BLOG馬場毎日 sawayaka

視界不良の馬場より金ゐ國許が綴る、満願成就三千里手前の幸福雑記

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ミクシィ、<私語り>のコミュニティ

最近は一日中パソコンの前を離れることが出来ない切実な理由があるため、息抜きもすべてネットで済ませています。というわけで、非常識な時間まで嫌がらせのようにミクシィに足跡残してまわってますけど何か。覚えたい魔法はだんぜんデジョン、金ゐ國許です。【一昨日】の続き。

つげ義春に関係しているということで参加したコミュニティが「革命的1968年!!!」(235)「井上井月」(5)「鏝絵」(29)の三つ。

1968年とはもちろん『ねじ式』が発表された「革命的」な年であり、「一九六八年という年は私たちの芸術にとって、つげ義春という奇体な漫画作家の出現によって記憶されなければならない。」(天沢退二郎『つげ義春覚え書』)というフレーズとともに、つげファンにはお馴染みになっている。天沢の論考自体はもはや論破されたイメージがあるが、使ってみたくなる名文句だと思った。「一九六八年という年は私たちにとって、『ねじ式』という奇体な漫画の実験によって記憶されなければならない。」これで批判はこないと思うが、どうだろうか。

井上井月(いのうえ・せいげつ)は『蒸発』にも登場した漂泊の俳人。鏝絵(こてえ)は『長八の宿』の左官屋・長八つながりだ。この二つのコミュニティはどちらも参加人数が少なく、「隠れ家」的面白さがあって、よく覗いている。井月については、現在つげとの関係で語れるように原典『井月全集』(下島勲・高津才次郎)『俳人井月』(長谷川亮三)を読んでいる最中。年が明けたら活動拠点とした伊那にも行って来ようと思う。長八については、伊豆長八記念館を素通りした時点で、私には既に語る資格がない。

ほかにも「流れ雲旅」巡礼で四国を廻って以来、ずっと気になっている「石仏」のコミュニティが幾つかあった。入ろうと思って覗いたらみうらじゅんの匂いがプンプンしていたので、やめた。B級の楽しみを否定するわけではないが、石仏の赤い涎掛けは「大衆の憤怒」だとするクソ真面目な「流れ雲旅」路線からはだいぶ外れる(必ずしもそうした見方に賛同しているわけではないが)。ちなみに『つげ義春流れ雲旅』の文章はつげによるものではないため、全集に収録されず、朝日ソノラマの単行本も旺文社文庫もとっくに絶版になっている。意外と面白いので復刻してほしい。


つげとは全く関係ない趣味として、オイル・ライター「zippo」関連で「ZIPPO」(494)「ZIPPO着火テクニック研究会」(133)「ベトナムZIPPO」(8)に入った。着火テクもベトナムzippoも男のロマンである。ダンヒル?ハッ!……笑ったのは「Zippoが超好きでも無くす人」(80)。2度の苦い紛失経験があるので(1941レプリカと自家製のふたつである!)、即参加を決めた。いやしかし、アホさを強調するために「超」ほどしっくりくる言葉もないなァ。

茅葺き民家のコミュニティは、建築科の学生や民家園の従業員などが専門的な討論をしており、活発で面白いのだが、割って入れないのが悔しいところ。「建築に薀蓄は必要ない」なんて言っても「含蓄」は必要で、そのためにはそれなりの知識が前提となる(韻を踏めませんでした)。まずは「茅葺」(29)で1年間ROMらせてもらおう。それからだ。

建築関係では、前回触れた廃墟系と「日本家屋」(2024)に参加。どこのご多分だか知らないが、ご多分に漏れず、私も「なんとなく」古い町並みが好きなだけなので(筒持ってる奴らみんな去ね!)、非・茅葺建築に関しては完全に見て楽しめればいい。というスタンス。


……スタンス?

そうだ、趣味以外でもタイトルで笑って参加したコミュニティが幾つかある。「袋?タグ?ガッ。ていうスタンス」は、まさに私の好きなタイプのパロディだったので参加。説明文をここに引用すると、『開けたい袋』の冒頭は次のように始まる。

【イライラする。胸がムカムカするほど固く閉じられた袋は力を込めても開かなくて、腕が疲れるから、せめて周りには見えないように、私はスナック袋を歯で噛み千切る。何度も、何度も。袋を裂く耳障りな音は、イライラの元を消してくれる。猛々しく見せてくれたりもするしね。お菓子袋? 商品タグ? ガッ。っていうこのスタンス。あなたたちはハサミで開けてはしゃいでいるみたいですけど(苦笑)、私はちょっと遠慮しておく、だってもう我慢できないし。ま、あなたたちを横目で見ながらポテトチップス(のりしお)でも食べてますよ、猛々しく。っていうこのスタンス。】

「うまいなあ」というより、このシツコさが堪らない(というか別にうまくはない)。コミュニティの開設日が「りさタソ」ブーム遥か後の2005年8月というところに、いっそう親近感が沸く。こりゃ負けちゃおれんと、私もパロディ・コミュニティを作ってみた。


自意識の宴会所、「samixi(サミシイ)」。ほとんどタイトル画像を作りたいがためだけに開設した見切り発車のコミュニティだが、「自虐系のネタが集まればいいな」という構想が薄ぼんやりとある。が、参加人数は増えず、今のままではたいした展開は期待できそうもない。誰かどうにかしてくれ。

samixi.jpg
「samixi(サミシイ)」参加者大募集


作るタイトルも惹かれるタイトルも自然自虐系で統一されて困ったものだが、「僕がしゃべると誰かが怒る」(297)「朝マックが食べたいが起きれない」(29)「芸術家はニートじゃない」(27)など、参加してからだいぶたった今でも笑える、名コミュニティを発見。こういう<出落ち>系企画は、人数が増えて勝手に転がり出すまでは、暫く「滑りっぱなし」の悲惨な状況に甘んじなければならない。だが、健気な低空飛行もまた面白い。

開設したコミュニティはもう一つある。演技論を語るための「俳優よ、矢面に立て!」だ。

engi.jpg

「演技力を語るのは役者の特権ではない。受け手たる全ての素人が、テレビ・スクリーン・舞台の前で、感性と教養に従って独断すればいいのである。

キムタクの演技に魅了されて何が悪い?
三船敏郎が大根に見えて何が悪い?

決めるのは誰だ?

俺だ!
俺様だ!

一緒に直感で演技論を語りましょう。」


こうして説明文を読み返すと、何だか早くも「痛く」なっている気がするが、演技論を専門に語るコミュニティがなかったので作ってみた。そもそも直感でしか計れない(と考えている)ものを語り合うなんて、最初から矛盾を孕んでいるようだが、各人の譲れないラインが見えてきて面白いのではないか。映画を見ていると「映画=演技でよくない?」という暴論を吐きたくなる日がきっと来る。そして、その日から単純化の欲求を制する共闘が始まり、いずれ反動的に「映画=映画」という正論に戻っていくのだ!

このコミュニティ、目下、参加者は私ひとり。

「作成後1ヶ月経っても登録数が1人の場合、また複数参加者がいる場合でもトピックの無いコミュニティは削除させていただきます。mixi」


助けてくださいッ
誰か助けてくださいッ(セッカッチュー)
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