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視界不良の馬場より金ゐ國許が綴る、満願成就三千里手前の幸福雑記

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帯のはなし、『初期短』と緒川たまき的(上)

2003年5月からわずか二ヶ月の間に全4巻が刊行された、講談社版初期アンソロジー『つげ義春初期傑作短編集』(通称『初期短』)。このシリーズの帯には、「各氏絶賛!!」として著名人の推薦の言葉が載っていた。今回はこの帯について少し書いてみたい。

『初期短』は実にマニアックな内容であり、私はこのシリーズを「最後に読むべき本」と位置づけている。無論、「いいや○○が最後だ」という候補はいくらでも挙げられるだろうし、実際、「最後」と言っておきながら、私は収録作品すべてをかなり興奮して読んだ。十二分に楽しませてもらったのである。

しかし、それでもやはり『初期短』が、ブレイク近辺の衝撃的な傑作群や円熟の80年代諸作品を収録した単行本に比肩するとは言い難く、1600円は資料的価値に負うところが大きいと思われた。やはりつげ義春はつげ義春だった、当然そのような好意的な感想を持った読者も多数居ただろう。が、コアなつげ・貸本ファン以外の人に<マストアイテム>として薦めるには、『初期短』は明らかに適さない。もし文庫版を何冊か読んだだけの貴方にセット買いを強要する友人がいたとしたら、そこには何か別の思惑があり、おそらく三日後には新たなつげ義春研究会が発足していることだろう。

初収録のエッセイやリライト前の作品などは確かにマニア垂涎、初出誌をいちいち取り出す手間を省いてくれたが、裏を返せば、『ねじ式』『紅い花』の読者が楽しめるかどうか非常にギリギリのラインをついているわけで、ギリギリの場合、往々にしてラインはオーバーしているものなのだ。頼りの資料的価値にしても、ある種の極みに達している感があった。

解説にて、シリーズ企画者の香川眞吾は「とりあえず漫画家つげ義春の全貌がほぼ明らかになったということで、今後新たなつげ作品、ひいては日本の児童漫画史や貸本漫画史の研究の進展にも、このアンソロジーが一役買ってくれるとうれしいものです」と書いている(なんと良心的なコメントなのだろうか!)。漫画史研究の資料とは、これを極みと言わずして何と言うのだろうか。つい最近知ったのだが、通常人は、「マンガ好き」を公言している人でさえ、べつに漫画史に興味津々というわけではないらしい。

今後も『リアリズムの宿』『つげ義春の温泉』のような企画本は出続けるだろうが、このシリーズの刊行によって、純粋な資料集ないし漫画集としてのつげ本が、限りなくラストに近づいたのは紛れもない事実である(ちなみに青林工藝社は既に『ねじ式』という誇るべきラストを持っている)。「豆本の廉価版」という言葉が矛盾せずにはいられない以上、もはや読者は年譜の改訂や対談・特集記事の復刻を待つばかりである。

さて、どこかで書いたことがあるようなことを長々と書いてきたが、つまり、このシリーズが来世紀まで語り継がれる偉業であることは言うまでもないが、だからこそ帯も、この本を買う「お客様」すなわちコアなマニアに向けて「テッテ的に」作って欲しかったのである。帯のみの推薦の言葉を入れたのは、コレクターへの配慮があるのかもしれない。しかし、くどいようだが、これは「最後に読むべき本」、「究極の逸品」なのである。それに付ける推薦の言葉だということをきちんと認識した上で、人選が為されたのだろうか。

『初期短』第一巻の帯には、【水木しげる】と【魚喃キリコ】というふたりの漫画家の言葉が載っている(詳しくは【リストを参照】)。


●水木しげる氏(漫画家)
「つげさんが初期にこんなマンガを描いていたとは知らなかった。いずれもマレにみる傑作です!!」

●魚喃キリコ氏(漫画家)
「絵のタッチは違っても線一本一本がやっぱりつげさんで、そうゆうのってスゴイ。ずっと漫画を大切にしているつげさんに、私も近付けたらと思います。」



水木とつげの関係についてはいまさら多言を要しないが、魚喃(なななん)も適役と言える。『ガロ』出身人気漫画家というつながりもあるし、線にこだわる作家からの考察は、帯だけではもったいなく、いつか論として展開して欲しいと思った。


第二巻は【佐野史郎】と【佐伯日菜子】の俳優コンビ。


●佐野史郎氏(俳優)
「つげ作品は、もはや漫画芸術としての金字塔を打ちたてている。けれど、これら初期の作品群は、漫画そのものを楽しみ、楽しんでもらおうと格闘するエネルギーに満ちている。文化やらなんやらとは無縁の童心に戻れる。」

●佐伯日菜子氏(女優)
「デビュー作『毎日が夏休み』でご一緒した佐野史郎さんが『ゲンセンカン主人』に出演され、映画を観に行ったのがつげさんとの出会いだった。今まで感じた事のない不思議なエロティシズム、痛い程眩しいノスタルジアとの出会いだった。



佐野は大のつげフリークとして知られ、映画『ゲンセンカン主人』では主演を務めた。「もはや?、けれど―」という伝統的なマニア言説の用法に、いかにも「つげ作品に一家言あり」といった印象を受ける。批判されそうな隙を見せながらも迎撃体制はバッチリ、という周到さには、佐野のマニア体質が如実に表れており、これから始まる読書体験が通常とは異なる意味を持ち、綿密極まりないものになる(べき)ことを予感させる。シリーズの漫画史的意味を問いかけているという点においても、やはりつげマニアである。

一方の佐伯日菜子のコメントはと言えば、出会い語りになんと半分を費やしてしまうマニア度の低さ。「今まで感じた事のない不思議なエロティシズム」はいいとしても、「痛い程眩しいノスタルジア」とはいったい何のことか。アイドル映画のタイトルか。佐野史郎さんは真上に登場しているのだから書く必要はまるでないし(編集の問題か?)、無闇に世のニートを挑発するのは得策ではない。

ホラーファンとしては彼女を責めたくないが(あの「貞子」なのだから)、いかんせん「究極の逸品」への参加である。重箱の隅をつつき、揚げ足をとられる覚悟、今風に言えば、号泣する準備はすっかりできていないといけないのだ。

しかし、佐伯のコメントを軽々吹き飛ばすディープ・インパクトが訪れる。第三巻に登場する、女優・緒川たまきである。(つづく)




補足情報

闘病中の白取さん(元『ガロ』副編集長、当会の略称「馬場つげ研」の名付け親)のブログに水木しげる関係の記事が掲載されていました。【漫棚通信ブログ版 [水木しげると手塚治虫]で思う】【水木しげると同時代にいることに感謝せよ!】・・・確かに名コピーです。つげ義春と同時代にいることに感謝せよ!
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画箱】より。うーむ、残酷だ

感謝スル

先ほど調べたら【Fc2ブログにランキングイン】してました。まだカテゴリー別だけど、30位?40位のあたりをウロウロしているようです。

最高位、「サブカル」の29位

うう、ありがとね。このブログは来年上旬まで更新するつもりだけど、その間に何位までいけるかな。「サブカル」の1位をゲットしてやるぞ!これもブログの醍醐味の一つだよね。(アクセス)こーじーき、こーじーき!

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偉そうか偉そうでないかの話2 

一泊二日じゃ物足りねえ・・・・!なんて思いながら帰ってきました。バッチリ撮れたので、(できたら)巡礼記を近日中に掲載します。


毎度のことながら、「北冬名鑑」づくりに時間がかかって仕方がない。【石子順造】なんて十分にメジャーな人でさえ、情報入手に苦労した。いま漫画評論がこれだけ盛り上がっているのに、まだまだネット上に情報は少ない。“超メジャー”級は既にアップしてしまったから、今後は一層更新に時間がかかりそうだ(実は、意外にも“超メジャー”級の方がエアーポケットに落ちていることが多かったりするのだが)。

乗りかかった船、とばかりに久しぶりに【馬場つげ研】のメンテナンスに取り掛かる。「つげ義春に会いに行く」の手直しを始め、ついでに『夜行』のリストも更新する。『夜行』は全号の表紙をアップしようと前々から考えているのだが、リストをワードで作っている(怠慢!)ため、画像をとりこむのが極端に面倒くさいのだ。

おおそうじゃ、『漫画主義』リストもそろそろアップしなければ。これは私信ですが、作った分を持ってきて(もしくは送って)くださいね。


さてさてさて、【前回言ったとおり】、金ゐ國許の言動がネタからも滲み出るほど偉そうなのかどうか、具体的に見ていきましょう。まずは以下のコメントを読んでください。



祝!! 【2003/09/08 23:40:33】[返信][削除]
この度は内輪団体?が発足したようで、知人としてお祝い申し上げます。靖国的に言えば非公式、格好良く言えばブートレッグ、そんな調子で寄稿していきたいと思います。でしゃばるのもあれなのでそんなに度々はしませんが、資料体系のようなものをおくりたいと考えています。私が期待するのは「多岐多様」一言に尽きます。単に評論だけでなくコラムだったり。プロごっこ?いいじゃありませんか。




いやあ、懐かしいものが出てきました。馬場つげ研の前身サイト『木曜会』の、さらに前身サイトのサークルホームページに初めて書き込んだコメントです。2003年だから、わずか2年前なんですが、もう5・6年は経っているような気がします。

で、どうですか。全然偉そうじゃないでしょう。「でしゃばるのもあれなので」なんて、凄い居候感漂っているでしょう。言ってもサークルのサイトが潰れたのは私が三日に一度投稿したせいなんですけどね。「度々はしません」というのが人生で唯一守れなかったヤクソクなわけです。

私、この頃はネット触わりたてで、自分でページを操作できなかった。そのため原稿は全てメールで送って、それを見識のない、おっと面識のない管理人さんにアップしてもらっていたんですね。でも、元来神経質なもんで、行換え・フォント・余白・色などの細かいところが死ぬほど気になってきて、気になった都度、管理人さんに「変えれ」とお願いするわけです。

今思えば、彼が逃げ出すのも理解できますよ。どんな暇人でも、3?4000字が3日おきに送られてきて、<br>からタグ打ちしてやらなきゃいけないとしたら、「ありえねえ面倒くせえ」と思うだろうし、それが全く興味のない内容だったら、これはもう地獄としか言い様がない。「適宜改行してくれ」というのは要するに「全て読みこめ」ってことですから。

このときの反省から私はタグ打ちを覚えました。そういう意味ではいい経験だったと言えるでしょう(何だか回顧録になってきた)。一方、周りが未だに「いい経験だった」と思えない理由は、続く書き込みを見るとよくわかります。



うーん ○○ 【2003/09/20 01:20:25】[返信][削除]
早速第一号が届きました。金ゐ國許さんからです。




最初は12日の結構長いスパンがあったんですが、この後、スパンは劇的に短くなり・・・・・



無題 金井国許 【2003/09/22 02:43:07】[削除]
ユゴーとも話したんですが、ちょっと更新頻度が少なすぎるから、投稿募集したほうが楽しいんじゃないか。ところで「二」の方はもう届いたでしょうか。○○さんもぜひ載せてください。自分一人は、つらいです。




なんと2日後。管理人に「載せろ」と言い出し、徐々に圧迫が始まり・・・・



無題 ○○ 【2003/09/30 01:12:44】[返信][削除]
今わりと忙しいので、更新が滞っているのは見逃して。




こういう発言まで引き出して・・・・



無題 金ゐ國許 【2003/10/22 02:29:43】[返信][削除]
いいかげんみんな載せましょうよ(笑)




ついに怒りだし・・・・



無題 HOLY池聖介 【2003/11/18 07:33:07】[返信][削除]
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね(以下略)



他人の名前で掲示板を荒らす。

いやー、畳み掛けるような速攻です。わずか2ヶ月でここまでくるとは、我ながら精神状況が心配になってきますね。確か10名弱いた会員も書き込むに書き込めなくなって、当然掲示板は廃墟同然になってしまいました。で、追い討ちをかけるように私が「bbs連載」とか言い出して(当時はそこまでブログ全盛じゃなかったんですよ、たぶん)、レス仕様がない文章を書き込みまくり、掲示板を完全に私物化

あれ?「偉そうか偉そうでないか」以前に問題があるような。(つづく)

予言すげえ



画箱】より。

旅行行ってきます

といっても近場、1泊2日です。箱根巡礼。

その間の更新は、愉快なミクシィでお馴染みの「四月帝國」にお任せしましょう。

ではでは。

怒髪紅く染まり

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ボージョレ・ヌーボー

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画箱】より。馴染むわあ。

絶対真理があるならば

絶対真理はある。それは錯覚である。錯覚こそ絶対真理である。


【西野空男】(敬称略)から、氏の二作品「別離」「千の誘惑」が掲載されている雑誌【幻燈6】を送っていただいた。問題だらけの「あとがき」への返礼にしては、高価すぎる。しかも、届いたのは署名・絵・メッセージ入りのとても豪華な「特製 西野空男バージョン。」であった。

氏が「既にお持ちでしょうが」と断っていたとおり、もちろん私は発売日近辺に『幻燈』を購入していた(その後【しょうもないパロディ】【自らの首を絞めた】のは、熱心な閲覧者の知るところである)。しかし、知人を除いて、作家本人から本を贈ってもらったのは初めてだったし、カバー裏にびっしりと書き込まれた自筆のメッセージに、私はいたく感動させられた。いまだ西野空男の人間像は摑めないままだが、不安を拭え、安堵した。

四コマ作品集『幸福番外地』の「あとがき」を送ってから二ヵ月近く、氏からは何の音沙汰もなかった。完全に梨の礫だった。調子に乗っていなかったとはとても言えない、高慢な文章を送り付けた私である。「逆鱗に触れたか?」と思い、心中穏やかでなかった。反撥と不安が増す中で、氏の好評を買わなかった代わりに某氏の強い反感を買ったという、嫌な情報が、嫌な形で耳に入ってきた。氏特有の抽象的な言葉も私の被害妄想をいっそう駆り立てた。

一度だけ【我慢しきれずにコメントを入れた】こともあったが、基本的には言いたいことを腹の内にとどめておいた。風評や憶測が私の口を塞いだというよりも、私が発言することで、話が望ましくない方向に雪崩れ込むのだけは避けたかった。元来、私は争いごとを嫌う性質なのである。「挑戦的であるのは表現の前だけでいい」・・・というのは明らかに格好つけすぎだが、要するにヘタレていたのである。

さて、本来であれば、手紙なりメールなりで直接返信すべきなのだろうが、様々な事情と意図があって、このようにブログにて謝辞(?)を書いた。メッセージ各々については『西野空男の場合』のコメント欄に書き込むことにして、どうか【前回】と今回の意味不明なエントリーから、私の真意を汲み取って欲しい。ちなみに、前回のパロディに登場した「『つげ義春以後』は今どうなっておるのか?」は、実際にこれから書き進める予定の企画である。が、目次等を先にアップしてしまった。

追伸:「あとがき」における致命的なミスについて。掲載されればの話だが、西野作品の読者に笑われて然るべきだと思っている。恥ずべきだと思う。しかし、それは掲載誌云々の問題ではない。


願わくばこの暗闇が朝でありませんように。 金ゐ國許

予告のための予告

『つげ義春以後』は今どうなっておるのか?
漫画史的空白から見る漫画論

金ゐ國許(著)
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書籍データ

  ・ 単行本: 236 p ; サイズ(cm): 19 x 13
  ・ 出版社: MELTY LOVE PUBLISHING ; ISDN: 遅い
  ・ カスタマーのおすすめ度: ★☆☆☆☆
  ・ Amazon.co.jp 売上ランキング: 中古車で58,315位


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  ・ かっこ悪いとはなんてかっこ悪いんだろう 遅川駄目夫


レビュー

出版社 / 著者からの内容紹介
限界まで膨れ上がったマンガ産業。かつてない盛り上がりを見せる漫画論の現在。しかし、その中心につげ義春の姿は見えない。なぜ現在のマンガないしそれを巡る言説は「つげ義春以後」と向き合おうとしないのか。テヅカイズデッド、バット、ツゲイズアライブ。渾身のマンガエッセイ集。


目次

  まえがき・菅野修のメッセージ
  つげ義春はどこにいる
  プレ「つげ義春以後」としての幕末三部作考
  言説の混乱とつげ忠男
  「つげ義春以後」としてのつげ義春
  「赤色エレジー」と「グッピー」の隔たり 
  「つげ義春以後」における<劇画>とは何だったのか
  <個人的な体験>としての「美代子阿佐ヶ谷気分」
  西野空男とマンガジャンル
続きを見る


一言
  死ぬまでにこんな感じの本を出したいな。えへへ。

僕はカルトぢゃないよ3 H氏から返信がきた

いい加減、愉快痛快を装った文章を書くのが辛くなってきた。フォントの多少はストレスと正比例する。最近のエントリーは、どれも過剰なフォント弄りのせいで目がちかちかするし、文体が無闇に明るくて読むのに疲れる。そしてH氏から返信がきた。返信といってもメールではない。電話で会う約束をとりつけたのである。

昨日の昼すぎ、私は上野でH氏と話してきた。想像通り、もはやここで書く必要すらない、実に無益な三時間であった。謝罪どころか、H氏は相変わらず持論を提示することなしに、揚げ足取りに執念を燃やしていた。結論から言えば、私はH氏を完全に見限った。これ以降、ブログや掲示板にレスポンスを寄越したとしても(しないだろうが)無視するつもりだが、H氏は、事前に昨日の話をブログに載せることを私に約束させた。だから、一応会話の概要をここに書き記すが、以下の文章にそれ以上の意図はない。


私が恐れるのは、このエントリーがまたも誤解を生み、誰かの気分を害してしまうかもしれないということだ。八方美人を気取るつもりは毛頭ないが、意味なく敵を作るのは不本意である。だから、勝手なお願いではあるが、気分を害しそうな人はどうか読まないで欲しい。ネットは公的な場だけれども、どうしようもなく公私が混同してしまうカルマの世界なのだと諦めて欲しい。

今回の件とは全く無縁だが、以前のエントリーで「あなたの言動が誰に、どれくらい、どのように影響を与えるかしっかり考えて行動してくださいね。」などと偉そうに書いたことが猛烈に後悔される。会員には「お前は要らないところで自分の首を絞めるのが好きだなあ」と笑われた。全くその通りだと思う。

私はただ、『幻燈6』感想文の枕にでもなればいいやと思ってパロディ兼抗議を書いたのだった。閲覧者にとってはどこまでもバーチャルな世界での、居るか居ないかも判然としない金ゐとHの空虚なやりとり。これ以上無意味なものがこの世に存在するのだろうか。私は何故こんなにも無駄な文章を書いているのだろうか。

ユゴーは「モウシツ」と高笑いした。それはもはや妄想じゃない、モウシツだと。意味が分からず、愛想笑いでご機嫌をとっておいたが、そうか、あれは「妄執(モウシュウ)」のことか。そうかもしれない。妄執かもしれない。とにかくネットは魔物だ。時間と気力と労力とを湯水のごとく消費させる、健全な体をしたギャンブルだ。経験者は語る、である。

ああ、ここまでだらだらと書いたら、閲覧者は「ゼロ」になっただろうか。いや、天才的贋作者になることは求めていない。「整数の一。正でも負でもない実数。何も存在しないことや、位取りで空位を示すのに用いるアレ」である。急に音楽漫画『BECK』のセリフが頭をよぎった、「俺たちは何者でもないぞ」。何者かになろうとしたわけではない、何者かになった気でいたわけでもない、ただ、何者かであったのは事実であった!


ブログに抗議文を掲載してから、連日H氏の携帯に電話をかけていたのだが、電波が通じなかったり、明らかな居留守によって繋がらなかった。よっぽど自宅に乗り込んでやろうかと思ったが、十年来の仲である。気さくな両親に迷惑をかけるのは避けたかった。かくなるうえは手紙だな、便箋を前に怒りの筆ペンを走らせているとき、彼からの電話があった。「上野駅不忍口すぐのプロントに午後2時。」不機嫌な声だった。

彼の反論は、今まで散々議論したはずの「作品評価って人それぞれよね」から始まった。いい加減うんざりしていた私は、「その話は決着がついているはずだ。今日は君と僕の礼儀に関する問題を話しに来た。」と言い、それでも話を蒸し返そうとする彼を「平だったら怒って帰ってるところだよ」と一蹴した。


「早くレスがこないと『幻燈』の感想が書けないんだろ?また持ち上げるのか?パロディじゃ機嫌を損ねかねないもんな。」
「・・・・・(呆れて物も言えない)」
「お前のサイト見なおしたけど、やっぱ北冬一色過ぎだわ」
「だからそれは能力不足が原因だって書いたでしょう」
「スタイルまで北冬一色だって言ってんだよ」
「それは個人の選択でしょう」
「認めたか」
「僕は北冬のレイアウトとか、ロゴとか、タイトルとか、そういったものが好きだから、それに影響されるのは僕の勝手でしょう」
「個人の主観は排除すべきだろう」
「それが作品の価値に直結するとは言ってないでしょう。そうだとしたら、僕は山田勇男作品にまったく批判できなくなる」
「してないじゃねえか」
「だから能力不足は恥じているって書いたでしょうが」
「つげ義春のどこがいいんだよ、お前ら信者の深読みじゃねえかよ」
「それについては、君が僕の評論なりコメントなりを読んで、それに対する批判を文章化してくれない以上、僕に話すことはない」
「お前の文章は論理的じゃねえんだよ。きちんとした作品評も書かねえで旅行記でお茶を濁しやがって、偉そうに否定派を批判してんじゃねえよ。論証する能力がねえだけじゃねえか」
「能力不足は恥じているって何度言えばわかるんだよ?とにかく、批判は文章化するか、整理してくれないと対応できません。」
「漫画なんて楽しめればいいじゃねえか」
「それはそれで一つの選択だと思う。僕は『楽しめるだけじゃ駄目だ』と思うことを君に強制したことも、する気もない」
「売れ線の商業漫画を馬鹿にしてるじゃねえか」
「してません。仮にそう思っていたとしても、公言はしていない」
「ブログで『NANA』を馬鹿にしてたじゃねえか」
「してません。からかっただけです。しかも、商業漫画全般を『馬鹿に』したことはない」
「とにかくお前ら、なんだかんだ言って太鼓持ちだって。認めろよ」
「そう思う根拠を明かさない以上、僕には言うことはない」


こんな感じの、噛み合わない会話が続いた。3時間分にはまだまだ足りないが、もう十分だろう。話すべきでない人間と話してしまった、そういう印象が強かった。

しかし、問題は馬場つげ研にもあったと思う。要するに、クレーマーの挑発なんかには動じないだけの体力が欠けていたということだ。北冬の太鼓持ちだろうが集英社の太鼓持ちだろうが肛門科の便座持ちだろうが、筋さえ通っていたらそれでよいのである。その筋がまったく、弱かった。

我々にとっての「つげ義春以後」を明確にする時期が来ているのかもしれない。これを機に雑文から卒業して、林静一論、菅野修論を書き始めなさいという天啓だと思わなくてはならない。もう少ししっかりしなくちゃ。真子はそう呟くと、思い切りドアを開けた。

漂流教室もどき

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爆笑画像掲示板】より。笑った。


3年連続100本突破記念インタビュー

――10月31日に3年連続映画100本鑑賞(レンタル含む)の記録を打ち立てた。今の心境は

 去年と違って時間がたくさんあったので、見てればそのうち突破することは間違いないんですけど、あと1本になってからの10何日っていうのは……ノー映画の日っていうのは、なんかやたら長く感じて、今日見なかったらまた集中砲火を浴びるところだったので、助かりましたねえ(笑)。「金ゐ、100本を前に足踏み」なんて言われて、前日(30日)からピリピリしてました。俺も、まだまだ青いな(笑)

――100本到達のクソ映画は狙ったのか

 いや、そんなことないですよ。ただ、思いっきり楽しみたいと思って、その結果ですね。なかなか狙うということは難しいです。あと1本というところで、ヒット作が見たいわけですから。でも、さっき言ったように周りがうるさいので、なんとかしたいなあと(笑)。だから、良かったんじゃないでしょうか、お互いに。

――ファンの声援については

 ちょっと熱くなりましたね。あと1本になってからは、それを楽しみに足を運んでくれた人もたくさんいたと思うので、なるべく早く達成したいと思っていましたし、最後ああいう形になったことは、苦しかったですけど、結果的には良かったです。

――反応は特になかったが

 いや、だからね、ここで名作だったらだいぶ寒いなあと思ってました(笑)。あれもプレッシャーになりますよね。ただ、レスがつかない、企画の存在を知らないっていうのは、信じられなかったです。盛り上がってねえなぁという程度で。でも助かるのは、有名映画批評サイトみたいに「感想は?作品評は?」っていうのがない。あれがあると、ブログに書ける作品を待とうかな、っていうのがあるんで。

――昨日、100本突破を記念したエントリーを掲載した。ファンへのカーテンコールは初めてか

 実は、去年の100本目を見終えたときに(求める声が)あったんですけど、僕はブログを書いてなかったんで。いやあ、熱かったですよ、あのときは、かなり。


――馬場つげ研が好調の中で見てきた過去3年の100本と、転換期の中で到達した100本。その違いは


 やっぱり違いますね……。ただ、どんな状況でも表現に向き合わなくちゃいけないというのが、アマだと思ってますから。そういう意味でも僕に取っては、(今回の達成が)大きなものだと思ってます。どんな状況でも一定のラインをクリアするということ、それが大切ですから。

――3年連続ということについて、自分自身で誇れることがあるとしたら

 誇りというか、半年で100本っていうのは、シネフィル以外、誰一人としてできない記録だと思っていたので、それがまたできたことはすごくうれしいですね。そのことが、僕にとってはすごく重いです。

――去年、吐きそうになったり、息が苦しくなるといったような経験をしたが、それがどう今年に生かされたのか

 もちろんそれ(去年の苦しみ)だけじゃないですけど、過去の積み重ねっていうのは、どれだけ大事なものかっていうのは、感じてます。それがなければ、今の薀蓄であったり、精神的なものであったりというものは作られなかったわけですから、どれも欠かすことのない要素だと思ってます。

――心、あるいは精神的な成長を感じるか

 それは、難しいですね。(成長したという)要素はあるんでしょうけど、それを証明できないので、推測の範囲でしかない。はっきりこれだというものは、分からないです。ただ、いろんなものを肌で感じることは大事だと思いますし、それをそうしようと思って自分を作るのではなくて、勝手にそうなってることってあると思うんですよ、経験することによって。それは、そんな要素ではないかと思ってます。そうなったかどうかは、「自分はこうなりました」と言えないことですから、それは人の判断なのかもしれません。

――チョージ・ナガハル・ヨドガワーが1948年、「映画之友」編集長時代に達成した400本という年間最多本数の更新が次の目標となる。記録への意識は

 それは、明日、明後日でできる記録ではないので、短期の目標をしっかりと立てて、それをクリアしていきたいと思います。例えば、作年度僕は156本という記録を持っていますけど、来年の4月まであと何日ですか?120日ですか?それに少しでも近づきたいと思いますし、3年間で400本という目標もあるだろうし、それぞれ細かい目標をクリアして、最後にそれがまた見えてくれば、それは素晴らしいことだと思うので、そういう形になればいいとは思ってます。

――ヨドガワーヘの記録挑戦を楽しんで欲しいと誰かが言っていた。楽しめるか

 100本っていうのが年間通して最大の僕の目標ですから、それを超えるまでっていうのは、なかなか楽しむっていう気持ちは出てこないですけど、一区切りついた後っていうのは、ひょっとしたらそういうものが出てくれるかもしれない。ただ、いろんなものに近づくにつれ、またプレッシャーとかが出てくるでしょうから、去年終わったとき言ったようにまた違うプレッシャーを今年も感じたい。親とか親戚とか世間のプレッシャーじゃなくて、そんなプレッシャーだったら僕はいくらでも受け入れます。

――年400の数字はイメージできるか?

 今現在では、無理ですね。

――本数を重ねることは快感か?

 手に入ると、やっぱりちょっと色あせてしまうみたいなところって、何でもあるじゃないですか。手に入れたかった古書が手に入ると、次が欲しくなったりしますからね(笑)。そういうもんじゃないですか。だから、もっと、もっとって思ってるんだったら、いいと思いますけどね。ある程度映画を見ていないと、話もできない人っていうのはいますよ。本数を重ねる快感のみで100本は見れない。

――去年、150本の大台を超えたとき、どんなことを考えたか

 本当はこのまま映画をやめたい(笑)。このまま映画やめられたらどんなに楽だろうってね。他にやることがないんで、やらせていただきますけども(笑)。去年もいいましたけど、この数字を目標にっていうのは、とてもできないんですよね。これからも、過去にももちろんできなかったし。これは数字だけではないですけど、ニートとしての生活もそうですけど。結局は、細かいことを積み重ねることでしか、頂上にはいけない。それ以外には方法はないということですね。

――今後の半年間、157本に向けて、どうプレーしていくのか

 そういうもの(新記録)がイメージできるような今後にしたいとは思いますよ。映画を見るということは、暇人ながら何かにチャレンジしているということですから。でも次の映画を見るのに、「157みるぞ」って見てないわけですから、そういうものが具体的にイメージできるような、この後にしたいとは思ってます。

――今年の100本で一番よかったのはどの作品か

 今更だけど、やはり黒澤作品でしょう。今まで全く見てこなかったのは怠慢としか言い様がないんだけど、その分、今年は映画を見るのが非常に楽しかった。古き良き王道娯楽に救われました。どれが一番か?僕にはちょっとまだ決められないですね(笑)。

――この3年間、100本目を見る前に考えていたことに変化はあるのか

 とりあえず、毎回思いっきり映画鑑賞を楽しんでやろうと思ってましたね。突っ込めるゾーンに来ても、もう真っ直ぐだけを狙って。去年は50本目がフェリーニの『道』だったから、どれが「真っ直」なんだ、なんて考え込んでしまったけれども、まあ、今年の場合『ロードオブザリング』だったこともあるし、どんな作品でも受け止める自信がありました。でもまさか、突っ込むしかないクソ映画になるとはね(笑)。

――そのクソ映画で100本を決めたことに関しては

 男前じゃないですか(笑)。狙ってはいないですけども。狙っていると言いたかったですけど……、残念ながらね。

――通産300本を見たときは、その喜びは日付が変わるまで、という言葉があったが、今回はどうか

 今日はもう、朝までいいんじゃないですか(笑)。6時ぐらいまではいいと思います。それからはビデオ返しに行かなきゃいけないけど。

――記念のDVDは?

 延滞しましたよ。



【参考リンク】はこちら。意味のないエントリが続いてすいません。一回やってみたかったのだ。

冗長な100本目

先日、韓国映画「菊花の香り 世界で一番愛された人」を観た。今年記念すべき100本目である。この感動を皆様にお伝えしようと思い、作品評を書こうとしたのだが、力量不足で叶わなかった。よって、さながらリアルタイムのように実況中継することにした。長くなるが、お付き合いいただきたい(暇じゃない人は読まない方がいいです)。



電車の中で酔っ払いに切れる強気女キター

その場所に居合わせて惚れた弱気男キター

弱気男大学入ったー

変なサークルに無理やり入れられたー

そこに彼女いたー

見る映画間違ったー

【解説】まるで『猟奇的な彼女』の再現をみるかのようです




歴史サークルキター

弱気男(イナ)「アメリカ帰りだから『男女相悦之詞』知らない」キター

強気女(ヒジェ)「どこにいても自国の歴史を学ぶのは当然じゃない?」キター

【解説】日本では考えにくいセリフですね。ここらへんが日韓の「国民」意識の違いでしょう。『男女相悦之詞』はヨン様主演で映画化されました





サークルで島合宿キター

イナ遅れたー

サークルの優等生ジョンナン(女)「待ってようか」

ヒジェ「私が待つわ」

なんか伏線キター

【解説】ジョンナンは出てきた瞬間からあからさまな伏線ですね





島で子供たちに勉強教えてるキター

キモいボランティアキター

男の子ヒジェ先生に切れたー

着衣のまま海で泳ぎだしたー

イナつかまえたー

【解説】イナの頑張りが「振られる」前フリになっていますね





浜辺で男の子と約束キター

きちんとご本読めたらなんでもしてあげる」キター

妄想がとまりません!妄想がとまりません!

【解説】韓国では約束を「ヤクソク」運命を「ウンメイ」って発音するようですね。ちなみに家具は「カグ」、宇宙が「ウヂュ」、写真が「サヂン」、新聞は「シンムン」だそうです。




ヒジェ泳げないのに泳ぐことになったー

溺れたー

助けたー

傍で看病したー

ジョンナン「ヒジェが女に見える?」

嫉妬キター

いま伏線が動き出しました!動き出しました!

【解説】ここでヒジェが男だったら、あるいはこの映画の評価も変わっていたかもわかりませんね




ヒジェ気付いたー

「後輩が愛してると言ったら笑いますか?」

笑われたー

【解説】笑うのは酷いですね。あと、「新入生の頃は年上に憧れるものよ」と諭していますが、相手がロリコンの可能性も大いにあるわけですから、そういった決め付けは失礼ですね




「先輩の髪は菊の香りがします」

タイトルキター

【解説】いまどき珍しい手法ですね



イナいきなりキスしたー

殴られたー

殴られたのは下腹部ですが、痛んだのは胸でした」キター

【解説】イナは寒いですね。下手をすると訴えられかねませんよ




先輩、サークルのOBと結婚したー

ヒジェ卒業したー

彼とドライブしたー

事故ッたー

夫死んだー

何年か経ったー

展開が速いッ、めまぐるしく進む物語ッッッ

【解説】イナはこのとき兵役に入っているのですが、韓国人男性は19歳になると徴兵検査を受け、合格すると、入隊します。入隊する時期は選べるのですが、大学2年終了後が一般的だそうです。期間は2年余。




っていうイナの告白キター

ラジオのDJキター

自分の番組で自分の体験談逐一葉書で読んでたー

【解説】このパターンもよくあると言えばよくありますが、さすがにこうも露骨だと、見ていて照れくさいですね




ジョンナン産婦人科医になってたー

また伏線だー

【解説】間違いないですね





ジョンナン夜遅くヒジェたずねたー

ヒジェ眼鏡キター

イラストレーターキター

酒飲んでたー

いらないって言ってるのに料理作りに行ったー

小さな伏線キター

【解説】伏線でしょうねえ





ラジオからイナの番組キター

もちろん台所のヒジェは聞こえないキター


「彼女が好きなお酒はコップ半分のビール

コーラと水とレモンで割った一杯のジン

お酒を飲んだ後はお腹がすきます

そんな時はバナナがいいそうです」


ヒジェバナナ食ってたー

ジョンナン「見てられない」

観客の代弁キター

【解説】確かに見てられないですね




その後もすんでのところですれ違いキター

【解説】すんでのところでしたね




イナ出版社に手を回したー

番組聞かせたー

ファーストキスのエピソードキター

告ったー

【解説】メディアの公共性を何だと思っているのでしょうか




ファックスで振られたー

【解説】これは辛いですよ




ヒジェ、コンビニキター

ヨーグルトどこにも一個もないキター

イナ買い占めたー

家の前にピラミッドキター

    ヨ
   ヨヨヨ
  ヨヨヨヨヨ
 ヨヨヨヨヨヨヨ
ヨヨヨヨヨヨヨヨヨ

背後からイナキター

「必要なものは僕が準備します」

家ン中入られたー

ドア越しに話し出したー

ヒジェ号泣キター

門脇に体育座りキター

いつホラーに転じてもおかしくない執念キター

【解説】韓国にはストーカー法ってないんでしょうか





親に挨拶キター

いきなりだー

若い母親キター

ヒジェのデザイン見たら

母さん「心のやさしい人ね」キター

「あなたは死んだ夫を忘れて息子とうまくやれるかしら」

答えないヒジェ

一言を大事にする人だからきっとうまくいくわね

脅威の理解力キター

【解説】清水教授もびっくりです





結婚したー

今気付いたが女は長澤まさみ似だー

【解説】確かに似ていますね。<チャン・ジニョン(장진영)>は、2002年、免許停止中の飲酒運転で立件されています。




ラブラブだー

いきなりラブラブだー

寝覚めに録音したイナの声キター

「声の本」キター

バルトの引用キター

おおっとこれはキモイ!耐え難い気色悪さだ!

【解説】「韓国のドラマは日本から20年遅れている」なんて批判をよく耳にしますが、確かにこの演出は古いですね





枕投げで大盛り上がりだー

うれし泣きキター

結婚後声出して笑ったの初めてだー

【解説】実際はそんなことないんでしょうけどね





妊娠キター

イナのお古産着キター

新品同然だー

【解説】そういうリアリティは追求しないんでしょう




車酔いで吐くヒジェ

車置きっ放しでおんぶ帰宅キター

【解説】韓国の車事情は<こちら>を見てください。




帝王切開で取り出せキター

深刻さゼロがまさに伏線だー

【解説】伏線の張り方が酷いですね。しかも、すぐに消化されます。




「おい、今の人知り合いか?」

喫煙所で内科の先生キター

もう伏線が動き出したー

【解説】<韓国社会でも分煙は進んでいるようです。>しかし、キヨスクでタバコがばら売りされていたとは。




イナ、癌告知されたー

ヒジェに隠したー

「紙の国」さんから葉書キター

明らかにヒジェキター

全部知ってたー

【解説】展開が速いですね。昔、吉田栄作のTVドラマ「もう誰も愛さない」が「ジェットコースタードラマ」として話題になりました。あれよりはまあマシですが、似たようなものです




ジョンナン、イナのこと好きだったってヒジェに打ち明けたー

知ってたー

「好きなトッポッキの店、歌手、友、全部一緒なんだもん」

ばれるわー

「イナはあんたと結ばれるべき」キター

【解説】私、恥ずかしながら<トッポッキ>って知りませんでした。韓国の庶民料理の定番で、屋台で売られているとか




イナとヒジェ散歩キター

ヒジェ「死んだ母が生きてたらこういったわ」キター

『壊れた尿瓶大事にしてる』

意味不明だー

「下手に扱ったら大変ってこと!」

【解説】文化の違いを感じますね




イナ休職したー

一緒に暮らすー

あのときの島に行ったー

手旗信号ゲームキター

【解説】万国共通ですね。<こんなゲーム>がありました。




入浴シーンキター

ヒジェ「一人で大丈夫?整理整頓、布団、爪きりは誰が?」

イナ「子育ての嫌なことあったら全部してあげる」

ヒジェ「ミルク、お風呂、おむつ、教育、予防注射」

丸・投げダー

【解説】兵役回避のための賄賂、金策とかは入れなくていいのでしょうか





体調激変ー

モルヒネ注射ー

嫌がるー

ヒジェ「木よ愛してる
    海よ愛してる
    空よ愛してる
    ママよ愛してる
    パパよ愛してる」

子供のための言葉キター

【解説】そういえば、イナの両親が一切登場しませんね。<韓国でも、やはり嫁・姑問題があるそうです。




手術室にイナー

ヒジェ没

【解説】ミスチルの『HERO』という曲に、「駄目な映画を盛り上げるために簡単に命が捨てられていく」という歌詞がありましたが、まさしく本作が「駄目な映画」ですね。「違う僕らが見ていたいのは希望に満ちた光だ」それもどうかと思いますけどね。




娘ジェインキター

「木よ愛してる
 海よ愛してる
 空よ愛してる
 ママよ愛してる
 パパよ愛してる」

エンドロールキター

【解説】最低の映画でしたね




特典映像キター

メイキングキター

インタビューキター

純愛100%宣言キャンペーンキター

【解説】このキャンペーンを知っていれば私も見なかったと思います






※この無意味な文章を終わりまで読んでしまった方は、時間をもっとも無駄な形で浪費しました。これを教訓として、頑張って生きてください。キル・ザ・クソ映画。

詩シリーズ1 尾形亀之助

(※この文章はブログ『我輩葬送曲』2005年3月分に著者ユゴーが加筆・修正・再構成したものです。)


 昨日の晩、会員の平が『現代詩手帖』の通算100号だか何だかの記念号を持って遊びに来た(もちろんもう片方の手にバドワイザーの瓶6本組があったのは言うまでもない)。通産100号の特集は「いま詩は誰に届いているのか」だった。平はこういった前提確認が大嫌いな男なので、この弱腰を一緒に嘲笑しようと、酒の肴に持参したようだ。

 現代詩のおかれた苦境は容易に理解できた。周りを見渡しても、現代詩(に限定しなくてもよいが)を愛好している人間などまず一人もいないし、会話に登場することさえない。通常人であるはずの私も、普通に生きてきて唯一現代詩と<自然に>触れ合った機会といえば、大ヒットした谷川俊太郎の「朝のリレー」ぐらいだった。確かに私の周囲には「朝のリレー」から何かを感じ取り、あるいは感涙した人間が多数いた。しかし、では、彼らのうち何人が余韻が冷めた後においても詩を愛読したかというと、まったくのゼロであった。芥川賞のモーニング娘。化と騒がれた何年か前の文学と全く同じように、見事なまでに彼らは詩というジャンルを通過していった。

 まさか谷川俊太郎だけが詩人であるはずはないが、この国にはコピーライターといえば糸井重里しかいないように、カムチャッカの若者は皆一様にきりんの夢を見なければならず、所詮ブームはブームでしかなかった。谷川俊太郎の詩はジャンルとしての「詩」を消費するための生贄であり、あくまで偶然として受け入れられただけであった。

 21世紀現在、詩とは乙女が書くもので、世間から辛うじて認知されているのは「ポエム」に過ぎない。しかも、この「ポエム」は「詩」という単語の英訳ではなくて、夢見がちとメルヘンのあいのこ、すなわち適応能力の未成熟を意味する蔑称であることくらい、小学生でも知っている。根っからのビンスキーである私にさえ、この『現代詩手帖』の前提確認が、足元を固める総括的特集には見えなかった。平は「かなりテンパってるな」と笑ったが、全く同感だった。

 それにしても、なぜ記念号で不安感を丸出しにしなければならないほどに、詩は追い詰められたのか。その理由を知りたくて、縁もゆかりもない詩の世界に浸かってみようと思った。直接のきっかけは『私の現代詩入門』(辻征夫、詩の森文庫)である。以下、ネタはたいていこの本から拾っている。


風邪きみです

誰もゐない応接間をそつとのぞくのです
ちかごろ 唯の一人も訪ねて来るものもない
栄養不良の部屋を

そつと 部屋にけどられないやうにして
壁のすきから息をひそめてのぞくのです

風邪がはやります
私も風邪をひいたやうです



 尾形亀之助の処女詩集『色ガラスの街』より。文体といい、感性といい、まさしく少女趣味だが、そこに影を落とすことで、哀しみを際立たせている。この無題の詩は、少女趣味と生活者のリアリズム、二つが絶妙に均衡した作品である。以下の経歴(現代詩文庫1005『尾形亀之助詩集』思潮社より)をみると、尾形の生き様そのものだったように思える。

【年譜】
明治33年(1900年)生まれ 生家は莫大な資産家
大正10年(1921年)森タケと結婚。生家からの仕送りで生活をまかなう。
大正11年(1922年)第一詩集『色ガラスの街』起稿。絵画の個展開く。
大正13年(1925年)第一詩集『色ガラスの街』刊行。このころから絵筆を捨て,詩に専念。
昭和元年(1926年)第二詩集『雨になる朝』起稿。
昭和 3年(1928年)妻タケと離婚。芳本優と同棲,のち結婚。
昭和 4年(1929年)第二詩集『雨になる朝』刊行
昭和 5年(1930年)この春頃より,餓死自殺を口にする。第三詩集『障子のある家』を刊行。
昭和11年(1936年)生家の財政難悪化。仙台市役所に臨時雇として勤めはじめる。
昭和16年(1941年)妻優,三度目の家出。喘息,痔病,尿道結搾症,腎臓炎に悩まされる。生家ますます逼迫。
昭和17年(1942年)12月,喘息と長年の無頼な生活からくる全身衰弱のため,誰にもみとられず永眠。42歳


 『色ガラスの街』より、もう一つ。
 

私の愛してゐる少女は
今日も一人で散歩に出かけます

彼女は賑やかな街を通りぬけて
原に出かけます
そして彼女はきまつて
短く刈りこんだ土手の草の上に座つて
花を摘んでゐるのです

私は彼女が土手の草の上に座つて
花を摘んでゐることを想ひます
そして彼女が水のやうな風に吹かれて
立ち上がるのを待つてゐるのです


              
 尾形の詩は、言葉から情景が透けて見えるようで、美しい。しかも情景を透かして見せる技法がいやらしくない。この作品もかなり鼻に付くタイプのロマンティックにもかかわらず、その美しさが独善的でない。凄い。


「梅雨の中」
   
雨の日は早くから部屋に電燈がついて
うす暗くなつた立樹の上に白けた空が窓のやうに残つた
 
電燈を見てゐると電燈の中にも雨が降つてゐる
 
とき折り梅の実が落ちる
 
何故私はぼんやりしてゐるのか
外が暗くなりきると夜になつてしまつた
そして 一日中傘をさしてゐたやうな気もちになつてゐた



 昭和3年の作品。尾形について「死ぬ前までの10年間はさぞ長かったろうと思う」という文章をどこかで読んだ。鈴木志郎康は「この世の中で、自分をまるごと自分自身だけに即して生かして行くためには、無為貫徹する以外にはなく、自分自身に即して生きるということが人間の真実なのだということを、亀之助は考え実行したのであろう。」と述べているが、私も昨日ちょうどそう思ったところである。すごい偶然もあるものだ。さらに一つ。


「夜がさみしい」

眠れないので夜が更ける
私は電灯をつけたまゝ
仰向けになつて寝床に入つてゐる
電車の音が遠くから聞こえてくると
急に夜が糸のやうに細長くなって
その端に電車がゆはへついてゐる



 詩集『雨になる朝』より。尾形はこの詩集の後記に「この集をこと新らしく批評などせずに、これはこのまゝそつと眠らせて置いてほしい。」と書いている。クールすぎて思わず「じゃあ出すなよ」と突っ込みたくなるが、それは野暮というものでしょう。目新しいものでないはずの「急に夜が糸のやうに細長くなって」という表現が強い力を持ち、なぜか情景から目を離せない。




特別企画「ユゴー、ブログを振り返る」第三回
あの頃俺は“詩春期”だった

――今回はかなり書き足しましたね
そうね。足さざるを得なかったよね。俺は詩というジャンルそのものの力を試したかったんだ。だから敢えて暴言とも取れる過剰な書き出しを加えて、俺が詩を取り上げた真意をはっきりと伝えておく必要があった。

――完全に失敗しているように見えますが
仮にそうだとすると、俺はとんだ恥をさらしたことになるね。あと、確実に敵を作ったね。

――なぜ急に詩にはまりだしたんでしょうか
あまりにも縁がない世界で、逆に興味をそそられたっていう天邪鬼な理由はあるな。俺はいつもそうなんだ。どこかの本――タイトルは忘れたけど多分ドイツの哲学書かな――で読んだんだが、マイナー時代のカーリングを先取りして、地面に石を置いて、その前をほうきで掃きつづけるっていう悪い冗談があった。そんなパイオニアスピリッツがこの頃溢れていたよね。

――それ多分「稲中」ですよね
それと、この時期、インフルエンザにかかって、葛根湯を飲んでいたんだが、それも理由の一つだよ。葛根湯って、あんまり西洋医学的じゃないというか(笑)、効力が過小評価されているよね。でも、俺はあの「上品」とは縁遠い粉薬のおかげで、即座に回復したんだ。「世間から軽んじられているものでも、実際は分からないんだ」ってことを身をもって知った。それは希望であり、同時に恐怖でもあった。

――この場合、著作権って大丈夫なんですか?
まあリスペクトだから。言ってもリスペクトだから。

――「詩シリーズ」はこの後も続きますが、「なぜ詩は追い詰められたのか」という問いに対する答えは出たんでしょうか
馬鹿言っちゃあいけない。今まさに俺が詩を追い詰めてるところなんだからよ(爆笑)

――ありがとうございました
すいませんでした

想定の範囲内

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画箱】より。

僕はカルトぢゃないよ2 偉そうか偉そうでないかの話

まず、昨日のエントリーでは、下手なパロディをしてすいませんでした。あまりにも私的にタイムリーだったので、つい。迎撃体制は整っているのですが、Hから返信がないので、その間に馬場つげ研的個人サイト論を繰り広げます(ほとんど愚痴です)。なお、一部誤って「F氏」が混ざっていたことから、H氏の実在を疑われた方がいらっしゃるかもしれません。それよりも己の実存を疑え


「はじめまして」ってウチにもきてくれないかなあ
さ び し い よ
ウチらはカルト集団じゃないよ
岡本はイケメンだよ
ごめん岡本
いじっちゃだめだって言われてたんだけど
間が持たなくてつい本名出しちゃったお!
こんな利用率じゃアイコン使っているのが申し訳ないお!



これは馬場つげ研の掲示板レスがつかなかった最近の私の書き込みです。悲しくなってついに削除しましたが、考えてみればずっと廃墟同然なので、今更消す必要もなかったですねハハ。_| ̄|○

「はじめまして」と、新たなつげファンが相次いで登場する他サイトを羨み、思わず友人を実名でいじったこの書き込み。孤独が募ると人間とんでもない行動に出ます。本当にごめんな佐藤。ネットで実名出されたらニッチモサッチモ行かねえよな山田。


ま、あんな地方出たちは置いておくとして、前回も触れたように、現在、馬場つげ研は「馬場つげ研的2007年問題」に向けて大変重要な時期なのです。ブログを合併したり、失敗企画を削除したり、無駄な更新労力を軽減する「スリム化」を図っています。誰がスリム化しろやねん、て僕はこんなキャラぢゃないよ。

更新の原動力になるのはやはり、閲覧者の反応です。今のようなレスポンスゼロ、あってもブログペットだけという「宇宙に向けてキャッチボール」状態では、一銭の得にもならないネットの世界で暗躍しようとは思えないでしょう。いや、前回偉そうな抱負を語っておいてなんですけどね、個人サイト閉鎖理由の第1位は「環境の変化」なんですよ。で、そんな変化を乗り越えるには、やっぱり閲覧者様のお力添えが不可欠で、長く続いているサイトはたいてい結構なコメント数だったり、オフ会とかでやんややんやなわけです。

このままでは間違いなく2007年で潰れてしまうだろう閉塞状況を打破すべく、先日、数少ないつげファンのサイト閲覧者様にアドバイスをいただきました。この場合、「数少ない」は「サイト閲覧者」にかかりますからね。「つげファン」はmixiでもGREEでもしっかり多いですからね。


「いやー、うちのサイト、なんでこんなに盛り上がらないんですかね?書き込むほど貴重なつげ情報がまだまだ足りないからなんでしょうか」
金ゐくんが偉そうだからだよ。嫌われてるんじゃないの?」
「え、偉そう!?だって僕はニート兼自虐キャラじゃないですか。これで嫌われるんだったら、自分をどこまで落とせばいいのか、もう分かりませんよ」
卑下する様も高圧的だよね


リアルでも思い当たる節がありすぎて、逆に実感がわかなかったですよ。なんてったって、僕の自慢は顔も知らない奴から「金ゐがいるならいいや」って言われたことが五回以上ある、ってことですからね

あいたたたたた

あいたたたたた



こんな夢をみた(『夢』)

「は?」じゃないですよ。巨匠的話題転換ですよ。
・・・あ、これが駄目なのか?

ついでだから書いておきましょう。黒澤明『夢』の第一話、そう桃の木の話、ブワーッと桃の木に花が咲く重要なシーンで、画面をハエが横切るんですが、これって演出なんでしょうか。皮肉じゃないですよ、ホントに。『夢』ってよく「観客が上映中に『夢』を見てしまう」なんて揶揄されますけど、すっごい面白かったですよ。だって、放射能でタンポポが巨大化するなんて、巨匠の発想ほとんどゴジラですよ。黒澤を見たことのない人には絶対に薦められないコアな作品ですよね★


ええ、はい、確かに、「嫌われてる」というのはうっすら感じてましたですよ。でもですね、どこぞの他サイトさまから信じられない仕打ちをくらい、それから本当に鬱なことが立て続けにあって以来、ちょっとの間精神がやばかったですから、気付かないふりをしていました(その当時私からメールを受け取った方、大変失礼かつ意味不明だったと思います。読んでたら、名乗り出てください。ぼくすっかりなおったから)。

「マジウゼエ」と思って論争をふっかけてくれれば勉強になるなんて思って、開き直ったりもしました。その結果どうなったかというと、「一度書き込んでくれた人は二度と書き込まない」なんて都市伝説的ルールが勝手にできあがってしまいました。


『無能の人』のDVDが発売されていましたね。
こちらは14年ぶり!
竹中直人監督のオーディオコメンタリーが特典でした。あれほど自賛の嵐吹き荒れるオーディオコメンタリーも珍しいなw



最初期ならちらほらレスがついただろう話題でも、今では見事にスルーされてしまうようになったわけです。「竹中直人の話を真に受けたら、あの映画は奇跡の一本になるよね」「そうそう、登場人物全員に『この人しか考えられなかった』って言ってたもんね・・・」なんて続くとは夢にも思っていませんでしたが、本当に何のレスもつかないとは、改めて支持率の低さを痛感しました。


それで、ようやく「偉そうか偉そうじゃないか」の話になるわけなんですが、本当に、これはもう声を第2指定遺体。いや、声を大にして言いたい。いやいや、フォントを大にして言いたい。

俺様は偉そうか?
ないし
諸君、我輩は偉そうであるか?


あれですよ、評論じみた文章は「偉そうで上等」と割り切れてるんですよ。だって、「評価を下す」ってのはどうしても上目線になりますから、私が実作の権威でない限り、どんな書き方をしても偉そうになってしまいます。だからこそ、「自分は表現が好きなんだ、その可能性を信じているんだ、偉そうって思われてもいいから、あえて厳しく書くんだ!」と思って書くわけです。

まあ、覚悟が決まっている分、偉そうに思われようとかまわないのですが、地の文、ウケ狙いの文章で偉そうとはどういうことですか!もはや人間性の問題、これは金ゐ國許の人権問題ですよ!どこからどう見ても、どこを読んでも、浮かび上がってくるのは「ちょっと理屈っぽいけど少年のような心を持った老人のような趣味の薄倖好青年バイタリティプラス」の姿じゃないですか。
みなさん読解力たりてますか??(←死ね

ああ、そうですか、この「(←死ね」も何だか人を小馬鹿にしているようですか。じゃあ、次回から、あの時金ゐは偉そうだったのかどうか、判定してみましょう。この際、じっくり見直してみようじゃないですか。







と、ここまで書いて、掲示板に書き込みが。
('A`) ううありがとう、ありがとう。

張り切りすぎて、多めに書いちゃったよ

アッ!

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僕はカルトぢゃないよ1 友人 H氏への抗議

馬場つげ研は「北冬書房の太鼓持ち」「一種の宗教」であると吹聴する根拠を問う

私は次のようなメールを、友人のH氏に送った。H氏は著作を持たないニヒリストである。本人はそう言うと怒るだろうが、とにかく私が薦めたもので彼の意に適ったものは何一つない。


H氏殿
 
貴殿は我々高田馬場つげ義春研究会を「マンセー北冬」だと発言されていました。先日の酒席でも、「お前らは北冬書房の太鼓持ちだから、批判せずに尻尾を振っているんだろ」と言いました。私はその際貴殿に対し、発言の論拠とより優れた作品を示すべきだと申し上げました。

しかし、貴殿からは「信者に言ってもわからねえヨ」との、学問の徒らしからぬ返答しかいただいておりません。当日は酒席ということもあり、また、酒にめっぽう弱く、既に酩酊状態でしたので、深くは追求しませんでした。

まず、我々が「マンセー」している論拠を明確に示していただきたい。媒体はこちらで用意する準備をします。まずナベツネ君の個人誌『読売新聞』、馬場つげ研のサイトに掲載できるように手配します。一週間以内に返答をよろしくお願いします。

金ゐ國許



こういうことをやっているから「マンセー」「宗教」呼ばわりされるのだろう、それは分かっているが、このように暈した伝え方でなければ、角が立つ。論争のための論争は無益であろう。私はただH氏の真意が知りたいだけなのである。念のために付け加えると、この時点ではまだナベツネ君にはアポをとっていない。勝手に名前を出してすまんこってすたい。

このメールに対する返事はその日のうちに受信。内容は大体以下の通りであった。

一.つげ義春・『北冬系作家』を研究すると、サイトの主旨に北冬書房の名が入っている
二.事実北冬書房に関する情報が圧倒的に多く、しかも賛美の内容がほとんどである
三.『北冬名鑑』という企画そのものが北冬賛美以外の何物でもない、しかも関係者にしか分かりえないマニアックな情報を掲載することに一般人が喜ぶとは思えない
四.だから北冬マンセーである

このメールに対して、私は下記の内容のメールを返信した。


一について、我々が「北冬系」という出版社名を冠した呼称を使用しているのは、あくまで便宜を図るためであり、それ以上の理由も意図もない。この名称がいらぬ誤解を招くのであれば、出版社名を外し、より明確になる一般的な名称に変更するのに吝かでない。しかし、我々はまだそのような名称を発見できていないため、変更していないだけである。

また、我々が「北冬系」と呼ぶのは「つげ義春以後」を模索する作家のことであり、その多くが北冬書房近辺に集まっていることは否定できない事実であると思われる。よって、そう考える我々が「北冬系」という名称を使うことは論理必然的であって、むしろそこからありもしない“癒着”を探ろうとする貴殿の思考こそ、不自然かつ不健全と言わざるを得ない。言うまでもないことだが、功績は事実として敬意を払われてしかるべきである。

二について、メンバーの少ない馬場つげ研が縦横無尽に活動することの困難は、貴殿も承知の上であろう。我々も過去、村上春樹、松本大洋、高野文子、藤澤恵麻、美波など、言及する対象の幅を増やしたい、増やそうとしたことがあった。しかし、現実問題としてどれも不可能だったのである。我々は能力不足を認め、真に理解を深めたいと思われる「つげ義春以後」に対象を絞ったのである。

賛美の内容が多いのも同様の理由からである。批判する体力がないのは恥ずべきことだが、無理に批判を展開することに意味はないと思われる(うっかり口がすべることはある)。私に限って言えば、例えば『幻燈』の掲載作品、掲載作家全てを肯定的に捉えているわけではない。しかし、先の「つりたくにこ」のエントリーのように、批判しなければならない状況だと判断したときに初めて批判すべきだと思っている。

三について、『北冬名鑑』を製作した動機は「お近づきになりたい」からではなく、北冬系作家・北冬書房に関する情報がネット上に極めて少なく、また散逸しているため、一元化して公開すれば便利だと思ったからである。また、貴殿も理解されるように、リスト化の欲求は、マニアであれば少なからず持っているものであろう。

「詳しすぎる」点について、情報の価値を決めるのは、我々でも、否定的な閲覧者でも、もちろん貴殿でもない。基本的に現時点で決まるものではないと思っている。会員が「知りたい」「便利だな」と思うレベルでプロフィールは作られている。関係者を喜ばせるためのマニアックを求めるのであれば、分量は自ずと倍増しているはずである。なお、「一般人」が喜んでいないことは事実である。



単純な話なのである。「宗教」を「宗教」だと批判することは猿にだってできる。「宗教」だと考える論拠を提示して、議論のテーブルにつきましょう、そう言いたいだけなのだ。

「北冬系」なんてない、「つげ義春以後」なんてない、そういう見解がH氏の中にあるのはわかった。同意はできないが、こちらとしては一定の理解を示しているつもりである。少なくとも頭ごなしに全否定するような態度はとっていない。しかし、にもかかわらず、持論をきちんと提示せずに我々を「信者」の一言で片付けるのは、いかにも卑劣で、礼儀知らずな行為であり、「つげ義春以後」を連呼する素人の数が絶望的に少ない昨今においては有害でさえある。

我々は、我々にできることであれば、「つげ義春以後」を検証し、その発展に寄与することができればよいと思っている。それは旅人・世捨て人・引きこもり・鳥師・ニート・フリーター・公務員で構成されている馬場つげ研にとって、たしかに困難なことではあるけれど、とりあえず細々とではあるが、サイトの充実によってなんらかのアプローチができればいいと思っている。

2007年には馬場つげ研の現メンバーから学生が消える。それまでにサイトを含めた引継ぎを画策してはいるが、望みは薄い。しかし、メンバーに時間的余裕がなくなって、納得いく活動ができなくなったとしても、「つげ義春以後」を応援し続け、やがては生活者としての視線を持ってそれを理解したいと、真剣に考えているのである。

H氏の言動は、我々だけでなく「つげ義春以後」を妨害する行為である。無意識にであれ、そういった破壊行動を執り続けるのであれば、我々は全力をあげてそれに対抗したい。とりあえず残り二本分の反論は既に用意している。H氏はこの文章を読み終えたら、すぐに私に電話してきて欲しい。今は名を伏せておくが、いつまでも僕は天使ぢゃないよ。

ファッションのファッショとパッションの・・・・

何故か部屋に女性ファッション誌「InRed」No.34が転がっていた。誤植すれすれの値段に絶句しながらパラパラとめくっていると、突っ込みどころがいくつかあった。というか、編集サイドが突っ込みを「今か今か」と待っているのがわかった。しょうがないから簡単に突っ込んでおこう。


おしゃれ業界人たちに聞いた
【本気で惚れる「いい女」ファッション大検証】


Q1.ファッションのお手本になりうる女性セレブは誰?
A1.
単におしゃれ上手なだけではなく、生き方に共感できたり、内面的な魅力がファッションに映し出されている人に人気が集中。断トツ1位はケイト・モス


ほおー、おしゃれな業界人は言うことが違いますね。麻薬中毒の生き方に共感できるわけだ。コッカッ中ー。他には、ジェーン・バーキン、シエナ・ミラー、ヴァネッサ・パラディ。どうでもいいが、日本人ゼロかよ。


Q2.“大人のおしゃれなイイ女”のキーワード・条件って何?
A2.
1 TPOをわきまえる
2 カジュアル・アップ!
3 自分らしさ
4 指先
5 ミックス感
6 カッコとした空気感+毒



まあ、このアンサーを読んだ瞬間、私の脳裏を和歌山の真須美が走って行ったわけですよ。つまり、


1→誰かに見られているときは普通に振る舞う鋼鉄のTPO

2→ミキハウスでカジュアル・アップ!

3→「自分の都合のいいように前後の関係を意図的に操作して、事実を捏造」する自分らしさ(二審判決より)

4→指先(まぜる

5→ミックス感(まぜる

6→カッコとした空気感+毒(まぜる


ファッショナブルとは「存在感+センス」らしい。僕の友達に、ファッションに金をかけていて、思いがけずオシャレアクセント(!)とか効かせちゃってるのに、いつも同じ服を着ているようにしか見えない奴がいます。それもそれで彼の人生ですよね


Q6.「いい女」を目指して、最近試みていること、今後したいことを教えてください
A6.
ボランティア
一人
パワーヨガ
目標を持つ
和服生活
オーガニックコスメ


すげえな。全部実践したら実際やべえな。和服着て一人でボランティアやってるパワーヨガがいい女か?オーガニックコスメに関しては、「コスメで人生が変わるわけねえだろ」という編集部の叫びが聞こえてくるようです。

世間の認識

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画箱】より。まあ悲惨

検索でたどり着いた人へ

サイトページはどうも検索エンジンにひっかからないようなので、「高田馬場つげ義春研究会」(そういうものがあるのです)のコンテンツにブログからリンクしておきます。ご自由にご利用ください。

「菅野修 リスト」で検索して出てこない21世紀なんて、僕には耐えられない(※解消されたようです)。

★つげ義春リスト

つげ義春の近況、最近のつげ義春については「つげ義春年譜2000年以降」からどうぞ。

つげ義春の映像化リスト(つげ義春の映画・ドラマ・ビデオ・DVDリスト)は「つげ義春映像化リスト」からどうぞ。

つげ義春の作品リスト、作品集リスト(つげ義春の単行本リスト)、つげ義春のインタビュー・対談・座談会リストなどは「こちら」からどうぞ。

つげ義春のゲームについては「こちら」から。

菅野修リスト
菅野修作品集リスト、菅野修作品リスト、菅野修の経歴、菅野修のプロフィール

夜行リスト幻燈リスト夜行・やぎょう・幻燈・げんとう

北冬名鑑

つげ義春、つげ忠男、湊谷夢吉(みなとやゆめきち)、いしいひさいち
、安部愼一(安部慎一)、鈴木翁二、林静一、かわぐちかいじ、古川益三(古川ますぞお)、山下敦弘、鈴木清順、早川義夫、割礼、原マスミ

の顔写真付きプロフィール、経歴、北冬書房との係わり、hokutou書房系作家、リンク集

★『comicばく』
書影、表紙、裏表紙は「『comicばく』完全表紙再掲」からどうぞ。

『comicばく』リストは「こちら」からどうぞ

★つげ義春のラストシーンについてはユゴーの「ラストシーン考」をどうぞ。


この他の情報については、当サイトのポータルページ「Tugee!JAPAN」にてサイト内検索をご利用ください。

罵声人語さわやか9

◆早稲田祭レポは後日。

◆厄年の友人が災難続きだという。工場で働く彼は先月、自動車事故で全損したばかり。今度は機械に挟まれて危うく指を切り落とすところだった(実話ですよ)。「俺、厄年なのかな?」厄年早見表をどうぞ

◆『幻燈』を求めて中野に行く。が、タコシェにはまだ入荷していなかった。昨日の池袋ジュンク堂に続き、またもや無駄足を踏んでしまったと後悔するが(何しろ金がないのだ)、店内に竹熊健太郎がいた。ブログの大成功で今や完全に「サブカルのドン」的地位を獲得した竹熊氏は、しかし外見は普通のおじさんだった。どうやらサイン会があったらしい。狭い店内はファンと思われる年齢不詳の男たちでごった返し、ムワッとしていた。おおーと思った。

◆知人と食事。「ブログの『私信』って私に言ってるの?」11月4日のエントリーを書いた夜、こういった質問が身内から何件も寄せられた。ある会員などはいきなり電話口で陳謝し、「これ気持ちだから」と言って1万円をくれた。言い過ぎた。飯をおごってくれた。「自分に言いきかせているんでしょ?」とメールしてきた者もいた。別にどのように解釈されても構わないのだが、これには考えさせられた。しかし、「私信」は決して「言い過ぎ」ではないと思う。若輩の身、僭越ながら礼儀を語る。

◆新宿の本屋で竹内オサム『マンガ表現学入門』、伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』を今更新刊で購入した。大出費であった。『マンガ表現学入門』にはつげ作品も少し登場。さらに近くの古本屋にて、様々な漫画家の発言を集めた『マンガ批評大系第4巻 マンガ家は語る』を300円で発見、小躍りする。再掲ではあるが、つげ資料の超一級品「ぼくの漫画作法」が収録されている。「ねじ式」のくだり、いま改めて読み返すと、いかにも煙に巻いているようで面白い。

◆昨日、テレビ番組『SMASTATION5』でスマップの香取眞吾と北野武が対談していた。

香取「僕の演技見たことありますか?」
北野「NHKの見た」
香取「どうでした?」
北野「いや・・・俺は・・・下手なのは役者のせいじゃないと思うんだよね

激笑。しかし、香取の演技はともかくとして、北野の「役者は監督の道具」論はどこまでマジなのだろうか。北野自身が監督の思惑など軽く超えてしまう役者なのに。そんなカリスマはもう生まれない、ということだろうか。

◆いまテレビをつけたら『座頭市』がやっていた。途中で挿入される音楽と演技を重ね合わせたシーンにはやはり違和感しか覚えず、作品の邪魔ばかりするタップを憎らしく思った。北野の演技は相変わらず素晴らしかった。演技力は勝新に勝るとも劣らない、むしろ私は北野のほうが好きだが、どちらが魅力的な「市」かと聞かれたら、迷ってしまう。北野映画は往々にして役者の演技を殺してしまい、いい役者が出ているだけにとても残念だ(これも道具論ゆえ?)。『エイリアンVSヴァネッサ・パラディ』じゃないが、どうせなら「浅野忠信vs北野武」を見たかった(「AVP」ならぬ「AVK」)。

◆なんてエイリアンのことに触れてみたら、ギーガーの画集が欲しくなってきた。ヴァネッサが戦うエイリアンは、ギーガーのエイリアンとは別物のようです。よかった。


【参考リンク】エイリアンの生態

早稲田祭だ!

本日11月5日は『幻燈』の発売であるわけですが、同時に早稲田祭の開催日でもあります。早稲田祭はあした日曜日までやっています(10時から17時まで)。あ、バナナマンと片山さつきが来る!今日の夜あたり、帰ってきたらレポート?します。

馬場つげ研、早稲田祭に今年も上陸か?

私信失礼します

本当にそれでいいのですか?

よくよく考えてください。

考えてから行動してください。

あなたの言動が誰に、どれくらい、どのように影響を与えるかしっかり考えて行動してくださいね。

私から言えることは以上です。

これは挑発ではありません。

忠告です。

後はもう、お好きにどうぞ。

ぼくまだ生きてるよ

ちょっとブログを更新する時間がないのです。なぜかと言うと、個人的に大きな相談事を持ちかけられていることのほかに、ユゴーの再掲「『我輩葬送曲』セレクション」が原文がほぼ意味を成していないのでほとんど私の作文状態になっているためかなり時間を喰い、さらに本家の方で順調に更新している「北冬名鑑」が時間を喰うからなんですよ。

北冬系の漫画家・評論家・音楽家・映画監督などをまとめて紹介している「北冬名鑑」ですが、あれは古い『ガロ』を引っ張り出してきたり著作をあらったり作品に当たり直してみたりと、ネット外の情報も微妙にミックスしているのです。意外と労力をかけている「北冬名鑑」、是非ご覧になってください。実際に名鑑として利用していただくにはまだ人数が少ないと思いますが、私にとっては実に楽しく、かつ勉強になる作業であります。林静一(敬称略)すげえ、北冬ワールド全然北の冬じゃねえ、とか、認識新たに作品に触れられますしね。

そもそも今年の初めに企画された「北冬名鑑」。スタート時の5月、既につげ義春・つげ忠男の2名を掲載していたのですが(現在11名)、続きが10月まで掲載されませんでした。これは怠慢が最大の原因なのですが、もうひとつ、「頑張ってる人のプロフィールを書いていると頑張っていない自分が情けなくなり恥ずかしくなり無性に腹立たしくなり一向に筆が進まない」からでもあったのです。特に年代が近かったりすると、もう泣きたくなります。「たはむれに 夢を背負いて そのあまり 軽きに泣きて 三歩あゆまず」ですよ、まったく。

先月から急にテンポよく更新できるようになったのは、私が頑張りだしたからでは残念ながらなくて、他の会員に書かせているからなのです。会員たちは時間のない中で期待に反して大分頑張ってくれていて、ほんとに嬉しい限りです。だって、担当している会員の一人は現在、悪夢の(いや「希望の」かもしれないけれども)就職活動真っ只中ですよ。ただただ私と同じようにダウナーにならないように願うばかりです。だって、ダウナーになったから頑張れるわけでもないし、ということは落ち込む意味はまるでないわけですから。意味のないダウナーほど意味がないものはない。けだし名言です。

とりあえず年内の完成を目指して馬場つげ研一同、頑張っていきます。間違いを発見したら、気軽に指摘してくださいね。気軽に。『幻燈』最新号の発売日11月5日が近づいています。列島の北に位置する表現の最前線から寒気が流れ込んだら、それをエナジーにして一気に加速しましょう別にうまくない)。ちなみに、過度のフォントいじりも「テラワロス」も、病んだ精神の現われです。気をつけましょう。

せんせい

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うしろのWIN

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