BLOG馬場毎日 sawayaka

視界不良の馬場より金ゐ國許が綴る、満願成就三千里手前の幸福雑記

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全部だし「たけくまメモ」オフ会(後編)

第一部

竹熊氏が戻り、一同拍手で迎える。乾杯が済むと、即座に家主氏との対談がスタート。と、その前に、オープニングアニメが上映された。パソコンをつないだ巨大テレビに映し出されたのは、『巨人の星』の、『トリビアの泉』でも紹介された有名な【クリスマスの回】である(あらすじは【こちら】)。竹熊氏の突っ込みに参加者たちは笑いころげる。「本当はオフ会をクリスマスにやろうかという話もあったんですが、皆さんもお忙しいと思いまして。それだとこのアニメももっとよかったんですが」

続いて、見慣れたオレンジの「たけくまメモ」が画面に映し出される。当日の昼に更新された記事を見て、「トラックバックがありますよ」と某氏が指摘。竹熊氏がこれをクリックすると、画面には【嘘六百】というブログが映し出される。すかさず、某氏が写真を撮った。なるほど、おそらく某氏は先ほどノーパソから何やら打ち込んでいた人であり、これはうまいことやったなあと感心。馬場つげ研のトップページがドアップになるところを見てみたかった。いい記念になる。

竹熊氏がリッチな会場を得た経緯を説明し、家主氏の紹介からホリエモンと生扉トークが始まる。途中【ホリエモンの宇宙進出】に話が及ぶと、竹熊氏は、ホリエモンが好きだというアニメ【王立宇宙軍】を挙げ(動画も鑑賞)、その心性を60年安保、オウム、資本主義などと絡めて語る。話はいつしか山賀監督とガイナックスに移っていた。

やがて本題『たけくまメモ』の話に入る。『たけくまメモ』内でも繰り返し書かれた「これで食っていけないか」という壮大な実験について、アフィリエイトの収入やアクセス数が語られる。なんと『たけくまメモ』では月7万から12万も稼ぐという。家主氏、感嘆しながらも曰く、「竹熊さんクラスでこんなものですよ。月70万とかいうのは嘘です」

今ではサブカル界のドン的有名ブログ『たけくまメモ』も、スタート当初はアクセス数が「かなり低かった」という。しかし、2004年12月14日の開設から僅か3日後には【「切込隊長」の紹介によって爆発】、その後【手塚伝説】シリーズが「かとゆー家、ゴルゴ31なんかの「有名リンク集」に取り上げられ」たことで、万アクセス獲得に至った。現在では平均1万4000ヒット、力を入れた記事だと3万、手抜きをすると7000まで落ち込むという。

ココログでは重複アクセスを除いた「ユニークアクセス」数を解析できないため、アクセス数は「トータルアクセス」数となるが、それでも一日7000である。これで少ないとは恐れ入った。マックス292の『馬場毎日』で、私は密かに「相当キテル」とニヤニヤしているのだが、最高ヒット6万(手塚伝説シリーズと【盗作問題の記事】で記録)ともなると、やはり桁外れである。

ちなみに、「つげ義春に会いに行く」第一回が「かとゆー家断絶」に取り上げてもらったときは、かなりアクセスが集中し、驚いた。ページ単位の解析は行っていなかったので具体的な数は分からないが、リンクを張っていなかったにもかかわらず、そこから馬場つげ研のサイトに1000人近くが飛んでくれた。また拾ってください。サンビスしますから

力を入れた記事の一例として【「平田弘史」シリーズ】を振り返り、リンクから【公式ページ】に飛ぶ。「これが漫画家のホームページとは思えないよね」と、とても嬉しそうな竹熊氏。家主氏曰く「作品を知らなくてもマックユーザーなら皆見ている」【Appleにもの申す!】のページで特に盛り上がりを見せる平田伝説。

と、ここで、帰宅する人が会費を払うため、一時中断。オードブルタイムに。軽食とはいえ充実の品揃えで、まったく至れり尽くせりのオフ会だった。林檎むま酢豚むま大学芋むまポッキーむま黄粉棒的なものむま。食いすぎました。


第二部

なぜかイスラムな格好で『マンガゾンビ』の著者・宇田川岳夫氏が登場。「今日は布教に来ました」と言うと、さっそく【YAHOWHA13】トークが始まった。テレビに勿論字幕なしのドキュメンタリー番組を流し、数十枚に及ぶ公式サイトのコピーを参加者にまわす。今回の参加者はあまり音楽方面に強くなかったのだろうか、肌で感じられる程度に温度差が生じていた。

お次はJ・Aシーザー。CDを聞いての竹熊氏の感想が「いい感じよ」だった。
「J・Aシーザーは歌が下手なんじゃないですか」
「全部同じ曲に聞こえますね」

J・Aシーザーほどの「有名人」を出してもイマイチ反応の薄い参加者に(とはいっても私もきちんと聞いたことがなかった)、宇田川氏が「『薔薇門』知ってる?」とだずねる。ポカンとする一同のなかで、ひとりだけ盛り上がった猛者が居た。【UGS 日記のこもれ火】の筆者で、彼は「宇田川岳夫についていった男」として参加者の脳裏に焼きついているだろう。

プレ・ネット時代、宇田川氏はレコードのエクスチェンジのために世界中のアーティストたちと文通していたという。国会図書館に古雑誌をコピーしに行くエピソードが披露されたときはドキッとした。マニアって勤勉だ。


第三部

休憩を挟んで平田伝説のつづきに戻る。宇田川氏と『テヅカ・イズ・デッド』伊藤剛氏が前の席に座る。休憩中、伊藤氏が「イズ・デッド」と呼ばれているのが可笑しかった。

青林工藝舎を震撼させた平田事件でこの日一番の盛り上がりを見せると、公式サイト内の【記録写真】を見ながら、急に宇田川氏が「この人ですよ。私が追っているの。金子晴夫。誰かこの人の消息、知っている人いませんか?」あまりのコアぶりに一同爆笑。

「暗黒舞踏、三流エロ劇画にいったら人生おしまいですよ」という竹熊氏の発言から、コアなマンガトークへ。今まで、水木しげる、白土三平、森田童子と、つげに繋がりそうで繋がらなかったトークが、いきなりつげ義春の話になる。しかも、「今日はつげ義春研究会をやっている人が来ていたんだけど、帰っちゃったかな?」と、有難すぎるフリが飛んできた。勢いよく手を上げ、アピール。アピール。アピール。いかん胃液が出た。

「つげ義春に似てきた」と言われた伊藤氏も交え、話はつげ兄弟伝説に・・・・・・と思いきや、平田弘史ほどには触れられず、少し残念。『たけくまメモ』で、ぜひつげ義春伝説のエントリーを書いていただきたいものだ。ちなみに、平田弘史はつげ義春に一回だけ会ったことがあるらしい。「つげ義春は最近まで水木しげるのアシスタントをやっていた」というのは誤情報だと思われる。


第四部

オフ会開始から既に3時間を超え、いつしか場のノリは完全に自主上映会になっていた。人気記事となった【マッケイ】のアニメ、オウムのアニメ(まさか全話揃っている?「ショーコーソングのCDを持っている」という参加者に「あ、CD出たんだ。ぼくはオウムショップでテープを買ったよ」と竹熊氏。恐るべし。実に恐るべし)、「DAICON 3・4」、「帰ってきたウルトラマン」の前の庵野「ウルトラマン」などなど、アニメファンにはたまらない秘蔵映像が流され続ける。

それでも終電の時間が近づいてきたため、帰宅する人が目立ち始めた。「泊まっていけますから」と言うが、さすがにそれはできないので、私もここでお暇することに。帰り際、竹熊氏は玄関前まで来て、サインをしてくれた。ほくほくしながらマンションを出た私は、当然真逆の方向に歩き出し、迷いに迷って辛くも終電に乗り込みましたとさ。



というわけです。まだ不足分がありますね、これでは「全部だし」と呼べない。しかし、もう東京を離れるなければいけないので、後日書き足します(書き直します)。ああっ、もう、これ以上書き続けることはでき・・・・・・・
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第二回高田馬場つげ義春忘年会

bonen.jpg

新年オフ会の予行演習をかねて?本日開催。参加者なんと3名。会員すら集まってねえじゃんか。5時から高田馬場で。

全部だし「たけくまメモ」オフ会(前編)

さる12月26日、たけくまメモひみつOFF会が開かれました。既に参加者のレポートが多数アップされているようです。

たけくまメモ】←主催者
404 Blog Not Found】←家主氏
中村情苦の『絶対不幸進行中』
AYS--Let’s follow them.
怪獣_学生ブログ篇
nomaddaemon
薄味オタクの日常

幸運にも、私金ゐもオフ会に参加することができましたので、レポートを掲載しようと思うのですが、当日、デジカメの充電が二枚目にして切れるという大失態を犯し、写真がありません。よって、薄れ行く記憶の断片を、時系列に沿って書き留めておくことにします。私が知っているオフ会情報、全部だし。

off1.jpeg←唯一の写真


公園にて

大江戸線月島駅に17:00着。オフ会は有料(1500円)だが、軽食程度と聞いていたので、名物のもんじゃで下ごしらえをする。美味しかったが、他所でも食べられる味で白ける。シラフで乗り切る自信が無かったため、ビールを浴びるように飲む。馬場つげ研のメンバーであることを隠したほうがいいのだろうか、そんなことを真剣に悩みながら、6:00ちょっと前に集合場所の佃公園へ向かう。今夜は特に寒い。会場は「民家」だという。四畳半の障子が隙間風で揺れるのを想像し、興奮が高まる。

谷根千と並び称される下町・月島は、再開発で大きく変貌を遂げたとはいえ、未だ平屋が密集する古い町並みが残っている。柔らかな燈が漏れ、夕餉の臭いが「いい感じ」の路地に立ち込める。僕はいま月島でオフ会に行くんだな。しみじみ思う道すがら、明らかにオフ会参加者と思われる人たちを幾人も見た。ロメロとはよく言ったもんだ、彼らは皆(もちろん私も含めて)、「ミエナイチカラ」に引き寄せられるように、ふらふらと夜の街を行く。徒歩3分の道のりを延々と迷い、15分かかってようやく到着した。

小さな公園には怪しげな人だかりが出来ていた。竹熊氏は紅く長いサンタ帽を被っている。6:00ジャストで既に30余名。かなり前から来ているのだろうか、ときおり爆笑が起こったり、熱心にデジカメを見せ合ったりと、打ち解けた感じで賑やかだ。

来訪者がハンドルネームを告げ、竹熊氏が手帳と照合する。『サルまん』で言っていたとおり、ハンドルネームを「乳首吹蔵」にしなくてよかったとつくづく思った。「金ゐ國許と申します」「ああつげ忠男の」……おお、インターネットはグローバルブレインだ。知られていることがプラスに働くとは限らないが、火の無いところに煙は立たぬ。煙を立てねば火には気付かぬ。馬場つげ研と金ゐ國許をよろしくお願いします。

残り5人がなかなか集まらず、しばし公園に待機。竹熊氏は参加者と記念撮影したり、携帯電話で場所を説明したり、点呼をとったりと大忙しだ。それにしても、ここまで写真と実物とが合致する人も珍しいのではないか。少し離れてタバコを吸う。参加者を見渡すと、意外と女性が多いことに驚く。平均年齢は、低くないと言えば低くないし、高くないと言えば高くない。予想していたような、一見してゴリゴリのマニアとわかるような人は多くなかったが、そのせいで、かえって地雷の位置が分かりにくくなってしまった。

公園からは、バベルのごとく天空に向かって聳える7本の高層マンションが見える。【この景色、見覚えがあるな】と思っていたら、竹熊氏が「『天国と地獄』みたいだね」とポツリ。そうそうそう私もそう思っていたんですよ。すかさず参加者が「じゃあ我々は山崎努のポジションに居るわけですね」と補足。うーむ。基本に忠実だ。

竹熊氏、「天国」を見上げながら開催場所について語る。タワーマンションの最上階、ハリウッド映画の撮影に使われた場所らしい。「姉歯物件じゃないですよね」と某氏が時事ネタジョークを言う。竹熊氏が「いや、立派なマンションだよ」と返すと、「実際11階以上の建造物に姉歯はないらしいんですけどね、建築基準法的に11階以上だと1階部分を作ったときに検査が入るんです」。戦いは静かに始まっていた。

30分経過、移動。ぞろぞろと歩く集団に、自転車を押したおばさんが怪訝な顔をする。「やばい人たちみたいだ」と某氏。違う。本当に「やばい人たち」はたぶん、今日も出てきていない。たどり着いた民家は、何が「民家」なものか、高級マンションだった。竹熊氏は「今回の参加者のほとんどは二度と入れないでしょう」と言ったが、まさしくその通りだった。ぼくのちきうをまもってよ、なぜか納豆の臭いがした。


開始までのひととき

部屋に上がる。靴は玄関に置ききれないため、ベランダに置く。そこからの展望は素晴らしい。なんでも窓から見る景色は「3:30から4:30ぐらいまでが夕日で一番いい」らしい。東京タワーが見え、富士山が見えるという。私には明日も見えない。

窓と反対側の壁は一面の本棚になっていた。一番上の棚は椅子を使わないと届かない、読書家垂涎の司馬遼太郎記念館スタイルだった。こんな部屋に住む人はどんな本を読むのだろうと、本棚を盗み見る育ちの悪い私。配置から彼の人の生い立ちを読み取ろうとする。

そうこうするうちに家主氏登場。家主氏はどこからどう見ても江川達也そのもので(いい意味で)、違うとわかった後でさえ、江川達也に思えて仕方なかった。「たけくまメモ」と青林工藝舎がコラボレートした【萌えT】を着たhostは(「ホストの原義は「場を提供するひと」だが、日本では歌舞伎町並びに風営法を想起させる」といったジョークも披露された、ちなみに「萌えT」は300枚売れたそうだ、平田弘史も何枚も購入したそうだ)、「かつてホリエモンとともにオン・ザ・エッジ(ライブドアの前身)の経営に参加されていた実業家」だそうで、テレビ等でも有名だという。気付けば家主氏を囲んで、大名刺交換会が催されていた。作ってくれば良かった、肩書きは「いちつげファン」ど。

竹熊氏が第二陣を連れて戻るまで、歓談タイム。早くもノーパソを開き、オフ会レポを書き込んでいる人を発見した。さすがオフ会、これぞオフ会だ。辺りからマニアックな単語が飛び、歓声が沸き起こる。「【サンデージェネックス】ってご存知ですか」「当然ですよ」「知ってますとも」「創刊号から揃ってます」 ♪探り合い、こんな探り合い?、この会場では、アスカはドイツ人の方がいいのだっけな、そんなことを考える。

紙コップがまわされ、末期ーで名前を書く。金ゐ國許。そういえば、今回のオフ会で、私の名を知っているという人にひとりだけ会うことが出来た。私も偶然、彼のブログを読んでいた。彼はしきりに「金ゐさんって女性だったんですか」と驚いてみせ、私はジェンダー的に不愉快になった。「私もあんなに女々しい文章を書く御方が男性だとは思いませんでしたわ」と言ってやった。

近況報告と僕の小規模な買物

いますって。あの書き込みは私じゃないですよ。確かに私も当然【あの本】を持っていますし、【あのCD】のターゲット層にあたる年齢ですが、私じゃない。とりあえず、柴咲コウは「シンガーソングライター」じゃないということ、私は彼女を「シンガーではない」とさえ思っていること。この二点をしっかり頭に叩き込んで新年を迎えてください。金ゐ國許です。

さて、ウチだけスルーされた腹いせはともかくとして(笑)、楽しかったですねえ、【「たけくまメモ」のオフ会】。竹熊健太郎氏はとても腰の低い方で、丁寧に対応してくださって何だか嬉しくなりました(新装版『サルまん』に絵入りのサインを描いて貰っちゃった!)。そのジェントルぶりは、お願いしたら「ちんぴょろすぽーん」をやっていただけたかもしれないと思ったほど。どこぞのノッポとは大違いです。何が「咲くLOVE」だと言いたい。

おっと。関係無い話が。

今日は時間がないので詳しいレポートは明日のエントリーに譲りますが、オフ会にはゲストとして『テヅカ・イズ・デッド』の【伊藤剛】氏、『マンガゾンビ』(!)の宇田川岳夫氏が登場。竹熊氏と熱いトークを展開なさいました。正直トークにはついていけなかったけれども、『マンガゾンビ』は、あゝ、私のつげ義春体験と深く関係しているのだった。

とにかく人生初のオフ会は有意義なものでした。感想を一言。
距離感が掴めねえよお!


さてさて、そろそろ年の瀬・年の暮れ。というわけで正月の準備を始めました。ブックオフ直行。古本屋巡回。まんだらけ散財。というのは冗談で、おせちとかね……それに類するものをね……

【本日購入の100円ゲット】

■単行本

ビートたけし『頂上対談』
松本人志、中田英寿、今村昌平、淀川長治との対談が読みたい。

高橋文子『高橋マリ子は日本語英語をこうしておぼえた。』
ききき、キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!
高橋マリ子】キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!
本日は他にたいした収穫はなかったが、これ一冊で、もうオールオッケー。金ゐ國許は満足をこの本でおぼえた。

『このマンガにハマる!2001年版』
上位者が軒並みインタビュー。資料的価値より、読みたい。

『遺書』
遺書を集めた本。年の瀬にあれだが(またかよ)、【このサイト】を見て以来、ずっと心に引っかかっている。真に胸を打つ文章とは何なのか。

山本和夫『漫画家 この素晴らしき人たち』
「週刊漫画サンデー」元編集長の回顧録。さすが「大人マンガ」誌、手塚、馬場、杉浦、やなせ、谷岡などの超大物がこれでもかと登場するが、その中に(目次にも)つげ義春の名はない。「漫画サンデー」といえば、つげ作品が最も頻繁に掲載された商業誌。目次には畑中純・近藤ようこら、馴染み深い作家が載っていたし、一章割かれなくとも、どこかで言及されているに違いないと予想。

74年11月 義男の青春 前編/2/最終回
※扉絵二回分が(おそらく)単行本未収録
75年4月 庶民御宿
75年10月 退屈な部屋
76年9月 夜が掴む

■文庫

織田淳太郎『巨人軍に葬られた男たち』
よ、読みてえ。

村上龍『空港にて』
今年五月に出た短編集。ヒットした『半島を出よ』よりも新しい(どうでもいいが、この本についてワイドショーで語る龍の姿は、とても作家に見えなかった。発言の内容的にも、完全に文化人でありコメンテーターだ。私の知人に元・龍ファンがいるが、龍は経済に手を出して駄目になったのではなくて、手を出したときには既に「死んでいた」らしい。)。本人曰く「三十年に及ぶ作家生活で最高の短編」。「日本文学史に刻まれるべき全八篇」との煽りもあるが。

加東大介『南の島に雪が降る』
黒澤映画に出演した経歴を持つ名俳優にして、小林よしのりの親族(!)。「ゴー宣」では、この本に書かれたニューギニア戦線での加東の舞台が数回描かれていた。

■マンガ

上村一夫『同棲時代1』
解説が充実したシリーズのようだったので、ついに手を出した。全何巻なんだ…?意外と見ないぞ…?100円では集まらないだろうなあ

平本アキラ『アゴなしゲンとオレ物語12』
まあポツポツと集めているような。

喜国雅彦『月光の輝き』全3巻
リアルタイムでちらちら見たが、まとめて読むのは初めて。映画はチヨジこと【つぐみ】が主演だった(面白くなかったけど)。つぐみはいま昼ドラで大活躍中……。【キクニ】…ああヤンサン読んでねえなあ

■雑誌

『広告批評』特集・海洋堂おまけ図鑑
2002年9月号。【村上隆】の対談も。読んで売る。

『アックス28』
あと少しでアックス菅野修執筆号コンプリート?



では明日。またきてね(←くどい

水木しげるのサイン

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3年前に古書店で購入したものです。価格は4000円でした。



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『バンキシャ!』は何に対して「!」(自己主張)しているのか

今日、いや昨日ですか、何気なく【バンキシャ!】を見ていたら、「改造エアガンはすげえ」的特集をやっていました。確か海外で改造エアガンによる襲撃事件が起こったとか(今年10月に和歌山でもありました。中上健次の紀伊半島にエアガンは似合いません)、そのような前置きがあったように記憶しています。

改造エアガンは銃刀法違反でタイーホらしい】のですが、エアガンはお店で普通に入手できますし、こうしてネットの普及した社会では、改造方法も容易にゲットできるでしょう(【マニアは大勢居る】)。つまり『バンキシャ!』の特集は、視聴率を上げたかった切迫した危険を訴えたかったんだと思うのですが、私の錯覚?聞き間違え?思い違い?なのでしょうか、ブラウン管の向こうで何かとんでもないことが起こっていたような気がするのです。

射撃場みたいなところに行って、記者が通常のエアガンとの比較実験を行っていました。



「まずは普通のエアガンで撃ってみますね」

→コップに弾かれるプラスチックの弾。






「次に改造エアガンです、鉄の弾を入れます」



??????




→もちろんコップ微塵。ん?







「さらに車で実験してみましょう」


????????????????????


んんんん?


私の気のせいでしょうか。これは比較実験ではないと思ったのは、私だけなのでしょうか。記憶違いでしたら、すいません。恥をかきます。

「たけくまメモひみつOFF」会

ソビエト連邦がアフガニスタンを侵攻した12月24日深夜、【クイズ正解者先着40名が「たけくまメモ」のオフ会に行ける】というビッグな企画がありました。今や漫画系のみならずヲタ系ブログを代表する「たけくまメモ」。私の周りのコアなネットユーザーに、読んでいない人はいません。

ねいちゃん、ぎょうかいじんや、
ぎょうかいじんブロガーにあえるんやで!


たいそう盛り上がって、私もパソの前で問題を解きましたですよ。ライフライン使いまくったですよ。そして、

見事招待状ゲッツ!しましたですよ。

竹熊健太郎氏の話はもちろん、そこに集う人々に興味津々。40人中何人がつげファンなんだろ(趣旨違

レポートは後日。




【追記】竹熊氏の「オススメ本」には、新潮文庫『無能の人・日の戯れ』がある。

「ダメ人間の世界にノーベル賞があったとしたら、まさにこの作品の主人公こそはノーベルダメダメ賞のキング・オブ・ダメ人間だ。もう若くはなく、妻子もいるのにまったくやる気がおきない主人公に密かに共感するダメ中年は多いであろう。ダメを極めた果てにかいま見える「透明な何か」がここにはある。 (★★★★★)」

この本については、他にも【極限漫画の世界】というエントリーがあった。

【追記の追記】リアル蛇師の手】。すげえ・・・・・・。そういえば、リハウスガール・夏帆ができるらしいですよ

つげ忠男「雨季」についてのメモ(上)

夢幻堂掲示板】の過去ログに、つげ忠男の傑作「雨季」に関するコメントを見つけた。現在、久しぶりに「雨季」近辺の忠男作品を読み返しているところなので、以下メモとして記す。まことに勝手ながら、ここにコメントを転載し(改行金ゐ)、いずれ国会前に会いに行く際に使いたいと思う。


つげ忠男「雨季」 投稿者/北冬書房さん
投稿日/2005年6月15日(水)17:55


「どうでもよかった あの人の波も絶叫も」
「赤旗も、何もかも・・・」
「ただ、わけもわからず、雰囲気だけに引きずられるのは嫌だった」
「無性に腹立たしく、情けない気分だった」
「これだけ多くの反対の声も、結局、押し切られる公算が強まっていた」
「気取るんじゃねえよ・・・か ははは」
「いつまでも気取ってねえで・・・」
「ザァッと・・・」

<じとじと 雨が降り続いた・・・>つげ忠男作品「雨季」より

1960年6月、作者のつげ忠男氏は、そのとき18歳だった。


60年反安保闘争 投稿者/北冬書房さん
投稿日/2005年6月17日(金)16:04


(略)「雨季」の背景となった時代は、1960年である。日米安保条約をめぐり、自民党は5月19日に議会を無視して強行採決にふみきった。翌日から、全国的に「民主主義を守れ!」「岸内角打倒!」「安保条約粉砕」のデモが展開されていった。国会議事堂の周辺には連日のように10万?20万の抗議デモが続いた。多いときは40万にふくれあがった。

つげ忠男が勤務する採血工場は、総評傘下の化学同盟に属していたようだ。つげ忠男の言葉に従えば、「毎日のように国会前にいってました」ということになる。むしろ旗を押し立てた農民、長靴姿の長い隊列は魚河岸の人々、と抗議デモは、「国民的」な様相を帯びていた。岸首相は危機感を抱き、自衛隊の出動をも検討していた。議事堂の上空には「陸上自衛隊」と印したヘリコプターが舞っていた。

ところで、ニヒリズムと諦観と憤怒が錯綜する「雨季」で、作者は、なにを伝えたかったのだろう。つげ忠男が国会前に立ったとき、まだ18歳だった。それから約10年を経て、ベトナム反戦運動でゆれ動く状況下で「雨季」は発表されたのである。

この6月、すでに60年反安保闘争から45年が過ぎ去ったことになる。



「雨季」が描かれたのは1969年のことで、8月・10月・12月と、三回に分けて『ガロ』に掲載された。この作品を収録する単行本は三冊あり、78年の限定版『雨季 つげ忠男名作選』、85年の普及版『雨季 つげ忠男劇画作品集?』、95年の『昭和御詠歌 つげ忠男選集?』、いずれも北冬書房から出ている。限定版と普及版には第三話完結編のみが「雨季」として収録されている。


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限定版『雨季』。函の絵はどれも「屑の市」より。右の絵は、確か『つげ忠男ポストカード』(95、ワイズ出版、6枚、直筆サイン入り)にも使われたように記憶しているが・・・【画像1】【画像2

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(左)普及版『雨季』(右)『昭和御詠歌』。表紙は「雨季」第三話より


初出誌と比べると、単行本では扉絵のタイトル右下にあった作者名の写植が全て抜かれ、限定版・普及版では、さらに「(完)」の字がない。これらは編集上の問題であるから置くとして、今回触れたいのは扉絵それ自体である。第一話、第二話ともに、扉絵には「酒の店 五六亭」の外観が描かれている。この「五六亭」、劇中に登場する飲み屋であるが、第一話の扉絵と第二話のそれとでは、構図が全く同じでありながらも、微妙に異なっているのである。

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作品集『昭和御詠歌』より。タイトルフォントも初出時と同じ

まず、第二話の扉絵では、第一話の扉絵にあった多くの斜線が黒一色で塗りつぶされていることに気付く。下書き調の斜線はつげ忠男作品の特徴と言えるものであるが(『幻燈2』に掲載された描きかけの短編「ボタ山」に顕著である)、背景の斜線が全てベタになり、屋根から斜線が消されたのには、何か特別な理由があるのだろうか。雑誌掲載時を見ると、どちらも印刷で潰れてしまっていたから、それを改善するためかもしれない。店の後ろの塀や闇に伸びる送電線も、第二話の方がはっきりと認識される。

また、二階の窓の斜線が減り、一階向かって左の窓から斜線がなくなっていた。入口上は窓だと思うが、ここも斜線が消されている。さらに看板から伸びる電線も消えて、「女性求む」のビラの文字もない。

こう書くと、簡略化しただけのような印象を与えるかもしれないが、実際は加筆されている部分も多い。たとえばベタ一色だった地面が、凹凸を表すよう手が加えられている。看板に絡みつく蔦も量が増え、入口脇の草にも陰影が加えられてボリューム感が増している。暖簾が外され、引き戸には対面のネオンが映っている。よく見れば、看板のロゴが描き直されている。

第二話の扉絵に至るこのような改変は、再度描き直したかのように込入ったものであり、あるいはある程度描き上げた時点でコピーをとっていたのかもしれないが、一見しただけではその労力に見合う理由が見つからない。公的な雑誌において、扉絵を使いまわすわけにはいかなかったという理由も当然考えられるだろう。しかし、それにしては改変箇所が地味すぎるのである。いくら「表現に敏感」だったという当時の『ガロ』読者とはいえ、気付かない場合が多かったはずである。

ここにつげ忠男の表現作法が見られることはおそらく間違いないが(地面の改変は「空の斜線→地面のベタ」の対応が「空のベタ→地面の斜線」になった結果だと考えていいし、ロゴについては、「の」の形に合わせて不自然に伸びる蔦を訂正したためとみるのが自然である)、さらに進めて、彼の独自性を理解し、作品の真価を問う絶好の材料になりはしないだろうか。

つまり、二枚の扉絵が示す差異から、「巧み」と思われているとは言えない忠男作品の構成が、「暗さ」といった全体への寄掛りや、台詞やテーマ、描線や特徴的な吹出しなどの個々の箇所へのフォーカスに代わって、マンガとして作品を語る要素たりうることを導き出せるのではないか。(つづく)

捏造、いかがわしさは名前に宿る?

「ノーベル賞に最も近い」と言われていた韓国の英雄・黄禹錫(ファン・ウソク)教授の論文捏造が発覚した。論文を掲載した「サイエンス」は、チェック体制の甘さを批判されている――――どこかで聞いた話だなと思ったら、つい先日NHKで再放送されたドキュメンタリーとまったく同じだった。「まさか国営はこうした動きを察知して放送したのではあるまいな?」と疑いたくなるほど、時期的にビンゴだった。

NHKBSドキュメンタリー『史上空前の論文捏造』は、2002年に起こった「シェーン事件」(「ベル研事件」とも呼ばれる)を扱っていた。アメリカ・ベル研究所に勤務する物理学者ジャン・ヘンドリック・シェーンが『ネイチャー』『サイエンス』に発表した16本の論文に捏造が発覚し、科学界を震撼させた事件である。

まるで鳥人ブブカのように、論文を発表するたびに超伝導の限界温度を上げ続けたシェーンは、若干29歳で学者としての名声を極め、「ノーベル賞受賞確実」と言われるまでになった(「裏BUBUKA」だったわけだけどね)。世界各国の研究者たちによる追試はことごとく失敗し、実験成果は「幸運」を遥かに超える「奇跡的」なものだったにもかかわらず、捏造発覚までの3年間、誰も疑うことをしなかった。これには、ショーンのグループ・リーダーをつとめた云々博士が世界的権威だったことや、掲載誌が世界的権威だったことなど、アカデミズムの悪しき権威主義が関係するという。

シェーンは故郷ドイツの大学で実験していると言い、ベル研の同僚でさえ、実際にサンプルを見たことがなかった。振り返ってみると怪しすぎる行動だが、その大学のマシーンが「ミラクル・マシーン」なんだろう、という無邪気な理由で納得され、むしろ羨望された。

結局、比較的懐疑派だった研究者が、シェーンが発表した2つの論文において、グラフがノイズの部分までピッタリ一致することに気付き、これを告発。全てが明るみに出た後、シェーンは研究所を解雇され、故郷へと帰る。そもそも彼は実験をろくにしたことがなかったという。実は同僚はそれに薄々気付いていた、両目で見る顕微鏡にウィンクしちゃってたからだそうだ!

さて、締めに「ゴッドハンド」と結び付けようと思って書いてきたが、どうやらそれは無理であるようだ。愉快な名称が与えられたという点で共通しても、スコップ一本で歴史を塗り替えたアマチュア界の星とは、どだいスケールが違いすぎる。シェーンもファンも純粋に学者失格であり、矮小すぎる。東北旧石器文化研究所前副理事長・藤村新一は、何でそんなにボコボコ発見できるのか、という質問に次のように語ったという。

「地面を触ると色が違ったり、柔らかかったりするところがある。そこを掘れば出てくる」(だいたいこんな感じ。詳しくは『発掘捏造』毎日新聞社)



【追記】クリスマスになんだが、サイト【酒鬼薔薇聖斗は少年Aではない…と思う。】を読んで、大変動揺した。この見解が真実かどうか以上に、こうした視点が全く私のなかに存在しなかったことを深く反省した。

『アックス』12月20日発売号に弱った

アックス最新号】は特集「勝又進の劇画世界」。安部慎一、池上遼一、つげ忠男、林静一、佐々木マキらがコメントを寄せている。

弱った。勝又進の「土俗性」(呉智英)は、「『ねじ式』に至らなかった土俗性」だと書いたばかりなのに。

何といっても目玉は菅野修新作「喝采」&蛭子能収との対談「マンガ家は看板屋から始めよ!」でしょう。

弱った。ちょうど『つげパロディーの系譜』で「菅野修は蛭子能収を認めないはずだ」と書いていたところだったのにw

「カスタムコミック」編集長インタビューもぜひ読みたい。つげ兄弟に関するエピソードも披露されてるかしらん。今日にでも買いに行こう。

933円か……。弱った。

ミクシィ、<私語り>のコミュニティ

最近は一日中パソコンの前を離れることが出来ない切実な理由があるため、息抜きもすべてネットで済ませています。というわけで、非常識な時間まで嫌がらせのようにミクシィに足跡残してまわってますけど何か。覚えたい魔法はだんぜんデジョン、金ゐ國許です。【一昨日】の続き。

つげ義春に関係しているということで参加したコミュニティが「革命的1968年!!!」(235)「井上井月」(5)「鏝絵」(29)の三つ。

1968年とはもちろん『ねじ式』が発表された「革命的」な年であり、「一九六八年という年は私たちの芸術にとって、つげ義春という奇体な漫画作家の出現によって記憶されなければならない。」(天沢退二郎『つげ義春覚え書』)というフレーズとともに、つげファンにはお馴染みになっている。天沢の論考自体はもはや論破されたイメージがあるが、使ってみたくなる名文句だと思った。「一九六八年という年は私たちにとって、『ねじ式』という奇体な漫画の実験によって記憶されなければならない。」これで批判はこないと思うが、どうだろうか。

井上井月(いのうえ・せいげつ)は『蒸発』にも登場した漂泊の俳人。鏝絵(こてえ)は『長八の宿』の左官屋・長八つながりだ。この二つのコミュニティはどちらも参加人数が少なく、「隠れ家」的面白さがあって、よく覗いている。井月については、現在つげとの関係で語れるように原典『井月全集』(下島勲・高津才次郎)『俳人井月』(長谷川亮三)を読んでいる最中。年が明けたら活動拠点とした伊那にも行って来ようと思う。長八については、伊豆長八記念館を素通りした時点で、私には既に語る資格がない。

ほかにも「流れ雲旅」巡礼で四国を廻って以来、ずっと気になっている「石仏」のコミュニティが幾つかあった。入ろうと思って覗いたらみうらじゅんの匂いがプンプンしていたので、やめた。B級の楽しみを否定するわけではないが、石仏の赤い涎掛けは「大衆の憤怒」だとするクソ真面目な「流れ雲旅」路線からはだいぶ外れる(必ずしもそうした見方に賛同しているわけではないが)。ちなみに『つげ義春流れ雲旅』の文章はつげによるものではないため、全集に収録されず、朝日ソノラマの単行本も旺文社文庫もとっくに絶版になっている。意外と面白いので復刻してほしい。


つげとは全く関係ない趣味として、オイル・ライター「zippo」関連で「ZIPPO」(494)「ZIPPO着火テクニック研究会」(133)「ベトナムZIPPO」(8)に入った。着火テクもベトナムzippoも男のロマンである。ダンヒル?ハッ!……笑ったのは「Zippoが超好きでも無くす人」(80)。2度の苦い紛失経験があるので(1941レプリカと自家製のふたつである!)、即参加を決めた。いやしかし、アホさを強調するために「超」ほどしっくりくる言葉もないなァ。

茅葺き民家のコミュニティは、建築科の学生や民家園の従業員などが専門的な討論をしており、活発で面白いのだが、割って入れないのが悔しいところ。「建築に薀蓄は必要ない」なんて言っても「含蓄」は必要で、そのためにはそれなりの知識が前提となる(韻を踏めませんでした)。まずは「茅葺」(29)で1年間ROMらせてもらおう。それからだ。

建築関係では、前回触れた廃墟系と「日本家屋」(2024)に参加。どこのご多分だか知らないが、ご多分に漏れず、私も「なんとなく」古い町並みが好きなだけなので(筒持ってる奴らみんな去ね!)、非・茅葺建築に関しては完全に見て楽しめればいい。というスタンス。


……スタンス?

そうだ、趣味以外でもタイトルで笑って参加したコミュニティが幾つかある。「袋?タグ?ガッ。ていうスタンス」は、まさに私の好きなタイプのパロディだったので参加。説明文をここに引用すると、『開けたい袋』の冒頭は次のように始まる。

【イライラする。胸がムカムカするほど固く閉じられた袋は力を込めても開かなくて、腕が疲れるから、せめて周りには見えないように、私はスナック袋を歯で噛み千切る。何度も、何度も。袋を裂く耳障りな音は、イライラの元を消してくれる。猛々しく見せてくれたりもするしね。お菓子袋? 商品タグ? ガッ。っていうこのスタンス。あなたたちはハサミで開けてはしゃいでいるみたいですけど(苦笑)、私はちょっと遠慮しておく、だってもう我慢できないし。ま、あなたたちを横目で見ながらポテトチップス(のりしお)でも食べてますよ、猛々しく。っていうこのスタンス。】

「うまいなあ」というより、このシツコさが堪らない(というか別にうまくはない)。コミュニティの開設日が「りさタソ」ブーム遥か後の2005年8月というところに、いっそう親近感が沸く。こりゃ負けちゃおれんと、私もパロディ・コミュニティを作ってみた。


自意識の宴会所、「samixi(サミシイ)」。ほとんどタイトル画像を作りたいがためだけに開設した見切り発車のコミュニティだが、「自虐系のネタが集まればいいな」という構想が薄ぼんやりとある。が、参加人数は増えず、今のままではたいした展開は期待できそうもない。誰かどうにかしてくれ。

samixi.jpg
「samixi(サミシイ)」参加者大募集


作るタイトルも惹かれるタイトルも自然自虐系で統一されて困ったものだが、「僕がしゃべると誰かが怒る」(297)「朝マックが食べたいが起きれない」(29)「芸術家はニートじゃない」(27)など、参加してからだいぶたった今でも笑える、名コミュニティを発見。こういう<出落ち>系企画は、人数が増えて勝手に転がり出すまでは、暫く「滑りっぱなし」の悲惨な状況に甘んじなければならない。だが、健気な低空飛行もまた面白い。

開設したコミュニティはもう一つある。演技論を語るための「俳優よ、矢面に立て!」だ。

engi.jpg

「演技力を語るのは役者の特権ではない。受け手たる全ての素人が、テレビ・スクリーン・舞台の前で、感性と教養に従って独断すればいいのである。

キムタクの演技に魅了されて何が悪い?
三船敏郎が大根に見えて何が悪い?

決めるのは誰だ?

俺だ!
俺様だ!

一緒に直感で演技論を語りましょう。」


こうして説明文を読み返すと、何だか早くも「痛く」なっている気がするが、演技論を専門に語るコミュニティがなかったので作ってみた。そもそも直感でしか計れない(と考えている)ものを語り合うなんて、最初から矛盾を孕んでいるようだが、各人の譲れないラインが見えてきて面白いのではないか。映画を見ていると「映画=演技でよくない?」という暴論を吐きたくなる日がきっと来る。そして、その日から単純化の欲求を制する共闘が始まり、いずれ反動的に「映画=映画」という正論に戻っていくのだ!

このコミュニティ、目下、参加者は私ひとり。

「作成後1ヶ月経っても登録数が1人の場合、また複数参加者がいる場合でもトピックの無いコミュニティは削除させていただきます。mixi」


助けてくださいッ
誰か助けてくださいッ(セッカッチュー)

「馬場毎日」一周年

掲示板で『馬場毎日』を始めて】から約一年が過ぎた。今年の4月からブログに移行して、読んでくれる人の数は増えたものの、依然一文の価値もないままだと思った。しかも悲しいことに、その価値のなさに価値がない。

いつまでやろう。というか、いつ止めようか。

いぬのえいが 金ゐは怒っている2

ねえ、日本映画界



ねえ、日本映画界

ねえ、日本映画界 どうしてなの






映画を作る費用は

莫大なのに

あんなに莫大なのに

関わっている人間の数も多いのに

選ばれしスターだってでてると思っていたのに






どうして

どうして素人のFLASHムービーより

酷いものが作れるの






ねえ、どうして

どうしていじわるするの

どうして映画の伝統という天蓋やぶいちゃうの

どうして鷹はつめをかくすの

どうして詐欺にあっちゃうの






待ってよ 日本映画界

何をいそいでるの

どうして私が借りる映画はことごとく駄作なの

私はいつまでもアタリをひけないの





何もわからないよ





何もわからないよ






もっと映画のこと知りたいのに

どうして観客より

先におばかさんになるの




どうして



どうして

どうして

どうして


どうして




どうして

いぬのえいが」なんてみたんだろう

見たいって思ったんだろう






どうして

こんなに こんなに

悲しい思いをするのに






日本映画界 ひどいよ

邦画なんてキライ





邦画なんて



邦画なんて






「いぬのえいが」なんてみなければよかった













ねえ、




ねえ、國許ちゃん

そんなに悲しまないで





この映画は

とってもしあわせだったから





國許ちゃんはいつまでも

ずっと

ずーっと私のお得意さまだよ

たよりになる購買層だよ






アイドルファンに甘えてばっかりでごめんね

内容面でいたずらしちゃってごめんね

でもね収入源だったんだ

毎日「動物+有名俳優」でお客さんが入ってくれてうれしかったよ






怒ってるマニアもすきなんだ

細かい揚げ足取りをしてくれるよね

勝手に意味付けもしてくれるよね

はしゃぎすぎて迷子になっちゃったね






基本やっつけだったよね

借りてくれてごめんね

目にあまっちゃったね






また作ってみたいな

あのね もう一度客の涙の海を見たかったな

その海ってマニーと同じにおいがするんだ






ねえ、國許ちゃん




私は國許ちゃんと

おしゃべりできないけど

もしもひとこと話せたらこう言うの





あのね


あのね

あのね



あのね


あのね



あのね





なんか照れちゃうな








ねえ、國本ちゃん








お金落としてくれてありがとう













ねえ、日本映画界













私、またこういう映画見たい






なんていうわけねえだろうが!!!!!!

いやあ、久しぶりに酷すぎる映画を見て、ボルテージ上がっちゃいました。ボルテージ上がりすぎてつい精度の低いパロディしちゃいましたよ。あ、上の意味不明なのはパロディです。

うん、なんだろう。伝わっているかどうかわからないけれども、かなり頭にきてます。鶏冠にきてます。金ゐは怒っております。

同じ動物モノの映画『さよなら、クロ』を見たときには、「何でこれが商品として流通してるの?」と、怒りよりも前に軽く動揺してしまいましたから、それに比べれば幾分かマシ、酷くはなかった。つまり最低の映画ではないと断言できるんですけどね、それにしても、映画のいちいちが暴力的かつ下劣で腹が立ちました。今やすっかりアンチに鞍替えした宮崎あおいが出ていたことも、私のイライラを助長させました。

驚いたのが、ググってみたら【「よかった」とか言っている人】が結構いるわけですよ。この映画がよかった?何が?いったいどこをどう見たら?どういう生き方をしてきたらこの映画が良いと言えるのか、理解不能です。

「いぬのえいが」の前には、「娯楽映画」とか、ターゲット層とか、そういう区分けは無意味ですよ。やみくもに商業主義を否定するわけじゃない。たとえば「東映マンガ祭り」に表現性を求めるほど私はアレゲじゃないつもりなんですけど、この映画を見たら、そういう「社会性」が吹っ飛びました。頭にきてこういう野暮なこと言っちゃうぐらい酷かった。

理屈を超えた質の悪さ。いや、それは誉めすぎだな。もちろん理屈は超えられていません。単に質が悪いだけ。いやいや、まだ語弊があるな。この質の悪さ、性質が悪いんだ。


文章が荒れていますか?
いいんですよ。本気で怒ってるんだから。
別に私は映画を愛してませんけど、「いぬのえいが」が映画として誉められるのは、明らかに映画に失礼だ。

理由?
「語るに値せず」です。見りゃ判ります。

ミクシィのつげ・北冬事情

ミクシィにはほとんど掲示板同然の「コミュニティ」という機能があり、誰もが簡単に作ることができる。私はつげ・北冬関連のコミュニティに多数参加しているのだが、その参加人数が恐ろしい(数字は2005年12月20日午前2時30分現在)。

そのものズバリの「つげ義春」は、なんと4119人。4119人とは凄い。北野武よりも多い。芥川龍之介よりも多い。黒澤明よりも多い。

私が参加しているコミュニティのうち、メンバー数がもっとも多いのが「廃墟・廃線」の7654人で、アイドル「宮崎あおい」の5321人、「岡崎京子」4994人、「水木しげる」4827人、「近代建築/廃墟と戦跡/近代化遺産」4479人に続いての6位。おお、「楳図かずお」3087人よりも多いではないか。

ミクシィは現在会員数が鼠算的に急増している】らしいから、おそらく来年中に「つげ義春」は5000人を突破するだろう。現在大きいものは未来永劫大きいのだ。つげ義春関連コミュニティは他にも、

キクチサヨコ(197)
ねじ式(141)
リアリズムの宿(112)
つげマンガ”旅・温泉”(28)
つげ義春(10)
蒸発旅日記(9)
がんばれチヨジ(6)

などがある(中には大学のつげ義春研究グループなんてものもあった)。もちろんメンバーには重複が多いし、発言も活発とはいえないが、それにしてもこの数である。なぜ馬場つげ研のアクセス数があの程度なのか理解に苦しむ。こともないか。


つげ忠男は「つげ忠男」141人のみ。

林静一は「林 静一」が455人、「林静一を語る会」223人、「林 静一 赤色倶楽部」82人。私は参加していないが、小梅ちゃん系コミュがいくつか、「林 静一氏がキャラクター原案を担当したOVAの源氏物語が好きだと言う人の為のコミュニティ」だという「源氏物語」もあった。

安部愼一は「安部愼一」43人。息子さんで【SPARTA LOCALS】のボーカル&ギター・安部コウセイ、ベース・安部光広のコミュニティがあったので入ってみた。

鈴木翁二は「「透明通信」鈴木翁二」163人、「鈴木 翁二 が好き!」81人、「『鈴木翁ニ』」10人。さすがに【ギンネム】はなかった。

古川益三は何故か作品ではなく「まんだらけ」42人。

片山健は「片山健」99人。そういえば、この間の自主ゼミでユゴーが持参した「迷子論」(長文のつげ論が収録されている)のクールな装丁が片山健だった。


鈴木清順は「鈴木清順」1556人。

石井輝男は「石井輝男」688人。

加藤泰は「加藤泰」18人。

天野天街は「天野天街」81人「百人芝居 真夜中の弥次さん喜多」40人「少年王者舘」210人。

山田勇男は「☆山田勇男監督の映画世界が好き」59人。

山下敦弘は「山下敦弘」681人。

映画監督は作品ごとにコミュニティが作られることが多いので、正確なところはわからない。チェックしきれないため、個人名を冠したコミュニティのみに属している。中島貞夫もあったが、まだ参加していない。さすがに何ひとつ語れないレベルで参加するのは失礼かと思われた。それでは参加コミュすべてについて熱く語れるかと言うと、必ずしもそうではないのだが。


北冬系作家では他に伊藤重夫、湊谷夢吉、菅野修のコミュニティがあった。うーん。もっとあっていい気もする。が、「漫画主義」もない、「山下菊二」もない、ましてや「劇画」や「貸本漫画」すらないのだから、こんなものなのかもしれない。

無いのならお前が作ればいいじゃないかって?

いや、そうしたいのは山々なのだが、私が作るとリアルに人が来なくなりそうなので、遠慮している。今もつげのコミュニティに書き込むときに温度差を感じているぐらいだから、我ながら賢明な判断だと思う。しかも、閲覧のみという完全に受身の立場にあっても、チェックが間に合わなくなってきているのに(既に青林堂・青林工藝舎ラインは「月刊漫画ガロ」690人「アックス」207人でセーブしている)、これが管理人になったら労力は倍増、いずれ間違いなく破綻する。「あれ?管理人なのにそんなことも知らないの?」といった恥ずかしい状況を避けるために猛勉強しなければならず、かといって資料が揃っているとは限らない。揃っていなければ揃えなければいけない。揃えるには金と時間がかかる。これ以上ネットに傾いたら正直生きていかれないですよ。


さて、私が参加しているミクシィ・コミュニティについては、また別の機会に。多分明日には。いや今日の夜かもしれない。次は貴方の番かもしれない。俺はいつも一人かもしれない。

浅田真央をトリノに。

能力のある人間をくだらないルールで縛ってはいけない。

まだ若いとはいえ、もしかしたら今が最盛期かもしれない。

浅田真央をトリノに。浅田真央をトリノに。浅田真央をトリノに。




嘘です。

そんなことよりも【神木くん】が第二の【カルキン】になりますように。

ヤックッチュー(ピカピカ)

12月16日、二日前ですね。
8年前の二日前、【僕は泡を吹いて倒れていました。


はいうそー
モロうそー





精神不安定の金ゐです。お元気ですか。今日は午後三時から銀座の貸会議室的喫茶店で馬場つげ研の自主ゼミがありました。

☆事前につげ評論を5本無作為抽出
→担当が内容要約と議題を書いた簡易レジメ作成
→それをもとに議論
→議論の様子をレコーダーで記録
→整理して「週末から」に掲載、レジメはブログにアップ

そんな骨まで丸ごと食べられる「地球に優しいゼミ」を計画していたのですが、思った以上にアレゲな評論が多かったため(特に江古田方面)、途中からほとんど雑談になってしまいました。しかも、著作権に抵触する心配があると会員が言うので、内容要約のアップは様子見することになりました。

残念。いや実に残念(『野良犬』風に)。つげ義春が「マンガ表現論」に疎外されているような現状を作った一因である「深読み」を皆様と一緒に検討したかったのですが。

『チーコ』の「鼻毛」は「夫を自分の欲望のおもむくままにあやつる」妻の「悪魔性」の「象徴的顕在化」だそうですよ。であるから、「鼻毛」をチーコに抜かれるということは……おっと。止めときましょう。一応様子を見て、基準が分かってからにしましょう。

しかし、「悪魔性」って、もっと微妙なニュアンスの言葉はないのかね

馬場つげ研自主ゼミ & クレクレ

「つげ義春論の現在?」

先行研究の把握&つげ論データベース化にむけて、定期的に自主ゼミをやることが決定。内容は一回につき3本程度の評論を精読すること。基本情報(筆者・初出誌)と要約をブログにて掲載予定。乞うご期待。
現在、馬場つげ研は特に『私家版 つげ義春』(北川由紀子、全三巻、限定二十部)『限定版 つげ義春選集』(北冬書房、後書き部分)『漫画主義』をお譲りくださる方を募集しています。状態問わず、コピーも可、値段は応相談(そんなに出せませんが)。

また、つげ論情報(短文含む)を渇望しております。お寄せくださいますよう、お願いします。富岡多恵子の『つげ義春日記』評が載っていたという「群像」、何年何月号だかお分かりの方いらっしゃいませんか?

クレクレ君(智英ではありません)で、すいません。



蛇足の踝:「きちんとした」ブログを書こうと思ってるんだけど、ちょっと冗談じゃなくなってきた忙殺の日々。つげ忠男、勝又進、大久保亞矢子・・・・おっと『恐山』についても会員と話したきりだ。いかんなあ、セルフマネジメント、セルフマネジメント(焦り過ぎか)。

どようび

                 ハ_ハ  
               ('(゚∀゚∩   うりゃ!
               O,_  〈 
                 `ヽ_)

                  ハ_ハ  
                ∩ ゚∀゚)')  とりゃ!
                 〉  ,_O 
               .(_/´

                         ハ_ハ
                  ハ_ハ('(゚∀゚∩  どようびはやくこいっ!
            .ボカッ! ((゚Д゚(.O,_  〈
                 〉  ,_O `ヽ_)
               .(_/

罵声人語さわやか11

¶ 「何か聞いてほしいんでしょ?」忘年会で4ヶ月ぶりに会った知人に突然そんなことを聞かれた。意味が分からず「は?」と聞き返す。「ブログだよブログ!」ああ、【そんなエントリー】を書いたばかりだった。しかし、その知人とはマニアな話をするでもなく、こまめに連絡を取り合うほど親密な仲ではなかったから、見てくれているとは思いもしなかった。嬉しさと同時に、若干の恥ずかしさが。そうです、私はブログを読んだ友人から真顔で「キチガイみたいだ」と言われた男です。とりあえず知人の質問を無視して、宴は夜更けまで続く。

¶ 高田馬場のBOOKOFFでDVDが大量に売られていた。キヨスクに置かれている500円の名作洋画のやつだ。値札には500円と書いてあった。もはやBOOKでもないしOFFでもない。委託販売!?……んなわけねーか。100円コーナーを丹念に物色、リュックをパンパンにして帰宅。

¶ 今年10月に出たばかりの【大久保亞夜子】『奇的 ボヤージュ』を購入。【芸大初の買取漫画ということで話題を呼んだ】短編連作?が一冊にまとめられたもので、やっぱり出版社は青林工藝舎。感想は後で詳しく書くが、こんなに「美大生っぽい」漫画も久しぶりではないか。とりあえず私の美大生イメージにはぴったり符合した。しかし、これは「難解」なのか……?

¶ 早稲田大学の図書館に初めて入った。驚いた。とてつもない蔵書数、快適な施設。さすが早稲田、普通の大学図書館なら絶対に入れないような本で溢れていた。北冬書房の本もきっちり。『漫画術』がヨレヨレになっている図書館というのも珍しいだろう。なぜこんなに素晴らしい図書館がありながら、キャンパスに学生の姿が散見されるのか、理解に苦しむ。私なら間違いなく4年ないし8年間図書館に籠る。古書価格万単位の!大正時代の!初版本を!割れる心配せずに!コピーできる!すげえ。すげえよ。テンションがあがりまくって3000円分もコピーしてしまった。いやー図書館ってホントにいいもんですね

¶ 久米田康治『勝手に改造』25巻に「漫画におけるベタは赤でもある」というネタがあった。そういえば、つげ義春全主要作品に無理矢理触れた評論集『つげ義春の魅力』にも「つげマンガと色彩」と題した『紅い花』の短い考察が載っていたなあ。

¶ 新年オフ会は1月7日あたりか。もしかしたら年内かも。22日からの巡礼は延期。新年に。

つげファンだけど何か質問ある?

「何か質問ある?」が流行っている】のでやってみようかと思ったら、友達にガチで「自意識過剰」と言われた(´・ω・`)
自分語りが多すぎるってさ


メモ・マンガとアカデミズム

2005年春、徳山大学は経済学部経営学科をビジネス戦略学科に改名、これを機に【漫画やアニメーションの歴史などを学ぶ知財開発コース】を新設した。6月8日には漫画本約五千冊をそろえる【マンガ資料館】をオープン。宝塚造形芸術大学はメディア・コンテンツ学部に【マンガ・アニメコース】を、別府大学は文学部芸術文化学科に【マンガ・アニメーションコース】を開設した。

来年2006年4月には、日本で初めて「マンガコース」を設けた京都精華大学が国内初の【マンガ学科】(芸術学部)を新設するほか、東京家政学院大学が人文学部文化情報学科に【アニメ・マンガ文化コース】を、桐生短期大学がアート・デザイン学科に【マンガ・イラスト・絵画コース】、梅花女子短期大学が生活科学科に【 マンガ・イラストコース】を、【文京学院大学】もマンガコースを新設する。

現在、大学にあるマンガ関連のコースは、【金城大学短期大学部美術学科マンガ・キャラクターコース】【大手前大学人文科学部メディア・芸術学部マンガ・アニメーションコース】【花園大学文学部国文学科現代文化】【大垣女子短期大学デザイン美術科マンガコース】【秋草学園短期大学日本文化表現学科マンガ・イラスト表現研究室】など。

富山大学には自由科目(無単位)【ドラえもんコロキアム】、教育学部第三教棟の演習室に2004年春【ドラえもん文庫】が。早稲田大学は2002年に【早稲田漫画文庫】を設立している。


たけくまメモ:アカデミズムとマンガ
「日本マンガ学会」設立をめぐって
2000年の学術的漫画研究の動き
マンガ学会設立大会レポート
日本マンガ学会 第一回総会・大会レポート
日本マンガ学会第一回総会・大会レポート[2]
日本マンガ学会
ついに?芸大がマンガ作品を「買い上げ」

Text To Speech

これ】で『ねじ式』を再現しようとしたのだが、保存方法わからず断念。ちなみに、【前のエントリー】に載せた竹中直人のコメントを発音させるとヤヤウケします。

≪参考・『ねじ式』出だし≫
まさかこんなところにメメクラゲがいるとは思わなかった ぼくはたまたまこの海辺に泳ぎに来てメメクラゲに左腕を噛まれてしまったのだ

帯のはなし、『初期短』と緒川たまき的(下)

女優・緒川たまきの恐るべきコメントの前に、第四巻を見てみよう。第四巻は【竹中直人】と【まついなつき】。

ウィキペディアによれば、まついなつき氏は「漫画家。『ぱふ』にてデビュー。旧ぱふに連載されていた『かるめら姫』は、ドグラマグラもパロディされているような、著しい不条理系作品であったが、最近では、エッセイやいわゆる「説明系漫画」で活躍中」とのこと。現在は【「視点を多く持ち、視野を広く持てば、人生だいたい幸せなのでは?」という仮説を実証するために、占星術を学んでいる】らしい。なんだその仮説。


●竹中直人氏(俳優・映画監督)
「幾度となく“あの場所”に行きたくなる・・・そこには世捨て人の哀しみ、儚さ、切ない夢が幻の如くウゴメイテイル・・・。ああ、つげ義春よ俺の目を瞑らせてくれ・・・そして、音の無い慟哭のあの場所へと連れ去ってくれ・・・・・。」

●まついなつき氏(漫画家・エッセイスト)
「全部見せてくれるの?うれしすぎ!!」



監督デビュー作に『無能の人』を選び、主人公・助川助三を演じた竹中直人は、当然ながら適役と言える。映画の内容については賛否両論あるだろうが、大ヒットによって新たなつげファンを開拓した功績は高く評価されてしかるべきであり、解説にまわってもおかしくない人物である(解説については別項にて詳解)。

先日発売されたDVD『無能の人』の特典、オーディオコメンタリー同様に、コメントにおいても「やりすぎ」の謗りを免れられないナルシストぶりを見せつけているが、これも竹中がコメディアンだということを考えれば、許せる範囲内である。ただし、コメントの意味は、私にはよく理解できなかった。

まついは漫画家とはいえ、「つげ的」な漫画を描いているわけでもないし、特集号に寄稿しているわけでもないから、繋がりは弱い。が、衒いのない率直な感想は、マニア向けの本において新鮮である。しかも、どうしてもつげやつげ体験の全体像を俯瞰しようとしてしまう他の推薦者と違い、簡潔かつ的確にこのアンソロジーの性質を言い表している。確かに「全部見せてくれる」のは「うれしすぎ」だ。


いよいよ、問題の第三巻である。この帯のコメントもまた俳優コンビであるが、つげファンは俳優に多いのだろうか。


●大杉漣氏(俳優)
「33年前、武蔵野の小さな本屋で<つげ義春の世界>に触れて以来、つげさんは、ぼくの身体にひっそりと棲みついてしまいました。」



大杉漣】について私が言うべきことは何もない。とにかく私は彼のことが嫌いで、過剰な演技はもちろんのこと、トーク番組で見せる言動のいちいちが私を不愉快にさせる。大杉がまがりなりにも「演技派」として通用してしまうような時代に生まれたことを後悔している。







●緒川たまき氏(女優)
「つげさんの作品の住人を、もしかしたら世間では怠け者、弱虫などというのかもしれません。でも、作品の一編を読み終えると、お茶漬けを食べた後みたいに日本人で良かったと思ってしまうのです。」







●緒川たまき氏(女優)
「つげさんの作品の住人を、もしかしたら世間では怠け者、弱虫などというのかもしれません。でも、作品の一編を読み終えると、お茶漬けを食べた後みたいに日本人で良かったと思ってしまうのです。」






●緒川たまき氏(女優)
「つげさんの作品の住人を、もしかしたら世間では怠け者、弱虫などというのかもしれません。でも、作品の一編を読み終えると、お茶漬けを食べた後みたいに日本人で良かったと思ってしまうのです。」








キタキタキタキタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!




ファンサイト】を見ると、緒川たまきはかなりの趣味人という印象を受ける。好きな作家は安部公房、三島由紀夫、谷崎潤一郎、夏目漱石、稲垣足穂、澁澤龍彦、夢野久作、尾崎翠、室生犀星。

「本棚を見ればその人の脳みそがわかる」とはもはや定説であるが、上の作家陣を見て、はたして緒川たまきの脳みそがわかっただろうか。王道だとは言わないにしても、本好きとしてありえないラインナップではない。ちょっと節操がないかな、という印象をうけるぐらいだ。

では緒川たまきがいわゆる「読書人」なのかというと、かなり疑問である。活字離れが叫ばれて久しい今の世で、緒川が相当の読書家であるのは間違いないが、このラインナップは「読書人」という属性だけでは到底説明がつかない。もっと別の理由、もっと別の要素が緒川たまきを形成しているような気がしてならない。

この予感が正しかったことは、プロフィールを見ていくにつれ明らかになる。緒川の趣味を把握した後で見直してはじめて、これらの作家たちが、そしてその並びさえもが、実に「緒川たまき的」であることに我々は気付くのである。


好きなアーティストは竹久夢二、フォーコン、ルミャック(写真家)、ドゥクフレ(舞台演出家)、ジャンティ(舞台演出家)、武井武雄(童画家)、スーザン・ピット(映像作家)。


キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!

懸命な閲覧者ならば、すでに私が何を言いたいのか分かっていただけると思うが、焦ってはいけない。きちんと事実を受け止めていこう。女優が舞台演出家を挙げて何が悪い。ドゥクフレに憧れて芸能界に入ったのかもしれないではないか。好きなアーティストの後に説明が必要で何が悪い。知らない人のために解説するのは親切なことだし、ここに挙げられたアーティストたちは皆、各分野の超有名人である。知らないことを恥じるべきなのである。しかし……。



好きな映画はカウリスマキ、ヴィム・ヴェンダー、ポランスキース、チェコのアニメもの。

一ジャンルに絞られると、緒川たまきが実に「緒川たまき的」であることがすぐにわかる。挙げられた監督たちは言うまでもなく巨匠だが、映画ファン以外には決してメジャーとは言えない。かといってマイナーかと言うと、映画ファンにとっては超メジャーなのであるから、それは言い過ぎになる。つまり、「もうひとつの王道」路線にこそ、緒川たまきを緒川たまきたらしめている要素が隠れている。最後の「?もの」という用法は実に「緒川たまき的」と言えよう。



カメラが好き。

よく使うのは「ライカフレックスSL」というクラシックカメラだとか。さすがつげファン、……そう、ここは誉めるところである。誉めるところなのだ。間髪をいれずに、



好きなことは星の観察、古本屋巡り、古い品種の薔薇、アロマテラピー、

……。「古い品種の」って。続いて、


ヨーロッパ刺繍の糸と布のセット、鉱物、ハサミやカッター、万華鏡、切手、中国茶、ファンボア地区のコニャック。

もうここまでくると変人としか言いようがない。羅列された趣味の数々を見ているだけで、唐沢俊一的執念を感じる。このまま行けば末は総理か大臣か、荒俣領域突入が決定的である。今すぐにでもミニ辞典ぐらいは作れそうな、ゴールデングラブな守備範囲だ。


緒川のコメントを見て、「本当につげ作品を理解してんのか?」という作品評価における疑問よりも前に、私は「本当につげ義春が好きなのか?」と思った。しかし、お分かりいただけたと思うが、つまりそういうことなのである。そういう基準をもった人間だからこそ、ああいうコメントを書くことができるのだ。

彼女が用意周到なのは、予め批判を封じ込めていることである。いや、批判はできる。どんなものにでも批判は出来るのだが、<タマキ・マジック>のマジックたる所以は、こちらが意見を持つためにそれらを体験している間に、当人は次の趣味へと移っていて、もはや同じ場所にいないということにある。絶対に後追いになるような先行逃げ切りのシステムが確立されている。それはまるで「つかもうとしてもつかめないねこじゃらしのよう」(ゆず)だ。

あえてひとつに絞らないことは、逃げ切りの距離を稼ぐだけでなく、もうひとつ批判を決定的に回避する機能を持つ。全体に共通する要素を抽出する行為そのものに魅力を感じていると言われれば、誰も反論できないのである。ましてや相手は美人女優。通常人なら良くてドン引き、悪くて病院の「ハサミ・カッター愛好」も許容されてしまうのである。

確かに、【「若かりし頃の町田康さんが観られるということだけでも私は推します」】という発言は、『トリビアの泉』にも出演する売れっ子女優の口から出たものとは思えない。アイドルと女優の垣根の低い我が国の芸能界において、こういった知識・嗜好の公表が果たしてプラスになるかどうか微妙であり、だから「筋金入り」なのだと言うこともできる。がしかし、ここまで博識であるにも関わらず、なぜか帯の言葉は「お茶漬け」なのである。何のためのファンボア地区だ、何のための「竜馬におまかせ」だ、ということになる。

つげ作品の登場人物が世間で「怠け者、弱虫」と言われるだろうことは「もしかしたら」ではない。当然そうである。そうであることが前提として話が進んでいる。というより、作中に主人公が「虫けら」と呼ばれるシーンがあったではないか。つげ流ダンディズムの尊重というよりも、私には批判への配慮に読めた。

「お茶漬けを食べた後みたいに日本人で良かった」とはいったい何事か。お茶漬けが日本人のアイデンティティなのか?フランス人はつげ作品を楽しめないのか?断定を避ける「もしかしたら」の曖昧さは「お茶漬け=日本人」という強引さをカモフラージュしているのか?糞まみれの井月を見ながら飯を食うのか?だったら焼きそばが食いたくならないか?焼きたてのセンベイじゃだめなのか?タクワンが出てきたからか?そもそもお茶漬けを食べた後に「日本人で良かった」なんて思うか?ここはもとの村ではないか?

不安を呼び起こすコメントであるという点で、まさに適役なのかもしれない。



「じゃあオマエだったらどう書くのさ」
「オマエって言うな!」
「帯の言葉を考えてみろよ」

「絶対に見逃せない作品がそこにはある」
「パクリじゃん」

「安い!常識を逸脱した安さだ!」
「薄利じゃん」

「エイスケさん」
「あぐりじゃん」

「オリビア」
「杏里じゃん」

「ほらお母さんもう疲れたから」
「おんりじゃん」

「長・城・決・戦」
「万里じゃん」



おそらく「つげ義春から『清貧』を学ぶ奴は馬鹿だ」ぐらいになるだろうか。皆さんも、究極のつげ本に付される帯に「推薦の言葉」を考えてみてはいかがでしょうか。

北冬書房、1月14日に新オープン!

詳しくはこちら】。

新店舗の店名は「book&art 万力のある家」。
マンガ展、映画展も行われるそうです。

「1月中は、つげ義春、林静一、つげ忠男、原マスミ、菅野修、伊藤重夫、三橋乙揶、山田勇男、うらたじゅん、新谷成唯、藤原マキ、湊谷夢吉、秋野すすき、山下菊二、片山健、近藤弘明氏らの作品を展示します。」

ぐおおおおおおおおおおお!

片山健は講談社出版文化賞を受賞した画家(なぜ出版文化かというと絵本での受賞)。北冬書房の前身・幻燈社から画集『美しい日々』を出しています。近藤弘明(こんどう・こうめい)も画家。【画像はこちら】、こんなときのための【北冬名鑑】もどうぞ。嬉しい反面、インタビューができそうになくなってきました……w

R25、悲しみは根雪のように

情報過多の時代にあって、ニュースソースは出来るだけ絞り込んでおきたいところ。でも新聞は堅すぎるし、週刊誌を買うのはお金がかかる。そんな貴方にピッタリなのがフリーペーパーだ。一昔前まで、チラシと一緒に即ゴミ箱行きだったのが、近頃は著名人のインタビューあり、ためになる連載コラムありで、有料雑誌顔負けの贅沢な内容になっている。配布時期を逃すと二度と手に入らない「雑誌コレクター泣かせ」のフリーペーパーを読んで、恋に仕事に充実した毎日を送ろう!


・・・・みたいなことが書かれている(に違いない)フリーペーパーだが、足繁く通っているビデオレンタル屋の店頭にあるため、唯一『R25』にはきちんと目を通してる。

「きちんと」と言うのは嘘だ。表紙を見て、注目する人のインタビューが載っている号だけ家に持ち帰り、さらっと読む。今週は私の大好きな俳優「寺島進」だったのだ。その前に読んだのは、大嫌いな俳優「大杉漣」のインタビューが掲載された号だった。

で、『R25』をパラパラめくっていたら、『オフィスの深層心理学』という記事があった。ふと、「心理学は学問じゃない」が口癖だった教授の顔を思い出す。「連帯責任を押し付けられて不満だ」という相談者に回答して曰く、「ビジネスにおいては、「怒る」とか「悲しむ」という感情は役に立たないことのほうが多いんだ。(中略)そんなことより、(以下略)」。

うーむ。なるほどな。

何故私が好きな作家たちが世に受け入れられにくいのか、その理由の一端が理解できた気がした。この回答の「ビジネス」を実社会に置き換えてみればより明確になる。実社会において「悲しみ」は無価値、いや、無価値どころかマイナス要素なのだ。彼らは一貫して悲しみを描く。というよりも、表現を推し進めるうちに「悲しみ」に到達する。しかし、社会はそれを求めない。

悲しみは何も生まない。悲しみからは何も生まれない。だから、無邪気に明るく、無責任に前向きな曲が流行する。悲しみは陶酔のためにだけ許される。だから、悲しみ「っぽい」グロテスクな漫画があれほどバカ売れする。整合性がある。かえって潔いかもしれない。


そんなことより、ビデオ屋に入ったら、【浜田省吾】の代表曲『悲しみは雪のように』が流れていた。


君の肩に悲しみが 雪のように積もる夜には
心の底から 誰かを愛することが出来るはず


そう言い切れる理由の表記はない。


君は怒りの中で 子どもの頃を生きてきたね
でも時には 誰かを許すことも 覚えて欲しい


同じく理由は書かれない。


泣いてもいい 恥じることなく 俺も独り泣いたよ

ハマショーにいわれたら泣くしかない。


君の幻想 時の中で 壊れるまで 抱きしめるがいい

意味がわからない。

罵声人語さわやか10

¶ 最近、色々アップしてアップアップですわ。師走は忙しいものだと初めて気付いた2005年の暮れ、有名動画サイト【誰が為に鈴は鳴る】から画像を拾ってきて(すいません)、ページトップのbackgroundを飾る。

¶ 恵那春夫の言うところの「第?期」後半から「第?期」前半のつげ忠男作品を読み返している。何と言うべきか、今のところ何とも私には言えないのだが、語る言葉が熟すのを漫然と待つことが罪悪であるようにさえ感じられる。いや、大袈裟でなく、読み手をそんな感じに焦らせる作品なのである。

……つくづく、つげ忠男という人は凄い作家だなあと思う。<不幸にも>軽佻浮薄に慣れ親しんできた私だが、あの斜線に取り囲まれたら「それでいいのだ」とは口が裂けても言えない。どうしても「それでいいのか」になる。「暗い」としか形容できない読後感が、読者の生き様まで厳しく追求する。

もっとも、外野の私よりもずっと追求に苦しめられているのは、つげ忠男自身なのだろう。実際に作品評にも苦しめられただろうし(とはいっても、『夜行』に掲載された二本の酷評しか思い出せないが。「本当に「ダラシナクナッテシマッタ」のですか?」と問いただす宮岡蓮二『つげ忠男氏への手紙』、「つげ忠男はもう画かなくてもいい」と書き始める恵那春夫『つげ忠男論 その「甘さ」について』)、長いキャリアには奮闘の証がはっきりと見える。

年月を重ねるうちにすっかり駄目になった作家などいくらでもいる。彼らは記憶の中に埋もれ、忘れられていったが、つげ忠男はそうはなっていない。これはマイナー故の強みなのだろうか。いや、本物の証であろう。一読あれ。

¶ 【北冬名鑑】製作にあたり、梶井純『現代漫画の発掘』を読みかえした。【水木しげる】について触れたくだり(P30-32)は、やはり、まったくその通りだと思った。

「主観的には、水木にはいまもなお、非命の兵士たちへ寄せる、かつてと同じ心情があるにちがいない。しかし、いまの水木は外なる視座によって意識的に戦争の悲劇を描こうと試みたようにみえる。みずからがそこで意識できる、ということの余裕が、いま表現者としての水木の位置を決定的に変えてしまった。(中略)
生きる、あるいは生活することが「必死」ではなくなったそのときこそ、かれの「戦中・戦後」もまた終わったのだろう。」


水木しげる本人がキャラクター化したせいか、多作すぎて追えないせいか、今まできちんと作品<批判>を展開する評論家がいなかったように思う。あるいは私の耳に入ってこなかっただけかもしれないが、友人に水木原理主義者が多かったことも手伝って、私の中には「水木しげるは批判しない」という暗黙のルールができていた。『放送禁止歌』じゃないが、自然と出来上がった「ミズキ・タブー」は意外と強力で、若干批判的な記述が目立つ足立倫行の評伝『妖怪と歩く』でさえ、「こんなこと書いて大丈夫なのか?」と不安になったりした。

しかし、私が物心つくころには既に【鬼太郎シリーズ】は全て終了しており、猫娘もねずみ男も、完全にアニメのキャラクターであった。その時代の水木を「水木ロード」の入り口とした人間にとっては、「水木しげる」は漫画家というよりもキャラクター・デザイナーである。私は鬼太郎アニメが好きではなかったし、遡って読んだKC版鬼太郎は呆れるほど退屈で、途中で投げ出してしまった。

冷静に考えれば、絵ひとつとっても改悪としか思えないようなリライトが面白いわけがない。本人が描いているかどうかも怪しい作品に作家性が発揮されるわけがない。そういえば、私が特に感銘を受けたつげ忠男作品は、彼の「もはや戦後ではない」時代のものではなくて、まさに「戦中・戦後」にあたる作品だった。……改めて読むと、ここで梶井は特別難しいことを言っているわけではない。だが、この文章は1973年9月のものである。この後に水木が傑作をものにすることはなかったから、慧眼であるし、悲しくもある。


¶ つげ義春『蒸発』に描かれた漂泊の俳人・井上井月(いのうえせいげつ)について、考察を深めるために簡単な評伝を書こうと思い立った。仮タイトルは「井月へ 評伝・井上井月」、ブログで15回ぐらいの分量になるか。

と思い立ったまではいいとして、評伝の書き方がわからない。手元にある『井上井月伝説』(江宮隆之、2001、河出書房新社)、これぞまさしく評伝なのだと思うが、エピソードは過不足なく、この本があれば十分のような気もする。収録されている句の数が少ないのが残念だが、『井月全集』『井上井月全句集』が伊那毎日新聞社から刊行されている。これらはとうに絶版であるが、需要も少ないのだから、どうしても知りたい人はどうにかしてそれを手に入れるものなのだろう。


「井上井月の絶筆公開?30年間非公開」

漂泊の俳人井上井月(1822?87)の絶筆とされ、およそ30年間にわたり非公開だった「何処やらに 鶴の声聞く 霞かな」の軸が27日夜、高遠町の河南中央公民館で開いた第1回河南学級(町公民館河南分館主催、長野日報社後援)で一般公開された。(中略)

絶筆は、霞松が臨終の床で井月に筆を持たせて書かせたとされる。霞松がそれを記した添え書きとともに河南地区の旧家が所有。伊那市、長谷村との合併を控え、改めて井月について考える機会に?と分館側に申し出て、今回限りという条件で公開した。

句はB4判ほどの大きさの唐紙(とうし)に書かれている。春日さんは「霞松が酒を勧めて書かせ、井月がそれに応じた。臨場感があり、伊那谷の宝」と絶賛。また「辞世の句はほかにあるが、これを辞世と言ってもいい」と述べ、井月の死に様がうかがえる?とした。

春日さんはこうした二人を「肝胆相照らす仲」と呼び、「23歳も年が離れていたが、井月は霞松に絶対の信頼を置いていた」と説明。その理由について、戊辰戦争で捕らえられて高遠藩に預けられた霞松と、自らについて語らなかった井月とが同じ武士の出身だったためでは?と推測した。
(【長野日報2005年7月29日】、改行:金ゐ)


「霞松」とは井月の弟子、六波羅霞松のこと。春日さんは遺墨集「井月真蹟集」(80、伊那毎日新聞社)の著者で、井月研究家。他に井上井月に関する本は、春日愚良子『井上井月』(92、蝸牛俳句文庫)『何処やらに』(ほおずき書籍)、清水昭三『俳人・石牙井月の客死』(新読書社)、宮脇昌三『井月の俳境』(踏青社)。

『ブログマガジン』創刊!

それこそブログでやれよ。

のび太とドラ



画箱】より。爆笑。センスいいよなあ。キリオは白面に騙されて、エレザールの鎌が折れちゃうんだよ。わっるい顔してるw どなたかこれ書いた人教えてください。

このエントリーのネーミング・ライツ売ります

金がなゐ。致命的に金がなゐ。バイトに行きたくとも、電車賃すら捻出できない。もう外にも出れない私は、ここ二、三日ずっと「どこかからお金が降ってこないかしらん。」なんて考えていたのだが、ついに妙案が浮かんできたのだ。解決策は「ネーミングライツ」。そう、命名権販売である!

2003年に【「東京スタジアム」が「味の素スタジアム」になって】以来、スポンサー名を冠する施設がボコボコできた。横浜国際総合競技場が「日産スタジアム」に、県営宮城球場が「フルキャストスタジアム宮城」に、西武ドームが「インボイスSEIBUドーム」、福岡ドームが「福岡Yahoo! JAPANドーム」、グリーンスタジアム神戸は「Yahoo!BBスタジアム」を経て「スカイマークスタジアム」になった。どれも記憶に残っているということは、一般に低いと言われるネーミング・ライツの宣伝効果も、どうやら無視できないレベルではあるようだ。

何でも「味の素スタジアム」は公共施設のネーミングライツ契約日本初だそうで、では民間施設も含めた日本初はと言うと、サントリーが買った東伏見アイスアリーナらしく(この施設はコクドアイスホッケー部のホーム、サントリーは日本アイスホッケー連盟公式スポンサー)、【こんな記事】を読んでいると本当に踏んだり蹴ったりだなと思うのだが、それはさておき、確かにちょっと前までは猫も杓子も「ネーミング?」「ライツ!」といった状況だったのである。

馴染みのなゐ球場やらサッカー場やらがどんな名前になろうとも別に構わないのだが(「ココロノナカノ・スタジアム」とか「ニドトクルナ・ミュージアム」とか「窮状球場」とか「リック・ドーム」とか出来たら楽しいな)、注目すべきはどれも破格の契約料が支払われていることだ。5年間で12億、3年で6億、なんとまあ景気のいい話じゃありませんか。

最近は大分のビッグアイが決まらずに放置されていたり(藍ちゃんが賞金で買えばいいのに)、そろそろ卵の立て方が隣の船着場まで浸透した感があるから、これは何としてでも乗れるうちに乗っておかねばなるまい。

私のやっているサイトは「高田馬場つげ義春研究会」。偶然にも大企業が競って買いたがる地名が入っている。愛着がないと言えば嘘になるが、背に腹は変えられない、「TOYOTAつげ義春研究会」になることで億の金が舞い込んでくるなら我慢しよう。

toyoshi.jpg

契約に当たってはやはり金銭面が重視されるが、応募企業のイメージや希望する名称、ロゴマークがふさわしいかどうかなども考慮して選考が行われるらしい。もちろん馬場つげ研はそういった堅苦しいことは一切やらない。まるで十代のように未来ばかりを見ているのは何もサイトの内容だけじゃない。いくらの本が何冊買えるか、それだけを考えて選ばせていただく。


強いて言うならどういう名前になって欲しいって?うーん。そうですね、ネーミング自体は、公序良俗に反しなければ、本当に何でもいいんですが、個人のお客様にも(購入を)考えていただきたいな、と思っています。やはりサイトというバーチャルな団体のネーミング・ライツですから、実際の施設に比べて値段は格安になります。おそらくナベツネさん以外で球団に自分の名を冠した人はいないですから、新しい可能性を切り開くという意味でも「佐藤俊夫つげ義春研究会」なんていいじゃないですか(笑)

ただ、前言を翻すようですが、妙に敵対的なコメントが山のようについてしまう宗教団体や政治結社への売却については、さすがに対応を考えざるを得ない部分もあります。が、やはり私どもとしてはオープンに。いわゆるオープンに募集したいな、と。


「高田馬場」を売るための具体的な方法を探しているうちに【こんな記事】を発見した(以下、改行・リンク:金ゐ)。


「命名権ドットコム:日本初、専用サイト 来年1月末まで掲載無料」
命名権(ネーミングライツ)のコンサルティング業務をしている「ベイキューブシー」(本社・千葉市中央区、水上明美社長)は、日本初の命名権専用サイト「命名権ドットコム」をインターネット上に開設した。(中略)最近では、映画館やゴルフ場にも活用されており、今後もビジネスとしての広がりが見込まれるという。(中略)同社は「命名権を売りたい方と買いたい方をつなげる媒体をして、サイトを活用してほしい」と話している。情報掲載は来年1月末までは無料。アドレスは【http://www.meimeiken.com/】。



まだまだサイトは構築中だが、これは近い将来「メエメエくん」(すごいネーミングだ。ライツ。)にインタビューされる日も近い、そう感じた。企業体企業の次段階に来るのは、企業対個人なのである。それも、やがて個人対個人を巻き込んで、以前には想像できないほど広範なマーケットになっていく。サイトのネーミングにしても、その権利を欲しがる企業や個人が出てくるのはもはや必然。十年後には個人サイトの命名権取引は「当たり前」になっているだろう。

例えばの話だが、なぜ【BRAUN】が【切込隊長】のブログ命名権を購入しないと言えるのか。【連邦】をSONYが買わない正当な理由など、誰にも挙げられまい。略して「ソ連邦」である。ネットユーザーの支持を集めることに必死のSONYにとって、「連邦」の知名度もコンテンツも魅力的に映るはずであり、宣伝効果は抜群である。


連邦の名前がソ連邦に変わったらしいよ
→何『ソ』って
→それがSONYが買ったらしいんだよ
→SONYさんも粋なことするねえ!
→「walkman」やめて「i-pod」にしよう


そうだ、京都に行こう。

業務連絡みたいなもの

つげ義春を旅マップする・箱根】をアップしました。ぜひ読んでみてください。つげファンなら楽しめるかと思うのですがどうでしょう。ちなみに、ブログ本文中【】で括られている箇所はクリックすると飛べます。念のため。

次号予告】も載せておきました。死ぬほど時間がかかりました。馬場つげ研のパロディは全て無駄ですが、これは格別だと思います。微にいり細にいり、いったい何人が分かるというのだ。

会員ユゴーがブログを再開しました。その名も【我輩交響曲】。【「M&A」されて】から、まだ一ヶ月ちょっとしか経っていませんが、セレクションを書くうちに再びブログがやりたくなったようです。前回の反省から「もう長文は書かない。2、3行にする」と言っています。

先日、鴨川にて『馬場つげ研合宿vol.3』が行われました(【vol.2についてはこちら】)。年明けに掲載予定の会誌『週末から9』のために、会員たちが原稿を缶詰になって書く。添削も行う。・・・・当初の目的はそういうことだったはずですが、気付いたら宴会になっていました。出せるのか?

で、『ユリイカ』はどっちなのよ

『ユリイカ』2005年8月増刊号「総特集 オタクvsサブカル! 1991-2005ポップカルチャー全史」】を購入。こういった特集の形態が何よりも古く感じる。サブカルのいま、オタクの現在を表せていないような。

『ユリイカ』のイメージといえば「サブカルの牙城」(牙城でもないか、サブカルとアカデミズムの結束点?)だったが、ここ2年間の特集は以下の通り。「いまこそNOSAKAだ!」って、ダンナ、そりゃあんまりだよう。どうした【青土社】!サブタイトルが寒タイトルになっ(略


2005年12月号 特集 野坂昭如 いまこそNOSAKAだ!
2005年11月号 特集 文化系女子カタログ 
2005年10月号 特集 攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX 
2005年 9月号 特集 水木しげる
2005年 8月 増刊号 総特集 オタクvsサブカル! 1991-2005ポップカルチャー全史
2005年 8月号 特集 雑誌の黄金時代 紙上で見た夢
2005年 7月号 特集 この小劇場を観よ! なぜ私たちはこんなにもよい芝居をするのか
2005年 6月号 特集 ムーンライダース 薔薇がなくちゃ生きてゆけないんだってば!
2005年 5月号 特集 人形愛 あるいはI,DOLL
2005年 4月号 特集 ブログ作法
2005年 3月号 特集 ポスト・ノイズ 越境するサウンド
2005年 2月号 特集 ギャグまんが大行進
2005年 1月号 特集 翻訳作法
2004年12月増刊号  総特集 多和田葉子
2004年12月号 特集 宮崎駿とスタジオジブリ
2004年11月号 特集 藤森照信 建築快楽主義
2004年10月号 特集 中村稔 詩人の昭和史
2004年 9月増刊号  総特集 西尾維新
2004年 9月号 特集 はっぴいえんど 35年目の夏なんです
2004年 8月号 特集 文学賞 A to Z 獲るまえに読む!
2004年 7月号 特集 楳図かずお
2004年 6月号 特集 鉄道と日本人 線路はつづくよ
2004年 5月号 特集 鬱…… 五月。何だ?この、ユーウツは!!
2004年 4月号 特集 押井守 映像のイノセンス
2004年 3月号 特集 論文作法 お役に立ちます!
2004年 2月号 特集 小川洋子
2004年 1月号 特集 クマのプーさん


参考リンク:『ユリイカ』特集一覧】。ついでと言っては何ですが。


『ユリイカ』マンガ特集一覧

2005年9月号 特集 水木しげる
2005年2月号 特集 ギャグまんが大行進
2004年7月号 特集 楳図かずお
2003年11月号特集 マンガはここにある・作家ファイル45
2003年8月号 特集 黒田硫黄
2002年7月号 特集 高野文子
1997年4月号 特集 J?コミック'97
1988年8月増刊号  総特集 大友克洋
1987年2月号 特集 マンガ王国日本!
1983年2月号 特集 手塚治虫
1982年3月号 特集 つげ義春
1981年7月増刊号  総特集 少女マンガ


あれ、もっとなかったかな?というのが正直な感想。マンガ特集が様々な場所で組まれまくっているから、そういう印象を受けるのでしょう。やっぱりマンガ特集は売れるんだなあ。私には高すぎて古本でしか買えませんが。

そろそろまたつげ特集をやってほしいけれど(82年のつげ特集号については近日【つげ義春書誌学】にて掲載)、2003年から2004年にかけての第三次ブームのときに出なかったんだから、まあ当分はないでしょう。予想では今後以下のように漫画特集が組まれます。本気で当てに行ってます。


2006年 3月号 特集 トキワ荘
(そろそろやるだろう)

2006年 7月増刊号  総特集 コミケ作法
(競合他誌が多いとは言えいつかやるだろう)

2007年 4月号 特集 鳥山明
(きっとやるはずだ)

2007年12月号 特集 四コマの世界
(サザエさん、いしいひさいち、ののちゃん。このどれかが来るはず)

2008年 5月号 特集 コミック雑誌なんていらない!
(雑誌特集はやるはず、もしくはジャンプ・マガジン・チャンピオンの単独特集かも。間違いなくサンデーはスルー。『ガロ』とかはない)

2009年 1月号 特集 マンガ評論
(もっと早いかもしれないが確実にやる) 

2009年 8月号 特集 ジョージ秋山
(ある意味境界線ですが、漫画特集を組み続けるのであれば通らなければならないし、人とはちょっと違う『ユリイカ』的存在の大穴ではないでしょうか。宮尾しげをよりは可能性がある)

2009年 11月号 特集 白土三平
(今までやってこなかったのが不思議)


マンガ以外では、「廃墟」。うーん、ちょっと時機を失したかなあ。「タモリ」「BIG3」「やすきよ」など、一昔前のお笑い系は必ずや特集が組まれるでしょう。クイックジャパンとの差別化が今後の課題。・・・・・ああ、なんだか面白くなってきちゃったので、いきなりだけど募集します。

「これは絶対にくる(組む)!」と思う『ユリイカ』の特集

「?年?月号 特集 ?」「?年?月増刊号 総特集 ?」の形式でコメント欄に書き込んでください。当てに行こう。

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