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視界不良の馬場より金ゐ國許が綴る、満願成就三千里手前の幸福雑記

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雑感・マンガは面白かったのか?(その1)

高田馬場つげ義春研究会Web会誌『週末から』の、おそらく第一期終刊号となる第9号が、いよいよ3月15日に掲載される予定です。「最後」とかけてみました。本当は「ついには最後」とかけてみたかったんですが、生きてるか分からんdeath死ね。諦めました。

現在、ネットでは【たけくまメモ】を中心に「萌え」論が盛り上がっておりますが、残念ながら、今回の『週末から』に「萌え」論的要素は一切ありません。というか、論的要素すらあるんだかないんだよ。つい先日「いい加減『つげ義春以後論』を書け」というありえないありがたいメールを頂いたばかりなんですけど、その人の期待には応えられそうもないので、先に謝っておきましょう。ごめんなさい。いつもどおり、旅行記が中心の温い感じになると思います。昨今のマンガ論ブームと遠く隔たったところで閉鎖的に楽しんでいる馬場つげ研の、それでも今後の発展の礎となるべく、ほとんど一人でぐだぐだ書いています。


さて、【夏目房之介のブログ】のブログを読んでいたら、次のような記述がありました。

やっぱりマンガ面白いっす。率直にそう思うですよ。だって、少し前からだと『BJによろしく』『ハガレン』『DEATH NOTE』『のらみみ』『シグルイ』『もやしもん』・・・浦沢直樹にかわぐちかいじ、よしながふみに三宅乱丈、そいで『黒沢』『バガボンド』でしょ。例が青年マンガに偏ってんのは、世代的に勘弁してもらうとして、マンガ、全然つまんなくないじゃん。何で「つまんない、つまんない」ってみんないってんだろう。若い読者は別にそんなふうに思ってないんじゃないのかな。だとしたら「つまんない」って、もし批評家の言葉だったら彼らに失礼だと、僕なんか思うんだよねー。

こういう書き方をされると、オヤオヤこの人は何を考えているのかな・・・・と思うわけで、正直、「正気かよ」と疑ってしまいました。さらにコメント欄では、私が辛うじて共感できた昨今のマンガ研究者・竹内オサムを『テヅカ・イズ・デッド』の伊藤剛が批判しているわけです。

伊藤氏が「とりあえず叩きつけただけの」「論旨ぐちゃぐちゃ」だと言う竹内オサムの文章は短く、まあ議論に向かっていない部分があったので、私も満足できませんでしたが、「マンガは、かつてなく豊かである」と述べる若手研究者・宮本大人に対して「ぼくなどは本気なのかと疑ってしまう」と率直に見解を述べるスタンスは(論理的かは置くとして)常識的であるように思いました。

そう言い切る理由が私と竹内氏とで異なるだろうから(私は宮本論文に「「かつてなく豊か」でこの程度の対社会影響力、対人間影響力しかもたねえのか?それならなんでアンタわざわざ研究してんだ?」などと突っ込んだりしてました)、満足できないのですが、萌え系であったり、ある意味「マンガをめぐる言説が追いつけなくなった」とされる作品群に、どうしても賞賛の言葉を与えることができずにいる私には、「依然面白い」派言説より、よっぽど共感できたのです。

そりゃそうだ、「面白くない」と思ってんだから「面白い」派より「つまらない」派の方がしっくりくるだろう、そういう真っ当な反論も予想されますけど、やっぱり、「つげ義春以後」ってものを期待する人間としては、ここらで言っておきたいのです。


「マンガは面白かったのか?」
(このように無責任に簡略化すると論争の火種をばら蒔くもしくはスルーされることになりますから皆さんは注意してくださいネ)

あるいは、極一部の例外が面白かっただけではないのか?
今まさにマンガは面白くなっていこうとしているのか?


本当にこの手の見解に対する反論マニュアルが用意されてそうなぐらいステレオタイプなことを言いましたが、私はわりと暴論を恐れないタイプの素人ですからね、言っちゃいますと、たとえば『黒沢』が「面白い」っていうときの「面白い」ってのは、本当に「面白い」んでしょうか。私の基準からすると「面白くない」んですよ。「すげー面白い」って言いながら単行本を何冊か買って、すぐブックオフだとか、ブックオフに行くのも面倒だから廃棄されたりしちゃう「面白さ」なんだと思う。

そうじゃないって人もいっぱいいるでしょうから、どうにも弱いんですが、ただ自信を持って言えるのは、『黒沢』には、それに代わる選択肢がいくらでもあるということ、(瑣末な部分はともかく)マンガ表現のパラダイム変換を促す下地作りに何の影響も与えないということです。

おそらく読んだ人間にまったく影響を与えないということはないでしょう、もしかしたら人生を変えられちゃう人もいるかもしれません。しかし、その影響は他の作品からも受けることのできるものなのです。そして「なぜマンガなのか」という根本的な問いへの視座は用意されていませんから、表現の深化とは無縁だと思うのです。

そういう作品、そういう表現が「娯楽」の最良のあり方だと思うのならば、もう仕方がない。ザッツ・オールです。「ひとつになれないからキスをするんだよ」と326も言ってましたよ。

現実世界では、そういう人ともそういうスタンスを理解した上で付き合っていかなければどうしようもないわけですが、でも、私は「マンガ好き」を自称する人がこういうスタンスを貫くことに抵抗を感じます。だって、マンガが本当に好きならば、マンガという表現形態そのものの可能性に期待を抱くと思うのですよ。

『BJによろしく』、面白いですね。実に面白い。私も単行本買ってます。しかし、これってマンガじゃなくていい最たる例です。『ハガレン』、笑えるし、泣けるし。読ませますよね。単行本全部持ってます。しかし、これってアニメでいいですよね。

テーマ至上主義だって誤解を避けるためにこういう書き方をしましたが、内容に限って言えば、どちらも「取るに足らない」と一刀両断できる作品だと思いますよ。もちろん『黒沢』もそうですが、もっと考え抜かれた作品、きちんと機微が描かれた作品、登場人物が魅力的な作品、マンガに限定しなければいくらでもあります。そして、それらが他メディアに移植可能な作風を現実に採っている以上、マンガに限定される必要は全くない。

真の意味でマンガという表現形態の可能性を追求せず、内容も他ジャンルに劣るようなものを、あろうことか「マンガ好き」が褒めるのは、やっぱりおかしいですよ。

思うに、マンガってやっぱり舐められてますよ。比較的新興の文化だから甘やかされているんでしょうかね。だって『NANA』ですよ?本気で『NANA』が「傑作」だとか「名作」だとか思ってる人はおらんでしょう。恐れずに「陳腐だ」と言いましょうよ。作品解釈はつまるところ、作品価値ですよ。まあ、「傑作」だと言っている人もいないかもしれない、なにせマンガの評価は「すごい!」ですからね(皮肉)

論のためのマンガではない、マンガのための論なのだ。マンガのための表現ではない、表現のためのマンガなのだ。そう思う。まとまらないので続きはまたどこかで。
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