BLOG馬場毎日 sawayaka

視界不良の馬場より金ゐ國許が綴る、満願成就三千里手前の幸福雑記

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川崎民家園の思いで 補

つげも川崎民家園には行ったことがあるようだ。「貧困旅行記」中の「養老鉱泉」には以下のような記述がある(養老鉱泉については2月後半掲載の『週末から9』収録予定)。


「私の住んでいる所から自転車で三十分の所に川崎の民家園がある。全国の古民家を移築復元して集め、江戸時代のものもあるが、何故か最下層民家はない。」


実につげらしい疑問の持ち方だと思うが、私も民家園を訪れたとき、はっきりと違和感を覚えた。

確かに民家園には滅多に見られない茅葺が密集していて、しかもそれらは綺麗に手入れされて、茅葺好きの私をかなり昂ぶらせたが(財布をなくした)、しかし、およそ民家らしくない風情は、同時に私を落胆させもしたのである。保持のために縁側にすら上がれないのは、まあ、いいとしても、目に付くのは茅葺どこ吹く風でいちゃつく阿呆カップルの群れ、囲炉裏を囲んだ空々しい親子連れ。どこからどうみても民家園は単なるテーマパークだったのである(ちなみに、ホームページには「次の場合は事前許可が必要ですのでお問い合わせください」として、「写真等の掲載」が挙げられている。ネズミーか!と。そうか、そういうことだったのか!)。

私は以前、別の場所で「歴史的環境は確固たる連続性を基盤にしなければならない。連続性とは単に保護運動の継続性を指すのではなく、アイデンティティの在り方でもあり、まとめて「能動性」とよぶことが出来る。すなわち、ある環境において能動性が欠けた場合、それは歴史的環境ではなく、単なる自然環境であり、特段保護されるべき事情を欠くことになる」と書いた。無くなったら無くなったで大騒ぎするくせに、我ながらつくづく極論・暴論だと思うが、そう嘆きたくもなるような不自然さが園内に充満していた。

いったい、年月を供に経てきた土地から切り離されて、古住宅がその美を保てる道理があるだろうか。ためしに遥か南方より移住せられた茅葺の建造物を見てみるがいい。民家の民家たる所以である民の面影もなければ、その形状と不可分に結ばれた風土の消滅は、滑稽さばかりを増している。造りのばらばらな建造物が一堂に会す表面上の違和感は言うまでもなく、建物を理解するために必要以上の複雑な思考が要求されて、すんなりと入ってこない。

仏の世界を見よ、そこには美に対する如何なる執着もないではないか…………いかんいかん、すっかり柳宗悦ってしまった。

このような話を同行した会員と話していると、従業員がいきなり声をかけてきた。


「テーマパークとの違い、分かるかな?」


分かるわけあるまい。


「全部本物だってことだよふふふ」


一生やってなさい。



【参考リンク:川崎市立日本民家園
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