BLOG馬場毎日 sawayaka

視界不良の馬場より金ゐ國許が綴る、満願成就三千里手前の幸福雑記

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

つげ・北冬ファンブログ大募集&新年オフ会のお知らせ?

全世界のつげ・北冬ファンの皆さん、ブログをお持ちでしたらリンクして/させてください!別につげ・北冬ネタを扱っていなくても構いません。情報交換、古書売買、オフ会とかやりましょう!(「しょうがねえなあ、リンクさせてやるよ!」という奇特な方はTBください。)


さて、今年もこの時期がやってまいりました。少し気が早いけど、光陰矢のごとし(嫌なこと言うなあ)、1月上旬に催される馬場つげ研新年恒例イベントです。題して『高田馬場つげ義春新年会2』!

shinnen.jpg

なんと今回は全面告知、ということはつまり完全にオフ会です。前回はメンバーのみでした。今回はどうなる?どうする?ウチ来る?いくいく!

まあ、基本的に居酒屋で飲むだけです。でも、新年早々つげ・北冬トークで盛り上がれるって幸せですよね。参加者ゼロでも、とりあえずメンバーでだらだら飲みますから、「しょうがねえなあ、行ってやるよ!」という奇特すぎる方はメールください。



詳細はいつも後日。
スポンサーサイト

順調に順調にダメな方へ

(※この文章はブログ『我輩葬送曲』2005年2月分に著者ユゴーが加筆・修正・再構成したものです。文章に意味不明な箇所がありますが、著者の意向によりそのままにしてあります。)


 会う人会う人に卑屈な態度で「みてよーみてよー」としつこく頼んだ。携帯メールも一杯送った。誰からも返信は来なかったし、僕に遊びの誘いが来ることもなくなったが、アクセスは一時的にアップした。
 
 そんな涙ぐましい努力のおかげか、『我輩葬送曲』を毎日読んでくれている知人ができた。で、知り合いと顔も知らない人双方に発信していく今後、どういう文章を載せていくべきなのか。ブログの方向性について迷っている。

 ネタ系は恥ずかしいじゃない。つまらないと痛いじゃない。身辺雑記も、暇なのがばれてしまうじゃない。「○月×日のブログに『素敵な女性と飲んだ』って書いてあったけど、お前あの日俺たちといたじゃん」とか言われるじゃない_| ̄|○
 
 一切の雑念を排して書くのだ。つげ義春を理解すべく日々邁進するのだ。私は決してあきらめない。

 というわけで、あきらめない事をあきらめない事をあきらめないぞ、と思いました。関係ないけど、今高田渡の「蓮」を聞いています。ぐっときますね。イェイ。

 以下、最近読んだ本のまとめ。


 森功『黒い看護婦』について。福岡で起きた看護婦4人組による保険金連続殺人を題材にしたノンフィクション。扱っている事件は「これでつまらなかったらライター辞めちまえ」というぐらい面白いネタなのだが(だから私も新刊ハードカバーを購入した)、どうも今ひとつだった。つまらなかったわけではないが、はっきり言ってネタ負けしていると思った。

 事件の内容を大雑把にまとめると、主犯の元看護婦・吉田純子は3人の看護婦仲間から金を巻き上げ、彼女らを言い含めて下僕にしてしまう。身の回りの世話からレズ行為までを強要し、2人の夫に保険金をかけて殺害させる。結局、吉田の横暴に耐え切れなくなった共犯者1人が通報し、4人は逮捕された。

 ありきたりな手口に面白いように騙されていく女たちの心理に興味を抱かざるを得ない事件だが、『黒い看護婦』を読んでもこの謎は全く解けないと言ってよい。「なぜ3人はこれほどまでに弱みにつけこまれたのか」という考察において、結局のところ、吉田純子には「人間の弱みを瞬時にかぎ分ける才能」があったから、としか書いていないのである。これではほとんど同語反復である。機微に至る描写・推測はなく、事件のリアリティ、実在する人間としての四人の姿を感じ取ることはできなかった。 

 何しろこれだけの「大ネタ」なのだから、出来事の羅列に意味が無いとは言わないし、無駄なものを省いたことで、かえってリアリティーが増すケースもないわけではないと思う。しかし、重要なのは考察と確証の繰り返しであり、どちらかが欠けたらそれまでなのである。

 この本を読んで、「ノンフィクション=石を石のまま描くこと」ではないと、改めて強く認識させられた。「ノン」と主張することで、むしろフィクションよりも真実から遠ざかってしまうのかもしれない。言うまでもなく、事実は真実ではない。字が違うではないか。 


 山本直樹『あさってDANCE』について。機微が略されても傑作たりうるということは、数多の文芸作品によって完全に実証済みの事実だと思うが、クールだからという「都会的な理由」から機微を排除した『あさってDANCE』も、やはり傑作であると思う。

 『あさってDANCE』を成功に導いたのは「日常」「非日常」間の絶妙なやりとりであり、「日常」対「非日常」という「ゴジラ対メガバンク」ばりに使い古された表現であっても、その行き来に何とも言えぬ感じ(「sふぁsldpjヵ感」)が加わると、十二分に珠玉の要素として作品を後押しするのがわかる。
 
 「・・・・いきなり何かの主人公になったような気分だった。」という作品冒頭は「非日常」である。そこからデフォルトされた(「非日常」の中の)「日常」を描き、やがては「希望=あさってDANCE=非日常」を手に入れるべく話は進んでいく。しかし、「非日常」と「日常」とのフィードバックの果てに、主人公は疲弊し、希望を「日常」化するのを放棄して田舎に帰ってしまう。ここでの主人公の姿は「日常」の我々に他ならない。 

 そして最終話で唐突に、今まで手に入れようとして手に入れられなかったものが戻ってくる。ここで、主人公は「非日常」なるものを「日常」に置き換えているのだが、この姿がいささか「非日常」的であるのが面白い。ラストシーンで「子供=これからのどっしりとした日常」が「じいさんのリンカネーション=非日常の始まりだったもの」と混在しているのを見て、読者は作品の「日常」すなわち「締め」を感じとるべきなのだ。(「sふぁsldpjヵ感」については後日)


 そうそう、この文章を書き終わらないうちに、もう「蓮」に聞き飽きました。



特別企画「ユゴー、ブログを振り返る」第二回
翻訳調が俺の文章には合ってるんだ

――この時期はノンフィクションに凝っていたようですが
なんだって?

――ノンフィクションを集中的に読んでいたとか
ああ、「fiction of non」のことか。確かに2005年のはじめに、俺はそういったジャンルの大量の本に手を出した。そのうちの大半は愚にも付かない駄作だったが、何冊かには大いに興味を持ったよ。For example,『光クラブ事件』なんかがそうだ。天才東大生の闇金融屋がにっちもさっちも行かなくなって自殺した、しかも交流があった三島由紀夫と同じ日に。話題性、劇性から、「アプレ・ゲール(戦後)犯罪」だとか言われてるけど、犯罪に戦前も戦後もないよね。

――それが感想ですか
いやそんなことない。うん。でもこの本で、「戦争の闇」が確証されていたのか、「戦後」が描けていたのか、については大いに疑問を感じたよね。俺は『青の時代』を全文暗記していたぐらいだから、別に目新しくもなかったし、こいつの生き方や理論に共感できちまったから、笑い飛ばすこともできなかった。ベネッセが「光クラブ」を出したら大笑いだけどね(爆笑)

――もういいですか
午後十一時四八分五五秒呑む。午後十一時四九分 ジ・エン

――この頃名曲喫茶『クラシック』が閉店しました。ユゴーさんは2月22日のエントリーにて、「悲しくも中野クラシック閉店の話は本当のようです。3年位前からちょくちょく通ったり、待ち合わせ場所にしていたのでショックでした。最後にいったのはいつだろうかと考えますと1月5日であったと記憶しています。大体いつもお客さんがぽつぽついてどこかうらぶれた感じが気に入ってました。」と書いていますね
そうね。今だから言うけど、『クラシック』には「ちょくちょく」どころか、毎日通っていたんだ。たまたまロスに行っていて、1ヶ月ほど日本を空けてたら、その間に「閉店した」って言うじゃないか。驚いて店員の「mixi」を見たよ。でもね、ここ10年の『クラシック』は酷かった。カップルやサブカル好きな大学生が大量に来て騒いでさ、古参には悲しい光景だったな。

――本稿に登場する高田渡については、タナダユキ監督のドキュメンタリー映画『タカダワタル的』についても言及しています。

「4月に逝去した高田渡晩年のドキュメンタリー『タカダワタル的』を吉祥寺のバウスシアターで見てきました。以前、高田渡はラジオ番組で『自分は若い頃極貧の生活の中にいて、そこで貧乏な人に対する同情とかではなくて一緒に生活することで見えてくる駄目なところ含めてずっと見てきた。それが私の歌のベースにまずある。私は明治演歌の流れをくむ、大衆に根付いたフォークを歌い続けてきた』と語っていました。

今の若者の路上パフォーマーは「受ける」ことが主体になっていて「主張する」という姿勢が見えないとも言ってたので、映画を見る前はどことなく厳しさや凄みのある人物を思い描いていましたが、いやー、全然違いましたね。人当たりがいいとかそういうことではなくて、本当に生活者なのです。安い居酒屋や自宅で酒飲んで管巻いて寝てしまうし、ライブで歌は間違えてしまうし、(おそらく)大体いつも同じ歌を歌っているっぽいし、ギターは決してうまくないし・・。

 「大衆に根付いたフォークを歌う人」を体現しているのです。晩年の自宅もかなり貧乏さがでています。だからこそ、歌の歌詞にあれだけの説得を込められるし、ライブで曲をやり直しても気まずいどころか逆に魅力的に感じられるのでしょう。高田渡が「主張する」ということをどう捉えていたかが伝わってきます。

  どうも どうも いやどうも
  いつぞやいろいろこのたびはまた
  まぁまぁひとつまぁひとつ
  そんなわけでなにぶんよろしく
  なにのほうはいずれなにして
  そのせつゆっくり いやどうも (『ごあいさつ』より)」


今回の記事では「聞き飽きた」なんて生意気なこと書いているけど、本当は大好きでね。今年の4月、訃報を聞いて愕然としたよ。28日のお別れ会に行ったけど、井上揚水、中川五郎、なぎら健壱、坂崎幸之助、小室等、鈴木慶一、千葉和臣、笑福亭鶴瓶、柄本明、加川良、エンケン、中川イサト、中川五郎、大杉漣。錚々たるメンバーだった。愛されてたんだね。

――中川五郎さんが二回出ましたが
うるせえな、コピペだよコピー&ペースト。行ってねえよ

――その日は何をしてたんですか
ガチャポンの蓋閉めるバイトだよ。一個5銭だよ馬鹿野郎

――ところで、先ほどから「fiction of non」と仰ってますが、これは?
あちらさんではそう呼ぶらしい。尊敬する親父が教えてくれたんだ。親父は証券マンでね。ブラックマンデーまでは羽振りが良くて、何回も向こうに行ってた。今でも10月19日になるとたくさんの(a lot of)線香を炊くよ。「悪夢のような月曜日に死んだ株と、火曜日以降に俺が殺るはずだった女たちに」ってね(爆笑)

――「fiction of non」なんて言いませんよ。僕、去年までアメリカで暮らしてたから分かるんです
そう・・・・

「ひいふうme」ってブログ絶対ある

再開したはあちゅうのブログ】が、なんだかすっかり【ホリエモン】だ・・・・

絶望した

この海豚めが

tp2.jpg

ユゴーの極楽浄土的師走

(※この文章はブログ『我輩葬送曲』2004年12月分に著者ユゴーが加筆・修正・再構成したものです)


 どっどど、どどうど、どどどどど。おいおい、待てったら。おい、聞こえてんのかよ。待てって、おい、・・おい!・・・・・・・なんだ夢か。

 みなさんこんにちは。お久しぶりです、ユゴーです。更新が滞っているって?いやいや、そんなことないですよ。ただ、そのなんですか、皇室問題とかがね。自分皇族なんでチョッとね。帯をギュッとね。マスゴミがうるさくて外に出られない間、たくさんの映画を観、たくさんの本を読みました。我が極楽浄土には、まさに文化の蓮が咲いていましたよ、金満、金満。
 さて、早速、最近読んだ本や映画の感想を書いていくとします。


 まずは映画「IN THIS WOULD」。アフガニスタンの難民の話です。金獅子賞か何かもらってました。制作者はこの映画について、「ドキュメンタリーかフィクションかと聞かれればフィクションだと答えるが、ここにあった話は実際にアフガニスタン難民の人から聞いたものである」なんて思わせぶりに語っていましたが、作品としては酷いものでした。どいひーとしか言いようのない出来でした。よくよく考えてみたらこの言葉も、「人から聞いた話だから本当かどうかわかんなーい。確かめたかったら戦火のアフガンにレッツ・フライ」と言ってるように聞こえなくもない。
 で、最近ドキュメンタリーを観るたびに、いつも森達也の偉大さを思ってしまいます。場面に役割をあたえてしまえばしまうほどリアリティーから遠ざかってしまう。至極金言だと思います。

 続いて映画「ドック・ヴィル」。ニコール・キッドマン(マンなのに女・爆)主演。ロケ中は俳優たちを閉じこめて撮影したため、ニコールさんちのキッドマンが発狂しそうになるなど、色々トラブルがあった作品だそうです。
 「村」を撮りたかったからこそ、あえて実際の家を使用せずに、白墨で描いた場所を家に見立てているんだな。閉鎖空間という特殊な状況を描くために、俳優たちを実際に閉じこめて撮ったんだな。などなど、監督のやりたいことがとてもよく分かる作品でした。狙いが分かりやすい作品は個人的に好きです。だって分かっちゃうんだもの。得たものは特に無かった

 さらに映画「かくも長き不在」。ご存知、1961年のパルムドールを獲った名作。いやあ、秀逸の一言に尽きますね。ぶっちゃけ、前半は冗長な感じがしたけれど、ラストまで観ると、その冗長にも意味があると思いました。アルベール・ラングロア・・・・さっ。これにつきます。こういう見せ方は映画ならではなんじゃないでしょうか。


 活字本は、「あじゃぱん」を読み終わりました。いやはや、福田和也大先生が絶賛なさっているので、市井としては「異議なーし!」といきたいところですが、ぶっちゃけますと、「そこまでかな」っていうのが第一印象です。読了感だけはかなりあったんですけど・・・。
 福田和也は知識があふれ出している系が好きなんでしょうね。たしかに「あじゃぱん」からは、知識があふれ出しています。悲しくも戦後日本に詳しくないので(では一体何に詳しいのかと聞かれたら皇室典範と公安関係と答えます)、見落としたパロディが多数あって、そこに凄さがあるのかもしれないのでうらうららですが。

 間髪をいれずに「ゴーストバスターズ」を読み始め、いま200ページぐらいのところです。友人の読書家が「これならいくらでも書き続けられるじゃないか」と呆れ顔で言っていましたが、納得です。
 「ガンマンがアメリカを横断してゴーストを倒しにいく話」を前提に進んでいくんですけど、脈絡なくBA?SHO(芭蕉)が出てきて俳句を詠みだすやら、突如「銀河鉄道888」の世界に突入するやら、脱線したい放題でした。このエピソードを入れる意味は本当にあるのか?と疑ってしまうくらい関係なさそうなエピソードのオンパレード。一貫したイメージなど私は持てませんでした(この辺を論点として楽しむほど楽しくはなかったのですね)。高橋源一郎も知識があふれ出ているタイプなのですが、これは文字通りあふれ出てしまったように思います。適量に、適量に。


 どうでもいいですけど、『週刊文春』を読んでいたら、安野モヨコの一週間が載っていました。リアルに一週間のスケジュールが書かれていて、身も蓋もない感じでした。こういったリアリズムにはあまりふれたくないです。自分ばかり地獄から抜け出そうとする・・・ユゴーの無慈悲な心が・・・その心相当の罰を受けて・・・




特別企画「ユゴー、ブログを振り返る」第一回
2004年の師走は本当に大変だったよね

――ブログを読むと、相当文化的な生活をおくられていたようですが
うん。かなり映画や本を読んだよね。『20世紀の芸術』なんて概説本を買ってきて、必死に教養を詰め込んでたのもこの時期だ。そういえば、この勉強が終わった後に、息子を連れて近所の美術館に行ったんだ。「パパが色々教えてやるぞ。パパには教養があるからな!」って自慢げに言ったら息子は目を輝かせてね。

――それは張り切りましたね
でも、美術館にあったのは19世紀以前のものばかりで、全く僕の知識は通用しなかったんだよ。作家名ひとつ分からない。信じられるかい?結局そこには、20世紀の芸術がひとつもなかったんだよ。僕らは20世紀、そして21世紀しか生きてないのに、縁もゆかりもない中世の芸術ばかりが鎮座していやがる。

――行く美術館を間違えたんじゃないですか
とにかく、あんまり腹が立ったもんだから「ファッキン美術館!」と吐き捨てて、嫌がる息子を引っ張って家に帰っちまった。息子はそこの美術品にかなり興味を示していたんだけどね、僕の知識はそこでは活かせないから、仕方なかったんだよ。格言に言う『自分以外の人間はゴミだ』、だよ。でもね、その夜、僕は息子に言われちまったんだ。「お父さん、教養って強要のこと?」ってね(笑)一本とられた代わりに、息子のアバラを一本とってやったけどね(笑)

――死んだ方がましですね
うん・・・・

M&A

まいった、まいった。
馬場つげ研初のM&Aが起こってしまった。

「しまった」と残念そうなのは、これが拡大のための合併・買収ではないからだ。むしろ真逆の縮小に向けたM&Aであった。


25日の深夜、会員ユゴーから突然、「ブログ『我輩葬送曲』を単体で更新していく自信がなくなった。『馬場毎日』が吸収してくれないか」との申し入れがあった。ブログ『我輩葬送曲』は、前身サイト『木曜会』時代から続く、馬場つげ研最古参コンテンツのひとつであった。スタート当初から更新頻度は概ね低かったが、特にブログに移行してからの11ヶ月は、多くて月4回の雑記が載るばかりで、とても満足できる状態ではなかった。

しかし、それにしても2年間続いた企画を、自らの怠慢を見てみぬ振りして、あろうことか人様に「パス」するとは開いた口がふさがらない。例えば「明日新宿駅の何口だっけ」「関口」、このぐらい酷い。某楽天と某TBSの騒動に気をとられていて、馬場つげ研内部に対する配慮が足りなかった自分にも怒り心頭であった。

もともと、文章力アップとアンテナ林立(博学志向)を目指し、会員有志にブログを始めさせたのである。人間、目的達成までは多少の無理は買ってでもすべきであろう。ブログ放置は引き返せるが、消去してしまえば、もう戻れない。他のブログにこの無責任な流れが広がって、馬場つげ研が崩壊することを恐れ、私は吸収合併を拒否した。

「お前はそんなに書けるようになったのか。だったら本でも書いてみろ!」
じゃあそうする
「お前はそんなに物知りになったのか。だったら図鑑でも書いてみろ!」
じゃあそうする
「お前はそんなに偉くなったのか。読者を無視した、あまりに無礼な行為ではないか!」
そんなものいない



そんなものいない。

おお、ジーザス。


というわけで、ユゴー『我輩葬送曲』は2005年10月26日をもって終了します。今後、セレクトしたものが『BLOG馬場毎日sawayaka』の一カテゴリーとして再掲されます。なお、近日中にユゴー+金ゐの『ねとらじ』、「談断団!『つげ義春以後』は今どうなっておるのか」(仮)がスタート予定。

古本逆流紀行・再開予告

 大分間が空いてしまった。前回が今年の3月31日だから、実に半年ぶり(!)、「馬場毎日」がブログに移行してから初めての「古本逆流紀行」である。

 2004年7月、私は古本屋で購入した一冊の新書の、すっかり日焼けして茶色くなったページの間に名刺を見つけ、名刺の人物を探しはじめた。詳しくは『古本逆流紀行1・2』『古本逆流紀行3・4』を読んでいただきたいが、この企画は既に今年の夏に完結している。まだ導入の部分しか書いていないので、「信じる」「信じない」の段階まで到達していないと思うが、確かにラストシーンは存在しているのである。

 雑多なネタを日々拾ってくるくせに、肝心の続き物に手をつけない時期が長引くと、「ほらみろ、全部嘘だったんだぜ」「オチが思いつかなかったんだぜ」という批判が聞こえてくる。しかし、書かなかったというよりも、書けなかったのだから、仕方がない。書けないのに書いてしまうと、アクセントのつもりで文章に入れた過剰な引きや韜晦が目的に転化して、丸きり与太話になってしまう恐れがあった。

 過去四回の思わせぶりで大袈裟な文体を引き継いだまま、「書けなかったのは、『逆流』という摂理への不自然な反撥から、無理がたたって精神をやられた当然の結果であった。私が見たもの、はじまりは一枚の紙切れに過ぎなかったはずの真実から、目を逸らさずにはいられなかったのである」。こんな具合に続けてもよかった。展開を急がずに、書けなかった半年間を「逆流」行為に特別な意味を与える時間として位置づけるのも無駄ではないと思った。

 しかし、それでは私の奇妙な体験談はますます信憑性を失くしただろうし、「しつこいなあ」とだけ思われたのでは、下世話な話だが、あまりにもったいなかった。一笑いのネタにしては地味で長すぎ、まったく笑えない結末が待つ、この紀行文の扱いに私は戸惑い、安易に書き進めることができないでいた。

 書けなかったのはそのような高尚な(?)理由からだけではなかった。情けないことだが、集めた情報を整理する時間がなかったのである。私の愚直な性格を知り抜いている親しい友人でさえ、最後まで信じようとしなかった『古本逆流紀行』である(ブログには決してアップできない「名刺」を実際に見せているにも関わらず、彼らは疑い深かった)。説得力を持たせるためには、相応の資料を集めなければならなかった。しかも、私は主な舞台となった南足柄市で撮影した100枚近くの写真データを全て消去してしまったのである。再び現地へと赴き、市内を歩き回る作業が残っていた。

 足早に時だけが過ぎゆく。私には、どうしても年内に「逆流」の全行程を書き終えねばならない理由があった。それについてはまだ詳しく書かない。まだ書くべきでないと思うから書かないが、とにかく急いでいた。市立図書館の話、八重桐の腰掛け石の話、塚原駅の青果店の話。「ガンブリヌスの丘」の話も記さねばならない。一向に上がる気配を見せない己の情報処理能力に悲しくなって、「小説家すげえ、郷土史家すげえ」が口癖になりつつあった、この半年間であった。

 10月に入り、ようやく完結に向けて書き始める準備は整った。いよいよ私は『古本逆流紀行』と正面から向き合うことにした。因縁の絡み合った不思議な物語をどこまで正確に伝えることが出来るか分からない。しかし、例えば『小僧の神様』の焼き直しと言われてもいい。オチだとかヤマだとか、そんなものは今はなき神社の木仏の脇に置いてきてしまった。・・・・・これも説明が必要だ。前置きを終えて、私は筆をとろう。


「古本逆流紀行」流血の第五回・予告

人は何を求めて「逆流」するのか。

「森は突然開け、そこには図ったかのように地蔵が並んでいた。私は驚愕した。先ほどの本の記述と完全に一致していたのだ。」
H11-PCD2553-015l.jpg


愛か。希望か。サブカルか。

「山小屋の老婆は静かに語りだした。『いっちゃなんねえよぉ。だれにもいっちゃなんねえよぉ』・・・それは見捨てられた町の、哀れな末路の記憶であった。」
IMG126_S.jpg

金ゐは高田一成に会えたのか?手がかりは見つかったのか?

「スペイン人・・・?本当にスペイン人がこの村に・・・?」
ata4-thumb.jpg

 2005年冬、人類は「ゲルニカ」の本当の意味を知る。

これは下町の『タヴィンチ・コード』だ(キネマ旬報)
落雷を避けるための道具が避雷針だ(旺文社)
ていうか「ストーカー法」にひっかかるよね(チャニ)


COMING SOON

幻のドキュメンタリー

95年に公開された、つげ忠男原作・石井輝男監督・加勢大周主演(!)の映画『無頼平野』が、今年8月にDVD発売されたのは記憶に新しい。他の出演者には岡田奈々、佐野史郎、金山一彦、吉田輝雄、由利徹、大槻ケンヂ、あがた森魚など、豪華なメンバーが集まっていた。

馬場つげ研やこのブログでも、いまだ『無頼平野』についてろくに言及できないまま今日まできてしまい、いつかしっかりと書きたいと思っているのだが、つげ忠男にはもうひとつ、「幻の」映像化作品がある。今回はそちらの情報提供を呼びかけたいのである。どうぞよろしくお願いします。

そういえば先日の催しのレポが載っていたが、実にコアだ。同席していたら間違いなく浮いていただろうな(「鳥ぎん」には居たりして)。


厳密には作品を直接映像化したものではなく、作品名を冠したドキュメンタリー映画で、タイトルは『河童のいる川』。今まさにつげ界の話題を独占している『無頼平野』と違い、ググッても容易に情報を得ることはできなかった。唯一発見したのは、以下の記述。
 
筆者は学生時代、つげ義春の弟である、つげ忠男氏のドキュメンタリー制作に関わっていて、その関係からこの映画[無頼平野]にエキストラで参加したりもした。(『何を見てもCinemaを思い出す 生活者・膳場岳人の手記』より)

著者は「膳場岳人」さん。ライターや脚本家として活躍する、その道のプロらしい。


『ガロ』98年1月号巻末の「先どり映画情報」によれば、『河童のいる川』は、日本映画学校出身の監督・田中聡が「95年春に卒業製作として手掛けた中編を、劇場公開に向けてグレードアップしたもの」だそうで、「98年春頃の完成を目指して、目下着々と制作は進んでいる」。

同号に掲載された4ページの漫画「彼等、カッパを追いかけて…」には、「製作スタッフは4名」「年齢二十五?三十歳で、いずれも寡黙である」とあり、似顔絵入りで紹介されたスタッフの4名とは、監督・田中聡、カメラ・久保純一、録音・秋田琢、プロデューサー・石井理香だった。「膳場岳人」はペンネームで、この中のどなたかなのだろうか。

「制作費はそれぞれがなにやらの職で得たその収入のみで賄っているらしい」「撮影は断続的ですでに二年越しになっている」と言うから、映画の公開規模もそこまで大きくなかったのだろう。ググッた結果を観ると、『オートバイ少女』などのガロ映画よりも上映館数は少なそうだ。

ネットで見つからないとなると、後は『ガロ』を調べるぐらいしか思いつかないのが現代っ子のやわなところだが、『河童のいる川』情報が手に入るかどうかはわからない。何しろ98年1月号には新編集長・長戸雅之から、復刊のあいさつが掲載されているのだ。つまり、当時の『ガロ』は「騒動」の最中にあり、追って詳細な情報が掲載されている確証はない。とりあえず手持ちの『ガロ』のなかには情報が見つからなかった。


監督は言う、「かつて劇画が生まれ、また描いてきた歴史的情況を、長井勝一、水木しげる、辰巳ヨシヒロ、つげ忠男の四氏によって辿ると同時に、現在もなおなお残るそうした「劇画」的情況を捉えたい」。

観たい。観たい。すごく観たいです。
どなたか持っている人、ダビングしてくれませんか?

情報求む!です。

近未来テーマパーク『恐怖の洞窟』 下

とかなんとか文句を言いながらも、すっかり楽しんでしまっている自分が情けない。ブログには恥ずかしいから載せないが、同行した会員の写真には、喜色満面でバレーボールに興じる私の醜態がばっちり写っていた。

大して広くないのに、奇妙な広がりを見せる『恐怖の洞窟』。「スカシ」狙い、つまり観客の落胆を意図して造られたものなのか、自然に醸成されたムードなのか。その判断も困難なほど、絶妙に「微妙」な空気が満ち満ちていた。

『恐怖の洞窟』は「B級」を売りにしたテーマパークだと、そう言い切るにはあまりにも中途半端なのである。ここが所有者の生業であるならば、もう少し「B級」に徹してくれてもよさそうなものだ。受付にいたオバサンが何とも言えずリアルだった。



kyouhu12.jpg

「大勢で入ると、面白くありません」。まるで一人で入ったら面白いみたいな言い方じゃないか。今更だが、全部が全部洞窟ではないのだから、看板に偽りあり、だ。

kyouhu14.jpg

はいドーン!

kyouhu15.jpg

バーン!

kyouhu16.jpg

うひゃあ!

kyouhu18.jpg

でたー

kyouhu19.jpg

きゃあ!

kyouhu20.jpg

・・・・なんだか適当だなあ。手と顔の年齢が合ってなさ過ぎる

kyouhu22.jpg

服のチョウチョ結びが愛らしい

kyouhu23.jpg

ほとんどゴミじゃないですか

kyouhu25.jpg

靴が凄い ここまでやるかリアリズム 金ゐ

kyouhu26.jpg

洞窟内の小部屋「生き物の部屋」。もはや「恐怖」ですらない

kyouhu27.jpg

「絶対スカシだって」と言い切れない理由のひとつ。やりすぎだろ。
洞窟でしょ、ここ

kyouhu28.jpg

「左手ですみません」と謙虚を装っているが、よく読むと「名残惜しめ!」と命令調だ。何様だ

kyouhu29.jpg

「恐怖の出口」。まさしく一流の発想




10分弱の短い洞窟を抜けると、また「バラエティ広場」にでる。他にも輪投げ、ターザンロープ等々、色々なアトラクションがあったが全部ダメダメ。あーもーほんとダメダメ。蔓延する投げやりな遊具にこちらまで死にたくなる。

骨の髄まで侘しい気分に浸かったところで日も暮れ、気を取り直して、我々は旅の真の目的地に向かう。心から無駄な脱線を経たが、こうして今回のつげ巡礼は本当にスタートしたのである。(『つげ義春を旅マップする』につづく)

悲しみがいっぱい

8327.jpg

社会派だ。



ピーコ果てしなく 北京限りなく

「有名サイトの仲間入りだぜ!」と息巻いたエントリを書いて以来、閲覧者離れが止まらない『馬場毎日』の執筆者・金ゐです。調子こいたらしっぺ返しを食らうのは、ネットも現実も似たようなもんでした。

「炎上したい」と書いたあの頃が懐かしい。平穏な日々に垂らされた一本の釣り糸に恐怖する天然魚の私は、どちらかといえば太公望になりたいのです(深い意味はない)。嗚呼「週刊誌に叩かれたい」。いやはや幹事長、じっさい幼稚な発言でした。

村上春樹の作品中、最も印象的な文章を忘れていた私には、偉そうなことを言う資格がありません。湖岸から離れゆく釣り人に幸子あれ。


で、話は変わるが「老人の背中」とロアルド・ダール「皮膚」

どう感じる?




さて、そんなこんなで20人も見ていないような状況が一週間続いていたのですが、いきなり「どかん!」とアクセスが跳ね上がって驚きました。どうしたことじゃ太郎冠者。「サーチワード」の履歴ランキングを見て、納得。

1位はぶっちぎりで「末次由紀」でした。やはり皆さん興味あるんですね。『たけくまメモ』は一日6万ヒット(!)を記録し、議論も盛んなようです。

「サーチワード」履歴は、ヤフーやグーグルなどの検索エンジンに、何と打ち込んで自分のブログにたどり着いた人が多いのかわかる、大変便利な優れものなんですが、昨日の閲覧分を見てみると、「末次由紀」以外にも意外と散らばっていて面白かったのです。中途半端な時期ですが、今までのまとめも兼ねて、見てみましょう。


例えば2位。
ゲバ文字 カッコいい
ある日、 ふっと「ゲバ文字」のフォントってないかな?と思い立ったのでしょうね。私もそうでした。この間は丸一日かけて手塚治虫風フォントを探して、「手塚治虫 フォント 無料」「真心ブラザーズ 人間はもう終わりだ フォント」などと打ち込んでいましたよ。見つからなかったけど。


5位・6位
高田馬場 らんぶる
高田馬場 らんぶる 閉店

ああー。私、『クラシック』と『らんぶる』を書き間違えたのです(直しておきました)。申し訳ない。2001年まで営業していたことは確認できたんですけど、閉店はいつだったのでしょうか。


7位
赤い実のなる木 うらたじゅん
ここらへんのワードで来て頂いた人はぜひ足跡を残していってください。交流しましょう。以前の舌足らずな見解から少しは成長できているのかな。少し前のエントリが死ぬほど恥ずかしいのは、きっと内容のせいじゃなくて、私の情緒不安定が原因なのでしょうよ


8位
藤澤恵麻 奇談
本人だな。うん。間違いない


12位
最後の時計台放送
「われわれの闘いは勝利だった。全国の学生・市民・労働者の皆さん、われわれの闘いは決して終わったのではなく、われわれにかわって闘う同志の諸君が、再び解放講堂から時計台放送を真に再開する日まで、一時、この放送を中止します。」(東大安田講堂、1969年1月19日)

以前のエントリでは「闘争の歴史さえ「カッコいい」と消費してしまう自らをだらしなく思い」なんて書きましたが、やはり何だかカッコいいです。


13位
宮崎あおい ヌード 映画
まあ、今更宮崎あおいについて何か言う必要もないと思いますが(今読むととっても痛いこんなエントリも書いてました)、ちょっとだけ。一言で映画を成立させた役所広司と、一言で映画を破壊した宮崎あおい。「ユリイカ」はだからこそあんなに長いのです。


14位・15位
僕の彼女を紹介します 古谷実
僕の彼女を紹介します 僕といっしょ

パクリつながりですね。末次由紀のニュースを見たテキストサイトの人やブロガーが、「そういえば・・・」の書き出しで一ネタ入れようとしたのでしょう。私もよくやります。該当エントリはこちら


17位
世界の中心で、愛を叫ぶ エゴ 助けてください
今更映画をレンタルで見て、相当いきり立ったんでしょうね。気持ちはわかります。最近のエントリですが、こちら


19位
ハックルベリー・フィンの冒険 解説 卒論
「卒論」を「ハックルベリー・フィンの冒険」で書こうとしていている文学部生が、「解説」をコピペできないものかと考えたのでしょう。冒険はそんな甘くねえ。結局、旧友パウエルとの再会を書いたエントリが引っかかったのでした。


20位
テヅカ・イズ・デッド 伊藤剛
このワードで来てくれた人は、「テヅカ・イズ・ダッド」に笑ってくれたのでしょうか。そこが気になります。


あれ?もしかして意味不明のエントリだとか思いました?・・・・そう、確かに近頃、文章にまとまりがない。愚にもつかないタイトル名を見れば、集中力の低下はあきらかです。なぜだかわかりますか?言いたいことは山ほどあるのに言えない状況にあるから、少し、フラストレーションが溜まっているのかもしれません。
「対価」って言葉、何のためにあるんでしょうか。ねえ?

幻燈6号、11月5日発売

こちら。表紙がクールです。

西野空男さん『別離』『千の誘惑』の二本。『別離』とは、再びつげ義春に着想を得た作品でしょうか。

うらたじゅん特集号?

漫画家の末次由紀氏、2chによる盗用発覚で絶版。

本人が盗用を認め、講談社も謝罪し、連載中止・全単行本絶版・出荷停止の急展開です。ヤフーニュースでも取り上げられていましたが、作者のブログが痛かったことも手伝って、2chではすっかりお祭り騒ぎです。検証サイトはこちら

池上遼一『信長』の「幻の8巻」問題以来、特に「資料用」に厳しくなった中での今回の騒動。「資料用」に関しては個人的には同情というか、ある程度目を瞑りたい気もしました。・・・おっと、個人的にはですよ、個人的には。あるいは「心情的には」と言い換えてもいいかもしれません。

いくらつげファンだからといって、まさか「貸本マンガやっていたときなんか、盗作しようが模倣だろうが、誰もとがめるものは いなかったよ」なんて火に油を注ぐような意見は言いません。雑誌の広告やグラビアにも著作権が存在するわけでして、それを無断に使用したのだから、もちろん問題がないわけないですし、盗用はれっきとしたゴニョゴニョ


しかし。

大体、そんなこと言ったら手塚治虫やトキワ荘集団にもやばいのがゴロゴロ見つかるんじゃないですか?というか多分見つけられますよね。というか見つかってますよね。それでも苦情は出ないじゃないか、と。

どこぞの雑誌では、手塚治虫のネタ元を発見して『インスパイヤ』とむしろ賞賛していました。手塚の行為が法的問題になることはまずないでしょうが、私はその記事を好意的に読んで、手塚のルーツ、「教養」の正統性に感心しただけでしたよ。これは手塚治虫が古典になった証拠なのでしょうか。それともただの贔屓?


以上心の声でした。


何だか意味不明の文章になってしまいましたが、いいんです。
奥歯に大量に挟まってますから。

そう、馬場つげ研の著作権問題です。

つげ先生をはじめ、画像を使用させていただいている作家の皆様、北冬書房の関係者様、『北冬名鑑』の顔写真を撮影なさった方々、『週末から8』の『ガロ』の表紙をデザインなさった方。皆様のご好意で馬場つげ研が成り立っていることは、冗談抜きで、理解し、感謝しています。サイトでは「引用、私的利用の範囲内と考えています」と強気に出ていますが、本当は謙虚な気持ちで一杯です。

ぜひ、問題がある場合はまず私にメールにてお知らせください。なお、近いうちに「馬場つげ研の著作権の考え方」というページを製作する予定です。


さて。

「最後の世代共通漫画」スラダンをパクるとはいい度胸しているな、というありきたりな感想はともかく、実は気になっていることがあるのです。

かつて2chでは、『ねじ式』の産婦人科のコマ(後ろに軍艦が描かれているコマ)が雑誌の写真を写したものだという話が出たことがあったのです。書き込んでいた皆さんは、さすがにこれを「盗用」とは看做していないようなのですが(そして私はそれが「盗用」にあたるかどうかについて興味がありませんが)、何の雑誌だったのか忘れてしまったのです。気になって夜も眠れません。
情報求む。


最後はおねだりでした。


【参考リンク:藤原薫氏関連著作権検証用サイト
【参考リンク:天声人語盗用

湊谷夢吉集成「レジェンド」第二巻発売

今更?なのでしょうか。知らなかったのでメモ。


昭和、空中戦艦、皇女アナスタシア、モーゼの水玉、大陸浪人、結界、古代史の禁忌、甲穀強化兵、支那派遣軍、大陸で遭遇する異星人の痕跡、暗躍する仏情報部、<タオ>を守る秘密結社…。今開幕する“漫画デジネ”にようこそ。

「ローレライ」や「攻殻機動隊」、「イノセンス」もそして「神狩り2」、「ミステリオペラ」も未だ存在しなかった頃……。夢吉は紙にインクとペンで壮大なエンターティメントに挑戦していた。その全貌がいまここに現出する!!

<収録作品>
「蒼ざめた皇女を視たり」「海岸綺譚」「蛇神の血脈」「虹龍異聞」「ブリキの蚕」「ライプニッツの罠」「銀河探偵事件帖」「幻の未収録素材」「書き下ろし特別解説・星野之宣」

●幻のタイトルを初の完全な形で単行本
●厳選・充実の未収録素材集を収録



チクマ秀版社より。湊谷夢吉の公式ホームページはこちら。それにしても並製で2625円て高いなあ・・・・「未収録素材」ってイラストのことでしょうか。ちなみに第一巻は


昭和,大陸浪人,魔都上海,特務機関,満州,関東軍,アヘン,馬賊,活動写真。現在(いま)、開幕する“漫画デシネ”にようこそ。その作品世界は、大陸冒険譚の要素や伝奇、ホラー、SFなどジャンルを越えた魅力溢れる作品群。“新種娯楽漫画”を抜群のデザインセンスと画力、膨大な知識が活字や映像を拮抗する密度で展開される。

岡本喜八の「独立愚連隊」連作、「どぶ鼠作戦」、「血と砂」、 「日本のいちばん長い日」。モノクロームのフィルムに刻み込まれたリズムに唸った貴方にこそ、本書を推薦する!!岡本喜八を見尽くした貴方にも是非!!

<収録作品>
「粗骨の果」「満州バニシング」「魔都の群盲」「アヤカシの大連」「無用の天地」「鋼鉄の處女」「活動屋番外地」「マルクウ兵器始末」

罵声人語さわやか8

『東京エイティーズ』にも登場していた馬場の名物喫茶「白ゆり」がつぶれてしまって以来、馬場つげ研は活動拠点を探している。馬場にはもう、いい店が見当たらなくて、仕方なく「ニューヨーカーズカフェ」で話すことに。これは厳しい。つげトークを遠慮してしまう。自然に古川益三トークに流れていけた中野でも『クラシック』が潰れ、馬場からも追い出されたら、次は池袋ですか?・・・決着。次回から名曲喫茶「ライオン」集合。

◆ずっと悩んできたのだが、昨日のエントリではっきりした。やっぱりブログのデジカメ写真がよくない。絶望的によくない。何故だろう。どうしてこれほど酷い写真ばかりが出来上がるのだろうか。『つげ会い』をやりすぎて、写真は「記録用」と割り切る態度が身についてしまったからだろうか。どうやら私にはカメラの才能が致命的に無いらしい。うーむ。デジカメの性能に転嫁したい。


◆私一生忘れない。何をだっけ。

◆故・パワフル爺ちゃん

◆あれ・・・・声が聞こえないよ


◆ブログの右列に載せていた「THICK BOOK」のコーナーを削除。あまり本を読んでいないのがばれる、プルーストを投げ出したのがばれる、そういった理由から削除。結局今年読んだ「分厚い」本は、マンの「魔の山」の他に、阿部和重「シンセミア」ぐらいになりそう。「シンセミア」、「神町を行く」は遠すぎて無理だとしても、「事故現場の渋谷を行く」とかなら出来そうだと思う。そして受けそうだとも思う。しかし、周りで読んでる奴は一人もいないなあ。ホンッとにいないなあ。大江健三郎が自分の名前を冠した賞を創るなんて「みっともない真似」を<敢えて>したのも頷けるほど、純文学って生活と隔たってしまったのだなあ。そんなことを考える。

◆松本大洋フリークと会い、久しぶりに熱弁を振るう。松本の絵は天才的だ、究極だ、そう激賞するフリークに猛反論。「絵の巧さ」なんざ描かない(描けない)人間が説いても説得力のかけらもありはしないのだが、やはりそれでは「つげ義春以後」が泣く。菅野修が泣く。そう思って松本大洋の絵と菅野修の絵との間にある決定的な違いを語るが、「いやあ松本大洋は、描こうと思えば絶対に菅野修の絵を描けるよ」。私が泣く。

◆話は『夕凪の街 桜の国』のこうの史代に飛んで、「あれはどう思った?」『夕凪?』についてあれこれ語るとき、原爆問題が絡んできて非常に面倒くさい。よって「『点景としての原爆』が徹底的に描かれてこそのフィクションだと思うよ」とだけ答えておいた。


◆「すぐ!そこ!」「Thanks」

「キャサリン、あなたがりんごを八つ持っていて、私が二つちょうだいと言ったら、あなたは幾つりんごを持っていますか?」「八つです」

◆じゃーんけーん目ン玉・・・・・ごめんね


◆現在、大々的に本の整理を行っている。以前のエントリでも書いたが、倉庫と部屋の本棚に併せて4000冊ほどある蔵書を4分の1にしようと思い、無常にも選別を行っている。趣味がBOOKOFFの100円コーナーで大量に買い込むことなので、値段の高いものはとりあえず全て「残し」となり、「捨て」は100円の山からということになる。100円で買ったものならば躊躇せずに捨てられると思ったのだが、「いつか資料として使う日が」という思いが根強くあり、もう一度読み返してから決断を下すから、時間がかかってしょうがない。

今週の「捨て」は、漫画では小池一夫原作の「パパラッチ」(廉価版の分厚い奴2冊、まあ3回読めば十分かと)、矢口高雄「奥の細道」(活字のいい本を見つけたため)、岩明均の「ヘウレーカ」(これは悩んだが、ここを残すと4分の1にならない)、石坂啓「キスより簡単」4巻(面白くなかったため)、筒井康隆・山崎さやか「NANASE」1巻(続刊を立ち読みしたため)。

活字本ではビートたけし「浅草キッド」(文庫、全く本人が書いている気がしなかった)、小室哲也音楽対談集「withT」(文庫、十分楽しんだ)、田口ランディ「コンセント」(これを『天才』って言っちゃう文学部生はどうかと思う。倒錯というか盗作?)。

結局10冊行かなかったか・・・・。
次回、「金ゐ、池上遼一作品の対処に困る」

近未来テーマパーク『恐怖の洞窟』 上

群馬県北部の湯宿温泉といえば、名作『ゲンセンカン主人』のモデルとして、つげファンには御馴染みの湯治場だ。10月上旬、ブログの更新が全体的にストップしていた頃に、馬場つげ研は湯宿温泉の大滝屋旅館に投宿していた。つげ作品との係わりについては『つげ義春に会いに行く』で書くとして、ここではすぐ傍にあった奇妙なテーマパーク「恐怖の洞窟」を紹介したい。

「恐怖の洞窟」は、(名前を聞いただけで120%理解できるように)その常軌を逸したアバンギャルドぶりがネットの話題をさらい、ちょっとしたブームになったことがあって、今では定番の観光地になっている。人気バラエティ番組『銭金』でも取り上げられ、「救い難い」としか言い様がない施設にも関わらず、先客が2組もいた。

入園料は破格の300円。それでも帰りしな、すれ違ったカップルが「なんでこんなとこ連れてくんのよ!」「しょうがないだろ、ここまでとは思わなかったんだから」「わざわざこのために群馬まで来て、あんた馬鹿じゃないの!」「お前こそ楽しみにしてたじゃないか」と、大喧嘩していたのだから、その恐怖恐るべし!である。

最低のテーマパークに労力を費やすのは無駄以外の何物でもないので、写真と解説だけ載せておく。詳しく知りたい人はググれば色々なサイトが見つかるはずだ。それでも興味が尽きないという人は、生き方を考え直すか、あきらめて群馬まで行って欲しい。長い人生、リアル・ガッカリ・イリュージョン(RDI)を体験するのもまた一興であろう。


kyouhu1.jpg

立て看板の「うさぎと遊ぼう」が死ぬほど嘘臭い。死肉でも食わされるんじゃないか

kyouhu2.jpg

入り口脇にある自転車置き場。当然「おもしろ周回コース」などなく、ただ畑を自転車で一周できますよ、というだけのもの。

kyouhu3.jpg

一番最初に登場するアトラクション。崖をこの錆びた自転車で上れと。

kyouhu4.jpg

吊るされた「ダーソ」。間違ってもダーツと勘違いしてはいけない

kyouhu5.jpg

黒ずんだ皿に置かれた竹とんぼ。今って21世紀ですよね?

kyouhu6.jpg

豪華アトラクション二本立て。手前がパンチングマシーン、奥の木が「木登り大将」。一見強風で木が倒れただけのように見えるのが凄いところ。とにかくここには文脈というものがない

kyouhu7.jpg

テーマパーク最大のアトラクションは、総合スポーツ施設「バラエティ広場」。霞網で渡り鳥でも捕るのかと思いきや(法律で禁止されています)、青色の網はバトミントン用。気の抜けたベコベコのボールを使えば、バレーボールも楽しめます

kyouhu8.jpg

人気のない雨の園内で凍える子犬。立て札には「猛犬注意」の文字が。もはや悪意しか感じられない

kyouhu10.jpg

「うさぎと遊ぼう」とは思うのだが。くさい。というか、なんだか可哀想だ。手前に餌のリンゴが積まれていた。客を小馬鹿にしているのだろう

kyouhu11.jpg

コマのバトルフィールドは、性質上真ん中が窪んでいるため、雨水が溜まって凄惨な感じに

kyouhu9.jpg

いったいこれでどうしろと言うのだ


(つづく)

『天花』バニシュ・デス五

「近所の不二家で『天花』そっくりの娘が働いてるよ!土曜日のバイトちゃんだよ!」

妹が突然そんなことを言ってきた。久しぶりに聞いたワードである。




まずい。
まず過ぎる。


ウチでは『天花』が共通言語になってしまっている。



そういえば、ギターを持つと自然と「ふるさと」を歌ってしまう自分がいる。いつの間にか父の精神論の根底に「米作り」が居座りだした。母は訛りのきつい東北弁をしゃべりだし、まるで火サスを見ているようだ



まずい。
これはまずいことになった!



まだ、何も終わっていなかったのだ。
私たちの『天花』は続いていたのだ。



総括せねば。


『天花』とは何だったのか?





私はレンタル屋に直行した。




でも気が変わって『北の国から』を借りて帰った

罵声人語さわやか7

◆昨日は『南青山会』の記念すべき第一回だったのだ。『南青山会』は、黒澤映画『まあだだよ』のなかで内田百とその教え子達が開く毎年恒例の行事「麻阿陀会(まあだかい)」にインスパイヤされた。この奇天烈な名は「まだ生きているかい?」という意味の軽い洒落で、毎回、会の始まりに老齢の百先生がビールを一気飲みして「まあだだよ」と答えるのが決まりになっていた。対する『南青山会』には名前に洒落っ気こそないが、「麻阿陀会」を強く意識して、まずは幹事Hが訓示『つげファンの未来』を語り、大ジョッキを一気飲みする。

◆続いて『蒸発旅日記』鑑賞会。既に劇場で観ていたメンバーもいたが、一同画面に真剣に見入る。85分の上映終了、特典映像のつげ義春登場シーンに歓声が起こった。「つげさん、意外とアグレッシブ

◆日本酒、ビール、焼酎、ワイン、ウヰスキー、カクテル、泡盛。先日、早稲田大学で行われた森達也作品上映会『森フェス』の話題を肴にピッチは上がる。江ノ島パンプキンが『放送禁止歌』を誉めると、メンバーの一人が大激怒。「お前はあんなのを誉めるからサブカルなんだよ。『A2』を見ろ。比べ物にならないじゃないか。」普段見られないミュージシャンが映っていて面白かった。「幻の名盤解放同盟?根本敬が意外といい男だった?それがどうした。それが作品と何か関係するのか?作品の見方だけは誤っちゃいけないんだよ。お前の話をさっきから聞いているとだな、『放送禁止歌』の感想はひとつもない。ひとつもだ。このサブカル野郎、そんな風に誉めるのは森達也に失礼だ

◆『蒸発旅日記』については、一同沈黙を通す。やはり「現時点で最も評価の高いつげ原作映画」というのが引っかかっているのだろうか。しかし、同席したつげファンの口から漏れた一言で状況は一変する。「秋桜子って気持ち悪くなかった?」喧々諤々の議論が始まる。過剰な色彩の強調については「『極彩色』と銘打った映画に傑作はない」、ストリップのシーンについては「カルトはエロに幻想を抱きすぎだ」等々、否定的な見解が場を支配する。やはり議論の中心になったのは『西部田村事件』『猫町紀行』二本の原作の挿話について。「時計とか水のシーンとか、(西)ベタベタ(村事件)だよ」とは、先のつげファンの言。

◆話はつげ巡礼に及び、急遽今夏の「瀬戸内巡礼報告会」が開かれた。既にメンバーの大半は前後不覚の泥酔状態。10月上旬に行った群馬・湯宿温泉巡礼話でも、「『どさん子』のラーメンセットが美味かった」「ああ、あれは美味かった、チェーン店を馬鹿にしちゃあいけないね」「そういえば黒岩八景って行ったんだっけ」「行ったっけ?名勝を見たなんて記憶はないなあ」「だから黒岩八景は駄目名勝だったって。ほら標識が消えかかっていてさあ」「あ、河豚が死んでた!」「それは秋田だよ」「カミキリムシが死んでた!」「それは伊豆」「カナブンが飛んできた!」「それは養老鉱泉だろ!てかなんで全部生き物なんだよ!」

◆「倒れるまで飲み朝は静か」。ユゴーの一句。四時を過ぎると寝だすものあり、未だつげ論を戦わせるものあり、寝た者を囲んで『通夜』ごっこに興じる三人組あり。『南青山会』は、慰安旅行さえ「貧困旅行」にならざるを得ない馬場つげ研の企画のうち、唯一の豪奢な飲み会だった。次の開催は『必殺するめ固め』の公開記念になるのだろうか。というよりも、この文章はいささか色が多すぎるな。『蒸発旅日記』モデルということで。お後がよろしいようで。

『万力のある家』で新連載スタート

全北冬ファン待望の新連載「漫画・映画探訪」がスタートしました。北冬のもう一本の大黒柱とでも言うべき映画に言及した連載ということで、期待大ですね。個人的には、出版の内情に触れられているのが大変興味深いです。

さあ、ウチも負けずに更新再開ですよ!ブログも。

夢幻堂bbsからの情報を使用

つげ忠男新刊「つげ忠男のリアルワールド」&仏語訳作品集!!

少しお痩せになったようにも見えます。私は長い間流山に住んでいましたが、「広報ながれやま」を凄いと思ったのは今回が初めてです。

◆アベシン『無頼の面影』がファッション誌に再掲。

MAHLER'S PARLOR」の創刊号だそうです。コアマガジン。今年の9月創刊したばかりなので、まだ店頭で買えるかも。

正津勉エッセイ集『脱力の人』につげ義春

以前紹介した話でしょうか。どちらにせよ要チェック。


ところで、夢幻堂さんのお断りに「個人で楽しむなど以外、当サイトの情報、画像などは許可なくその使用を禁じます。」とありますが、

情報の使用は自由でしょう。

お久しぶりです

ちょっとブログを休んでいました。理由は特になし、これといって書くようなこともない毎日を送っていたから休んでいたわけですが、これからも似たような更新頻度になってしまうかもしれません。ブログ以上に本家の更新に力を入れていこうと思いまして、今後はペースをやや落として、更新したいときに更新していくつもりです。


と思ったら何だか本家が見れないですね。『つげ義春を旅マップする』を再開したばかりなのに。ちなみに今回は福島県の北、横川宿です。目新しい情報は何一つありませんが、このまま死蔵させるぐらいなら写真だけでも見ていただこうと思い、載せときました。

文章をもっと長くしようと粘ったんですが、私は街道・宿場について何も知らないので、書くに書けないんですねえ。本で調べようにも、載ってないんですよ。横川の歴史は『旅する』や『万力のある家』に任せて、現場の雰囲気が伝わるように努力はしませんでした(ぉ。

『旅マップする』は、これから一ヶ月に2本のペースで出していければいいなと思っています。しょぼい土地もあり、大発見もあり。写真だけもあり、短文がつくこともあり。いろいろです。


ところで、『つげ義春に会いに行く』と『旅マップする』の違いについて質問がありましたので(本当です)、補足説明をしておきます。

悲しいかなどちらも私が書いている点で共通しますが、『会いに行く』は毎回10000字を目安にした長文で、一原作ごとだとか、そういう縛りで書いています。「特別篇」は字数が不足したときや、その日の気分で決めています。『旅マップする』は『会いに行く』から漏れた場所を短文と写真で紹介するものです。説明終わり。


本家では他にも、北冬系作家を紹介する『北冬名鑑』を再開させました。なんで「いしいひさいち」なんだよ、もっと先に書くべき人がいっぱいいるだろうが!と北冬ファンにお叱りを受けてしまいそうですが、有名であればあるほどプロフィールが書き易いのも事実でして、順序は後で変えます。今は年内の一応の完成に向けて会員の頑張りに期待してください(というわけで早く送ってきてね)。

今後、馬場つげ研のレギュラーコンテンツは、ブログ・「北冬名鑑」・「つげ義春を旅マップする」の三本立てになる予定です。定期的にチェックしてみてください。


あ、そうだ、書き忘れていました。伊藤剛の『テヅカ・イズ・デッド』が大変好評なようですが、手塚眞はこれに便乗して『テヅカ・イズ・ダッド』を発表すべきだと思う。

にゃーーーーん

nyao.jpg

黒い宇宙船

bonobo.jpg


台無し

hinoji.jpg


泣く子

nakuyo.jpg


標識

66660.gif

666661.gif

666662.gif


ドラえもんぽいもの

1136485365417.jpg

たけし

qrqqeywere.jpg

翼くん

1130-omosiro08.jpg

死む

13141451.jpg


 HOME  »

Calendar

09 « 2005/10 » 11
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

Administer

Monthly Archive

Categories

Recent Comments

Recent Trackbacks

Recent Entries

Blog Pet


私のブログを盗み見て言葉を覚え、話しかける(クリックする)と返事をするらしい。あまつさえ勝手にエントリーにレスをつけてくるという。名前の由来説明は不要だと思うが、詳細なプロフィールが知りたい方&「なんのこっちゃ」と思った人は上の「ねずみ」という文字をレッツ・クリック。

占い

Catchphrase

Profile

Administer

Others

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。