BLOG馬場毎日 sawayaka

視界不良の馬場より金ゐ國許が綴る、満願成就三千里手前の幸福雑記

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

帯の言葉

おすぎが正しいとは思わない。
おすぎの評論は正しい。



確かこんな感じの文句が「おすぎのいい映画見なさい」の帯に載っていました。永六輔による推薦のことば。

私だけかもしれませんが、永六輔と聞いてもイメージがわきません。岩波新書『大往生』がBOOKOFFの永久欠番に指定されたという噂を聞きましたが(根も葉もなくはないらしい)、どうやら過去に著作が馬鹿売れした経歴を持つのは間違いないようです。無邪気なオリエンタリズムで共通項を捏造し、犯罪的に風呂敷を広げまくった挙句、事態を収拾するために「職人」という言葉を乱用して精神論一辺倒になった勘違い成金タレントとは全然違うんだとか(出典不明)。

永さんがどういう人かはわかりませんが、永さんの推薦のことばが間違っているのはわかります。これが

おすぎは正しい。
おすぎの評論は正しい。


なら、永さんがおすぎにカルトな信頼を寄せているのだな、とか、相当弱みを握られているんだな、とか、何となく理解できそうですが、上のままだとまるきり意味不明です。

つまり、評論と人格は明らかに並列的に語られるものではないですから、「おすぎが正しいとは思わない。」という一文の主語は「おすぎの人と柄」にはなり得ず、おそらく「おすぎの審美眼」とか、あるいは「おすぎの薦める映画がいい映画かどうか」になります(正直適当に書いてます)。おすぎの審美眼に惚れこんでないということは、その評論の「正しさ」は、おすぎが薦めた映画によって示されるわけにはいかず、おすぎの評論プロセスの妥当性によって証明されるはずです。

しかし、おすぎの評論には「正しい」と評価されるべき方法論がありません。「いい映画」に迫る理論的手続きが明らかに為されていないのです(私が見た限りでは、です)。私事から書き始めるのはおすぎの勝手でしょうが、論証を完全に放棄したように読める評論にプロセスの妥当性などありません。これではもちろん「正しい」わけがありません。また、単行本は余白が多すぎます。これでは評論本ではなくてタレント本です。

「正しい」を「楽しい」に変えれば、一応意味は通ると思いますが、ただ、楽しくは決してない。
スポンサーサイト

COMMENT

おすぎが楽しいとは思わない
おすぎの評論は楽しい

か。・・・複雑な奴らだな(笑)。むしろ迷惑な複雑さだ。

おすぎが正しくないってのも可笑しいな。正しいとか正しくないという次元じゃないだろう、おすぎは(笑)。

PLEASE COMMENT

管理者にだけ表示を許可する

TRACKBACK

http://kunimotokanei.blog8.fc2.com/tb.php/178-140f71e9

 HOME 

Calendar

08 « 2017/09 » 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Administer

Monthly Archive

Categories

Recent Comments

Recent Trackbacks

Recent Entries

Blog Pet


私のブログを盗み見て言葉を覚え、話しかける(クリックする)と返事をするらしい。あまつさえ勝手にエントリーにレスをつけてくるという。名前の由来説明は不要だと思うが、詳細なプロフィールが知りたい方&「なんのこっちゃ」と思った人は上の「ねずみ」という文字をレッツ・クリック。

占い

Catchphrase

Profile

Administer

Others

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。