BLOG馬場毎日 sawayaka

視界不良の馬場より金ゐ國許が綴る、満願成就三千里手前の幸福雑記

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

つげ義春特集号1 えすとりあ

esutoria.jpg

えすとりあ
創刊号(季刊1号) つげ義春特集号
1981年10月20日 280円 44P

【つげ義春関連】

? 現代漫画の問題点(1)つげ義春―貸し本漫画から現代漫画までの自伝的漫画論―/つげ義春インタビュー・ゲスト つげマキコ夫人 (長男)正助クン
2 つげ義春年譜/山城和己
3 表現世界としてのつげ漫画/蕃いくお
4 私の絵日記/藤原マキ
5 落丁した数コマに闇を見る/寺原孝志
? ゲンセンカン感染源/田村治芳
7 「ガロ」が「ガロ」だった頃の「ガロ」周辺の断片的回想/あらいあきお

※○は特に読んでおきたいもの

【付記】

「完売でも赤字という絶望的な本」である『えすとりあ』は、毎号一人の漫画家を取り上げた、確か全4号の同人誌である。
「確か」と書いたのは、始末記的な文章をどこかで読んだが、掲載誌を忘れてしまったからで、今のところ断定はできない(手元にある4冊以外にオークション等でも見たことがないから、おそらく記憶は確かだと思う)。
当初年4回全8号の予定でスタートしたが、つげ義春の他に、寺田ヒロオ(第2号、82年)、水木しげる(第3号、82年8月)、山川惣治(第4号、83年2月)の四人を特集したところで終刊した。特に、メディア露出が極めて少なかった寺田ヒロオを特集した第2号は様々なところで引用参照されている。

【付記・1】

 インタビューはつげ義春的“マンガ産業論”から始まる。「マンガでビルを建てた出版社」に「利益の還元を、マンガの中でやってもらいたい」と言うインタビュアーに対し、つげは「マンガに関しては、どこの企業も軽く甘くみている」「いいマンガを残そうとかいう気持ちもまったくない」と現状を批判的に語るが、続けて「大資本にやってもらおうという発想がダメ」と冷静に分析する。
 優れた作品が生き残っていくためには、売れなくとも描き続ける(「一生懸命描きたい物を」「自費出版なりなんなりして本を出」して描く)作家の姿勢と、売れなくともそれを支え続ける(大資本による後押しがなくて情報を入手しにくくても「読者の方から盛り上る」)読者の姿勢が求められる。実り少なく労多き貸本時代を経て名作をものにしたつげの言葉だけに、重い。


 自作の“難解”と呼ばれる作風について、つげは“難解”マンガを「ただ難解に描いていて本人にも解らない難解」と「難解であっても、ちゃんと理由のあるマンガ」の二つに分けて話している。前者はもちろん駄目で、後者がいいマンガであるとし、畑中純の『跋折羅』時代に触れて、「あの人の難解物は、難解でいいものかと言えば、よくない」と述べ、商業的な成功を収めた『まんだら屋の良太』を「心に残る娯楽」と賞賛している。

 ここでのつげの発言は、いくぶん“難解”賛美に傾いていると読めなくもない。つげがいたずらに難解な作品を評価しないのは先に引いた通りだが、そこには『ちゃんと理由があれば自ずと難解の様相を帯びる』というニュアンスが含まれているようにも聞こえる。実際つげが評価する作品にはどことなく“難解”なものが多いが、つげの“難解”好きの傾向は、マンガ全般に辟易している中で一風変わった作品にのみ辛うじて脊髄反射的反応を起こすからでも、単にインテリ的知的遊戯の題材になる作品を好むからでもないだろう。そこにはつげのみならず、表現の達成を感じ取る作家の鋭い嗅覚がある。

 高次の表現意欲は、≪高次への≫表現探求であり、まず既存のスタイルからの逸脱として現れる。しかし、文芸・美術作品の歴史を見ても解るとおり(たぶん)、いつまでもそうした状態にとどまるはずがなく、やがて外見的な“難解”は影を潜め、しばらく実験は『内にむかう旅』に出ることになる。そして旅から無事生還した者たちだけが、スタイルを含めたメディアとしての特性を手土産に、≪高次からの≫表現を始めるのである。
 ≪高次からの≫表現とは、作家精神が絵に宿ったり、ストーリーに宿ったり、はたまたラストに宿ったり、といった部分的なものではなく、受け手や社会をも含んだ総合的な表現である。総合的とは、例えば「アンポ?なんですそれ」というセリフがあって、いくらつげが竹林の賢人に見えたとしても、アンポの影を作品に見る努力が無意味ではないという表層的な意味でもあり、表現行為が作品内で完結しないという意味でもある。つげはそうした段階に到達した稀有な表現者であって、だからこそ、自らが試行錯誤のうえ通って来たプロセスの萌芽を「理由」のある難解に認めるのだろう。

 つげはインタビューの中で、優れた“難解”のもつ「理由」を「読み切れない人」は「もうやむをえない」と述べているが、同様の発言がメジャー誌において(リップサービスなのか)過激さを増すため、「つげ義春は読者のことを考えないで描いている」という驚くべき見解に出会うことがある。しかし、「やむをえない」と “切り捨てる”つげの真意が、読者を無視して自分本位に描くことでないのは明らかである(だいいちつげのキャリアを紐解けば、そういった考えがむしろ不自然なのがわかるだろう)。読者の選別は素質ではなく関心の有無に依って為されるわけだし、先に触れたつげ作品の方向性を併せて考えれば、スルーされていると感じるのは、その怠慢、無関心のためであり、被害妄想逞しく批判するのはお門違いと言えよう。
 しかも、読者を選別しているとは言え、昨今の少年マンガと比べれば、その態度はまったく傲慢でなく、むしろ良心的であることがわかる。つげ作品よりも遥かに「敷居が低い」少年マンガだが、読者が求める(と一部の人間によって横暴にも看做されている)ものを従順に取り込んだ結果、読者を軽視さらには蔑視しているとしか言いようがない作品が散見される。読者を無視どころか、読者を求めるからこそのつげ作品であり、これがつげ義春がつげ義春たる所以であると私は信じて疑わない。

 つげにとっては「技術的なレベルなんていくら上ったってしょうがない事」であり、肝心なのは「マンガの訴えている所」だと言う。その点、貸本マンガには「描き手自体のせっぱつまった叫びが聞こえてくるようなものがあった」と述べ、大多数の貸本マンガが低俗だったと反駁するインタビュアーに対し、つげはこれを完全否定している。私が所持する数冊の中にさえ救いがたい作品があるのだから、いくらなんでも貸本マンガ全体が優れているはずはない。80年代のマンガ状況に強い不満を抱くつげの姿が見え隠れする。


 作中人物と本人の近似についてインタビュアーが語ると、つげは自作が「私小説的なスタイルをとっていて、実はほとんど創作」であることを強調し、「いかにだますかという物が大切」であると述べている。ファンにはすっかりお馴染みの問答であるが、ここでつげが「私小説的」であることを自認しており、「私小説的」であることの核に読者を「だます」ことを置いているのは、私の目にはとても重要なことに映る。つげの発言は、(いい加減くどいが)つげが読者のことを考えている証拠になるし、メディア的な自己分析が正確に為され、それを逆手にとっている点からも、作家の自意識の有様が理解できる。しかし、それ以上に、つげの表現が何を軸に変化してきたのか、つまり目的の所在がわかるのではないだろうか。

 言うまでもなく、つげが重視する「だます」こととは、ミステリ的どんでん返しのことではない。さらに、ミステリのように「だます」のが作品の主題ではなく、「だます」ことの後背に潜む表現の本質を読者に理解させるために、そういった自らの戯画化を試みたと捉えることができる(つげが『沼』以前にミステリを多数描いていたのは興味深い事実である、ついでに、ここでもまた「読者」が登場した)。結論から言うと、つげにとっての表現とは、物語る行為が発生する領域すなわち「物語領域」の提示だと私は考えている。
 『つげ義春に会いに行く』第二回でも触れたことだが、本来的に作品世界に≪埋もれた≫存在である登場人物たち(そこに真の意味での主体的意思はありえない)を作品世界外の我々とリンクさせるためには、両者間の「距離」が問題になる。『つげ会い』や映画評ではその距離を「断絶」として片付け、両者の関係を彼岸から此岸への「眼差し」と称するしかなかったのだが、しかし、「距離」とは伸縮自在な概念であるし、全てを含合する試みがつげの方向性ないし可能性だとしたら、「距離」に着目するのはそもそも無意味なはずである。それでも私が「距離」という語を使い続けるのは、読者と登場人物(より正確には作品世界を切り取る主体の存在)との間隔こそが問題の「物語領域」であって、つげ作品から受ける印象は、多様でありながらも、それを形作る両者がそれぞれ何処まで踏み込んでいるのかという、「程度」によって一貫した分類を図ることができるのではないかと思うからである。

 つげは “旅モノ”を経て、『ねじ式』を経て、“夢モノ”を経て、「私小説」へとたどり着いた。一連の“調布モノ”では、舞台装置的世界でも超現実的世界でも無菌室的世界でもなく、「私小説的な」世界を採用することによって「私」を明確化する試みが行われている。こうしたつげの“転向”について、馬場つげ研座談会『つげ読む者の孤独』の中で、私は、それがある種の論理的必然だったとしても「私小説」化は世界観による「距離」の短縮(の読者への要求)にすぎないとし、近づきすぎた読者は、読者と断絶したところで展開された『ねじ式』の実験室的な真理の存在に気付かないと話した。そして、これをもって私は「私小説」という方法元来の限界だと述べた。もちろんそれは作者と作品世界と読者とに関係付けられた「私」という特殊な状況がもたらす、『ねじ式』とも“夢モノ”とも異なる「物語領域」の処理の「程度」を認めた上での発言だったが、それでは読者に委ねられる部分が大きすぎ、作品評価という点では『ねじ式』や“夢モノ”に劣ると考えたのである。

 しかし、つげがこのインタビューにおいて(私の見解とはかなり違った意味、おそらくおよそ“難解”らしくない意味で)重要なのは「マンガの訴えている所」だと言っているにもかかわらず、「物語ることによって何を「訴える」のか、それは物語ることである」という私の同語反復が許されるとしたら、作品の「私小説」化が、つげが読者の存在を「物語領域」の構成要素としてより強固な存在に設定する段階へ進んだということであり、≪高次からの≫表現がいよいよ完成に向かったと考えなければ矛盾する。はたして「私小説」マンガの読みやすさは、“難解”故なのか、「老成」なのか。結論が出るまでには時間がかかりそうである。


 その他、初めてつげ義春特集を組んだことでも知られる漫画評論誌『漫画主義』同人について、「マンガの見方っていうのか、マンガの係わり方が全然違う」と絶賛、勝又進の民話的作品について「僕はわりと好きですね」、僕(金ゐ)もわりと好きですね、NHKドラマ『紅い花』に触れて「くだらないと思う。あんな程度で賞を取れるなんて、テレビのレベルが低いなと思ったね」とバッサリ。夢モノの絵柄について、頭の中にあるイメージに「技術が合わない」ため、「非常に苦心しているんだけど、成功していないんだよね」と言っているが、これについては他の機会に譲る。

 最後に、つげが『ドラえもん』を「マンガじゃ読まない」が「時々テレビで」見ていることが判明している。今までのつげ義春解釈を根底から覆す衝撃の事実である。
スポンサーサイト

COMMENT

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

PLEASE COMMENT

管理者にだけ表示を許可する

TRACKBACK

http://kunimotokanei.blog8.fc2.com/tb.php/39-662b1091

 HOME 

Calendar

08 « 2017/09 » 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Administer

Monthly Archive

Categories

Recent Comments

Recent Trackbacks

Recent Entries

Blog Pet


私のブログを盗み見て言葉を覚え、話しかける(クリックする)と返事をするらしい。あまつさえ勝手にエントリーにレスをつけてくるという。名前の由来説明は不要だと思うが、詳細なプロフィールが知りたい方&「なんのこっちゃ」と思った人は上の「ねずみ」という文字をレッツ・クリック。

占い

Catchphrase

Profile

Administer

Others

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。