぐらい漢字でかけよ!てか多分無理だよ!雰囲気的に!あくまで雰囲気的にだけれども!


「トップスターになりたい」

少しはテーマを絞ってこいよ!ジャンル広すぎだよ!惑星まで手に入れる気かよ!セシル・ローズかよ!


「世界が平和になりますように」

完全平和は理論的に不可能とも言われているらしいぜ!ていうかそれはわざわざ絵馬に描かなくても塀という塀に貼ってあるよ!


「プロ・レスラーになれますように」

プロ・レスラーになれるように頑張れよ!アマ・レスラーじゃ駄目なのかよ!って競技がもう別だよ!


「結婚できますように 藤澤」

恵麻かよ!こちらこそだよ!ていうか最後のはネタだよ!

どうでもよくないですね

わたしだけでしょうか?

手塚治虫が『2001年宇宙の旅』の美術監督にオファーされていたと聞いて、それはちょっとないかなと思ったのは。




わたしだけでしょうか?

アックスは好きだけど、アックス読んでるやつはちょっとねえー




ムスカだけでしょうか?

人がゴミのように見えるのは。







ネタが思いつきませんでした。
それはそうと、

『週末から7』がついに出ました!

ワショーイ



うれしいな。

今回でついに『つげ義春県別詳細旅マップ』が完成。たぶん見落としはないんじゃないかと思います。


さて、これから馬場つげ研では、何を定期更新の柱にしようかな。。。
ブログだけじゃ物足りない(ブログはサイトじゃないし)

一応つげ義春関係では、このブログで

「つげ義春書誌学」
「つげパロディーの系譜」
「つげ義春と手塚治虫」


を続けていって、

『週末から』で

まだまだ撮りだめてある「つげ義春に会いに行く」
まだまだ言い残しがある「つげ義春ラストシーン考」
まだまだ触れていない作品の評論、特に「初期作品考」

をやります。後は時間との勝負?


さらに、やっぱり『漫画主義』近辺について知りたいので、そこらへんの事情を詳しく聞いてみたいなあと。でも自分、『漫画主義』コンプリートしてないんですよねえ、お金なくて。

北冬書房の詳細はまだまだ我々ファンには知ることができないところも多いので、一冊まとめた本がほしいです。『北冬書房の30年』じゃないけど、『ガロ編集長』的な本の出版を待ちわびております。うちでも『北冬名鑑』を作っているのですが、情報がなさすぎます

つげ関連以外では、やっぱり

つげ忠男・菅野修・アベシン

の三人の評論を載せようと、何度もそういう話になったのですが、未だに実現せず。それには「まだ評論できるほど読み込めてない」という悲しい現状があるのですが、何しろ三人ともつげ義春が認めた作家です。評価はともかく、見逃したままではつげ義春「研究」を名乗る(恥ずかしながら)資格はないでしょう。まずは読み込めている方の投稿をお待ちしております。


さて、今回の『週末から』について、早くも「あまりにも自分に酔いすぎているのではないか」というご意見をいただきました。

これにつきましては、明らかに会員の知的未熟が最大の原因なのですが、まずは「こういう読みはどうだろう」という提案が厳密な論証よりも先だと思ってのことです。完璧なものを期待されるというのはありがたいことですが、まだまだ馬場つげ研は始まったばかりなのです。生ぬるい目で見守ってくださいw

よろしくお願いします。




さて寝よう。

水木とつげ義春さん

手作り感が楽しい、水木プロ公式ホームページ『げげげ通信』。その中の、御大の近況報告ページに「水木とつげ義春さん」の記事を発見(YellowTearDrops)。

「数ヶ月前、数年ぶりにつげさんが水木プロに訪れ」

おお!数年ぶりに!年譜に載せようか

「今日は、つげさんの亡くなった奥さん(藤原マキさん)の著書を2冊買ってきた」

写真に載っているのは「私の絵日記」の文庫版(つげ先生のロングインタビューが収録されているやつ)だが、もう一冊は何だ?「絵日記」を二冊買ったってことか?

どちらにせよ、調布じゃ藤原マキが2冊おいてある本屋があるってことか。すごいな



【藤原マキの単行本】

私の絵日記 北冬書房 1982年10月

幸せって何?―マキの東京絵日記 文春文庫 1987年07月

私の絵日記(増補版)北冬書房 1993年10月

藤原マキ画集 駄菓子屋 ワイズ出版 1994年05月

私の絵日記 学研M文庫版 2003年01月



『無頼平野』『蒸発旅日記』が同時にDVD化するらしい。
ツゲ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!
ワイズネ申

何故か芸能(音楽?)ネタ

大人気グループ「オレンジレンジ」に弟分登場!

その名も「オレンチ電子レンジ」!

ニューシングル「上海蟹」!

以上!






オレンジレンジには既に弟分がいますよね
High and Mighty Color

「HIGH and MIGHTY」とは「傲慢な」「高飛車な」という意味らしい。
さすが弟分。

たしか「D-51」も弟分だって言われてたぞ
じゃあ兄貴分は?

あ、出川だったっけw

『 ヘイ!ヘイ!ヘイ!』 2005年6月6日
解説: チャンプはオレンジレンジ。彼らにゆかりのあるゲストを迎え、トークを繰り広げる。最初に登場するのは、メンバーとは初対面のカバちゃん。彼はオレンジレンジの大ファンで、これまでに発表されたCDやDVDはすべて持っているという。メンバーを前に大はしゃぎのカバちゃんはたくさんの質問を浴びせた後、あるお願いをする。また、Mrマリックが登場し、とっておきの”超魔術”を披露。オレンジレンジの兄貴分を名乗る出川哲朗は、メンバーとのエピソードを明かす。


これまた迷走した番組だこと。

アンチオレンジの皆様はこちら


そういえば、ネットの普及はパクリ疑惑の追及を激しくしました。紅白出場停止はむりだったけど、安部なつみは休止に追い込まれましたね。

B'zなんてもうネット見れないでしょう。それは彼らのせいなんだが。


マイフェイバリットアーティスト・サムエルも確か「サイモン&ガーファンクル」からぱくっていたが、あれはパクると言うよりも完コピなので、リスペクトなのだろう。好きだって言ってたし。曲が出てこない。確か「サイモン」のベストに入っていた曲で、アップテンポな奴。「レコード」だったかなあ・・・もしかしたら見落としていて、カバーだったかも。

別にいいのです。サムエルへの愛はかわらない


うわー品位ないなこのブログ

七夕突っ込み

昨日は七夕でした。私の家の最寄駅には、幼稚園児や商店街の人たちが書いた短冊が飾ってありました。残念ながら写真はとらなかったのですが、微笑ましい短冊がたくさんありました。「弘くんといつまでも一緒にいられますように」系は完全無視して、いくつか紹介しましょう(ネタふりじゃないですよ実話実話)。


「とうきゅうのうんてんしゅになりたい 5歳」

限定的すぎるよ!京急は駄目なのかよ!


「ずっと若いままでいたい ?歳」

それは無理だよ!


「店長が元気になりますように 一同」

伝票の裏に書くなよ!


「美しくなれますように ?歳」

醜いよ!


「必ず歌手になります ?歳」

勝手にしろよ!


「世界平和 ?歳」

ロンド(自粛


(シャボン玉の絵とともに大人の字で)
「いっぱいシャボン玉ができますように」

シャボンのせいで貴重な10年を失っちゃったよ!


「必勝! 東○大野球部」
 
うせろ理系筋肉馬鹿ども


「ダースベイダー 5歳」

イエス権力欲

『週末から7』のお知らせ

当会のWeb会誌『週末から』最新号の掲載延期が決定しました。
第7号ということで七夕にだそうと計画していたのですが、『つげ義春ラストシーン考』第二回を書くはずの会員・ユゴーが、

その日は『NANA』の日だから『NANA』を熟読するから無理

なんて言い出しまして、仕方なく延期になりました。「漢字にすべてルビがふってある漫画を読み込むのは別の機会にしてくれないかな?」と皮肉っても、「くっきい!」とか言われました。

一瞬、「Webサイトの提供者が、Webブラウザを通じて訪問者のコンピュータに一時的にデータを書き込んで保存させるしくみ」のことかと思いましたが、雑誌名でした。

ともあれ、7月10日(日)までには必ず掲載しますので、閲覧者の皆様・書くほうの皆様、よろしくお願いします。

「別に延期なんかしないでも、そんな奴ボコボコにして書かせたらいいじゃねえか」と仰るかもしれません。確かにそうなんですが、そう思って電話しまして、「今からそっち行くから」と言うと、








もし今みんなに会うと

あたしはきっとまた甘えてしまう


それが怖くてここから動けない







なんて意味不明なこと言いだしまして、

「そうか、それなら今度おいちゃんが魚石作ってあげような?それでそんなかに入ればいいじゃないか?」

と言うと、消え入りそうな声で、






シンデレラのガラスの靴は

ピッタリなのに なんで途中で脱げたんだろうね






なんて絶望的な質問を投げかけてくるのです。だいたいこういう質問は自問自答で、答えが既に用意されているため、真剣に相手の見解を聞こうという意思がありません。『半疑問文』を使ってくる奴ほど無意味にナルシストです。殴りたい衝動を抑えながら、

「さあ?固定されてなかったからじゃない?ピッタリったって、サイズがってことでしょ?しかもあれは昔だから、靴の製法に改善の余地が今以上にあったんだろうね。アディダスとか履いてたら大丈夫だったかも。ホーキンスなら間違いなく脱げることはないね

こんなふうに返したわけです。すると、相変わらず遠くを見ながら、






王子様の気をひく為にわざとやったとしか思えないんだけど






やっぱりきちんと自答してきて、「ああそうですかそれはよかったですね」とか適当にあしらうこともできたんですけど、しょうがないから持ち上げといたわけですよ。この答えだってほとんど滑ってるのに

「はぁ?ああそういうこと?マジなの?解釈論ね?いや、でも水を差すようで悪いんだけど、シンデレラは原典では毛皮の靴履いてたんだよね。知ってた? フランス語で「毛皮」を表す「vair」が「ガラス」の「verre」に間違えられたんだよね。うーん、そうか。今更だけど『メメクラゲ』問題を考えていらっしゃる。さすがはユゴー先生、伝説の「vair(ヴェール)」を剥ごうってわけね、いよっ学者肌!」

でも、ユゴーはほぼ聞く耳持たぬで、目を潤ませながらこう言うんです。






何をやっても空回りの一人芝居で

幸せになりそこね続けた女のひがみかな






気付いたら






ねえユゴー

もう がんばってなんて言わないから

好きな文章を本を見ながら書けばいいよ







なんて言ってました。


【PS】
この間、街で8歳ぐらいの男の子が馬場つげ研のことを話してました。
それはぼくだ ぼく自身だ

私にはわからない

永島慎二の訃報を聞いて、真っ先に頭に浮かんだのが、マンガ研究誌『COMICBOX』である。先ごろの復刊号では「つげ義春と永島慎二」が特集されていて、若かりし二人(ともに19歳)が並んでうつっている写真が印象的だった。

1991年12月のvol.88「つげ義春特集号」には、永島が大々的につげ批判を繰り出した、ショッキングなインタビューが掲載されていた。

永島はつげのことを「気に入らない」「気に入らない」と連呼し、「俺とつげとの関係は陰と陽の関係だね。俺がうけたときは、あいつは沈んでいる。つげが今うけているとき、俺は世間からずっと離れていたいね。」と言い切っている。

賞賛に慣れたつげファンは、永島の態度に少なからず戸惑いを覚えたと思うが、「不思議なことにここ十数年俺は、他のまんがは読めないのに、つげ兄弟のまんがは読めるんだよ。この前も『無能の人』本屋でみつけて買って読んだ。」というから、もちろん、すべてが本心ではないのだろう。インタビュアーの「露悪的」との指摘に対して、永島は「ひとりくらいクサスやつがいて始めてつげが立ち上って来るんじゃないの?」と述べている。あるいは盟友へ向けたリップサービスだったのかもしれない。

しかし、ここでの永島はあまりに「露悪的」すぎる。このインタビューのどこまでが冗談なのか、実際のところはわからないが、すべてが本音ととれてしまうほど、現在の二人の評価は対照的に見える。

2003年に永島の漫画家生活50周年を記念して、「ふゅーじょんぷろだくと」から『漫画家残酷物語』が刊行されたときも、おおいに話題を集めたし、売り上げもよかったようだが(おそらくです)、ではそれで再評価の気運が高まったかと言うと、私にはそう感じられなかった。

マンガ評者たちの手によって戦後マンガ史のなかに位置づけられることを「再評価」というならば、確かに高まったのかもしれないし、今後より高まっていくことは確実である。

しかし、少なくとも「若者を中心に絶大な人気を集め、手塚治虫をして「若者の教祖」とまでいわしめた永島慎二」(『COMICBOX』HPより)像の復活には程遠く、復刊を契機に何事か起こる、ということはなかった。事実、私が知る限りでは、ネット上に永島慎二専用ファンサイトは一つもない。

なぜこのようなタイミングで、このような「嫌な感じ」の文章を書いているのか、書いている本人にもわからない。が、私が言いたかったのは、ただ「私には永島作品がわからない」ということである。

ふと、阿佐ヶ谷の喫茶店『COBU』で働いている知人を思い出した。今も働いているかは知らない。既にその知人とのつながりは絶たれてしまったからだ。

阿佐ヶ谷は永島が長らく居を構えていた地であり、永島は『COBU』の常連だったそうだ。かなりのお気に入りだったようで、「引っ越す前はしょっちゅう来て」いて、「引っ越してからも時々来ていた」らしい(作品の展示会も『COBU』でやったことがある)。もちろん知人は永島本人と何度も話したことがあるという。

あるとき、永島作品がわからない私が「なんとなくわかる」彼女に作品の感想を求めると、即座に「絵が好いの」と言った。晩年の銅版画を持っているとも言っていた気がする。私にはそのよさがわからなかった。そして今もわかっていない。

この男、合宿中につき

『馬場つげ研合宿VOL.2』!

ということで、現在、千葉県は御宿にいます。
学割で物凄く安いんですね、宿が。





なんと今回は。



エアーエッジのおかげで、更新が出来るのだ!
外の景色なんて目もくれず、ネット漬けなのだ!
いえー




とにかく私だけ書けなくて。
もう全然筆が進みません。


おいユゴー、おまえも挨拶しろってどかーん(自動車事故



時代は無気力系ですから。




山野一を読むと、「評論向き」の真の意味を考えさせられます。
それは評論の意義であり、方向であり、有効性であり。

有効性とは、実生活に対してでもあり、作品に対してでもあり。
「評論家」然することへの風当たりへの反論への再反論でもあり。



「恋に恋に恋に恋したい。」
と、同じ気持ち。同じ理屈。

ではいけないはず。







じきに朝が来る。
願わくばこの暗闇が朝でありませんように。









以上、海を見て乙女チックな金ゐがお送りしました。



【PS羅生門】

ユゴーはこっちのブログに移ったらどうだろ。ほとんどつげの限定本だけ読み進めて「画像なし」で埋め尽くせ!とりあえず棚を黒くするために太宰の新潮文庫を濫読しろ!アンチアマゾン?てじなーにゃ!



ごめんなさいごめんなさい
さようなら!!さようなら!!!!




レゴの本社は、ぜったいにレゴでできてると思う。

つげ義春と手塚治虫一

tp-denwa.jpg
『電話』 プレイコミック1969年11月10日号

赤学派の委員長を務める主人公・大沢のもとに、ある夜寺山と名乗る謎の女からデートの誘いの電話が掛かってくる。待ち合わせ場所には、日付と場所が走り書きされたノートを手にした青学派の女生徒が。デモの途中に事故死したはずの寺山の正体は?大沢は彼女に会えるのか?学園闘争で荒れる大学を舞台に巨匠が描く、異色怪奇短編。


69年発表で学園闘争。まさしく時代を反映した作品だが、内容的にはいまいちピンとこない。不毛な闘争(ないし毎日)への憤りという主題が見え隠れするものの、いたって平板な娯楽作に過ぎず、「巨匠の異色作品」として以上に評価すべき点はない。講談社の廉価版では『恐怖短編集』に入れられるという不当な扱いを受け(少なくともそこに「恐怖」はないのだから)、これが好きという手塚ファンも聞いたことがない。人気は高くないのだろう。

同時代にありながら、時代の緊張をこうして描き流す手塚の心境については資料を見つけ次第ここで引用する。が、問題は物憂げな主人公が読んでいる本である。「つげ義春」の文字がはっきり読めるが、いったいどの作品集だろうか。

一見、『限定版つげ義春選集』かと思ったが、北冬書房から全十巻の刊行がスタートしたのは、77年5月のこと。ブラックジャックも言っていた。「時間には逆らえない」と。

mahalo_ok-img384x542-111453218700000006.jpg 誰か安く譲ってください


作品の発表時期を考えると、(東考社『噂の武士』『蟻地獄』や幻燈社『つげ義春初期短編集』、青林堂『つげ義春作品集 現代漫画の発見1』もあるが)やはり『ガロ』増刊号『つげ義春特集?』だろう。もちろん青林堂から、1968年6月に出版された。目次は以下の通り。

ねじ式/運命/不思議な絵/沼/チーコ/初茸がり/通夜/山椒魚/李さん一家/海辺の叙景/紅い花/西部田村事件/解説「沈黙へ向かう抒情」石子順造/「つげ義春論」佐藤忠男/「水色のユーモア」竹内権/「笑わぬオカッパの少女論」唐十郎/「つげ義春氏との出遭い」水木しげる/「つげ義春氏のプロフィル」桜井昌一/つげ義春作品リスト

つげファンならほぼ100%が所持しているという(馬場つげ総研調べ)この「増刊号」についての詳細は別項に譲るが、それにしても、このコマの主人公はなぜこんなに浮かない顔をしているのだろうか。

「世の中には・・・・・・/学園闘争とマンガしかない・・・・・とまあそれまでのぼくは/そう信じ込んでいた」

このセリフがいったい巨匠の卑下なのか矜持なのか、「人間の神様」は実に不可解だ。手元の難解マンガは風俗なのか、当てこすりなのか。これから両者の作品を見ていくにつれ、それも判明することだろう。

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私のブログを盗み見て言葉を覚え、話しかける(クリックする)と返事をするらしい。あまつさえ勝手にエントリーにレスをつけてくるという。名前の由来説明は不要だと思うが、詳細なプロフィールが知りたい方&「なんのこっちゃ」と思った人は上の「ねずみ」という文字をレッツ・クリック。

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