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つげパロディーの系譜4『それから』

「(続・李さん一家)それから」 つぎ宛春(あてはる)

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目次には「つりたくにこ」と表記されている
1967年9月号の『ガロ』に発表された短編。「つぎ宛春」とは60年代後半から80年代前半にかけて『ガロ』で活躍した夭逝の女流漫画家「つりたくにこ」のことで、タイトルからも分かるように本作は傑作「李さん一家」のパロディになっている。本家と比べると絵の巧さに格段の開きがあるものの、タイトルのみの扉ページもそのままという凝り様で、つげへの深い心酔が窺える。粗筋は以下の通り。

放浪癖がでてボロ屋をとび出してから3ヶ月。李さん一家は一階へと移り住み、二階は名前も知らない女の子に占拠されていた。女の子は高級ステレオで大音量のジャズを楽しみ、ぼくは廊下で寝起きする。ある日食中毒で女の子が死んでいるのを発見すると、悪臭とハエを処理するため、李さんは死体を裏庭の土中深くに埋めた。その日から僕は二階でゆっくり眠ることができたのです・・・・
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元ネタであるつげの作品が発表されたのは67年6月号の『ガロ』。驚くことに、つりたがパロディを発表する僅か三ヶ月前のことである。この事実だけでもつげからの影響を結論付けてしまいたくなるが、ついでに記せば、つりたは1968年7月から一ヶ月間、つげと共に水木プロで働いている。
「永遠への飛翔 つりたくにこ編」(斧田小、『アックス』第5号収録)に書かれているように、この時期の二人は特別深い間柄ではなかったようだが、この後、つりたの作風はまさに「つげ的」とも言える「難解」なものへと変化していく。

つげに憧れ、つげファンでもある「政治少女」たちに愛され、次第に抽象度を高めていった「天才少女」の未来に、多くの読者が『つげ義春以後』を見たことは想像に難くない。少なくとも本作が、つりたがつげに連なるべき作家だったと信じさせるのに十分なインパクトをもっていたことは確かであろう。

しかし、残された諸作品を見ると、つりたが『つげ義春以後』に迫り得たかどうかについては疑問が残る。むしろ両者は「難解」であるそのことにおいてのみ辛うじて共通し、私にとってのつりた作品は、ときに観念が先行した頭でっかちな存在で、青臭く映ることすらあった。

このことは『つげ義春以後』をはっきりと感じさせる菅野修の作品に見られるような「画による画のための表現」が見られなかったこと、すなわちつりたの絵が、観念を描くには技量的に足りないところがあったことに由来するのかもしれない。

技量的に足りないと言っても、つりたの絵には独特の味があって、それがいいと言うファンも多いはずだ。個性派揃いの『ガロ』作家陣の中でも十分「個性的」なその絵は、当時の読者の目にオシャレに映ったからこそ支持を集めたのだと思う。基本的に表情に乏しい人物造形も、配置の妙によって永島慎二的「嘘臭さ」(『漫画家残酷物語』シリーズなどの持つ非社会性)が薄められ、一層「文学的」であった。「文学的」すなわち「難解」に適していたと言えなくもない。

しかし、そうした描線も、作品の主題のためのいわば「小道具」的存在に留まり、描線と作品が呼応するような有機的な構造は終ぞ見られなかったように思う。抽象的な絵はどこまで行ってもモチーフの象徴にすぎず、不条理が抗わねばならない意味性からの脱却は為されなかった。

ここで私がことさら描線にこだわるのは、全体と部分の連関が「有無を言わさず」重要だからということだけではなくて、「漫画だから絵が重視される」という、当たり前の理由からでもある。

『つげ義春以後』という表現形態は、つげ義春が達成した表現の地平を超克する、少なくともその方向性を持たなければならないはずであり、それはつまり、つげが確立したと私が看做している「構造としての作品によるリアリティの提示」という手法に前提を置きながらも、さらに漫画というメディアをフル活用することでそれを超える方法を模索しているべき、ということである(超え方は色々あるだろう)。

いま、描線がそれ自体の価値を軽視してテーマの代替物に成り下がった結果、読者は作品内の象徴を追うだけの「絵解き」に従事することになる。まずはタイトルを見、セリフを追い、最後に絵を見る。そして絵においても、漫符などの記号表現の慣習法的理解に依存した(させられた)散文的な作品解釈に限定されることになる。ここにおいてベタや斜線などの細部は意味を持たなくなり、作品は物理的な広がりを失って要約される存在となる。

読者との間に「騙しと気付きの仕掛け」を築き上げたつげ作品は、漫画表現を目一杯使用して、要約を拒む構造を成り立たせていた。というより、要約されようがない「構造」の確立に成功していた。そして、我々が『つげ義春以後』というとき、そこで(進化するにせよ壊されるにせよ)前提となる構造の存在は揺るがず、その構造とは、つりた作品に見られる、作品内で自己完結する作品の「構造」とは全く異なるものなのである。


ところで、当時の『ガロ』は、毎号雑誌の半分以上を占める白土三平の長期連載「カムイ伝」を柱としつつ、脇を固める短編作家陣にも実力派が揃っていた。「創刊3周年記念特大号」と銘打たれたこの号においても、「カムイ伝」のほかに、水木しげる(連載「鬼太郎夜話」)、つげ義春(「海辺の叙景」)、滝田ゆう(「風法師」)、楠勝平(「茎」)、池上遼一(「地球儀」)、勝又進など、今では考えられない豪華メンバーが執筆しており、実に読み応えがある。

長井勝一『「ガロ」編集長』によれば、66年から売れ出した『ガロ』の部数は、この年の暮れに8万部(返品率7%)に達し、67年の春頃には小学館による買収話が出たという。

tp-turita03.jpgつりたによるつげパロディーには、他にも「(続・それから)李さん一族」がある。李さんの兄一家(6人の大家族)が引っ越してきたことで、ついに主人公はボロ屋から追い出されてしまい、雪空の下立ち尽くす。こんな内容の、わずか8ページの短編である。2001年に青林工藝社から限定千部で出版された『つりたくにこ未発表作品集 彼方へ』に収録された。
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