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視界不良の馬場より金ゐ國許が綴る、満願成就三千里手前の幸福雑記

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帯のはなし、『初期短』と緒川たまき的(上)

2003年5月からわずか二ヶ月の間に全4巻が刊行された、講談社版初期アンソロジー『つげ義春初期傑作短編集』(通称『初期短』)。このシリーズの帯には、「各氏絶賛!!」として著名人の推薦の言葉が載っていた。今回はこの帯について少し書いてみたい。

『初期短』は実にマニアックな内容であり、私はこのシリーズを「最後に読むべき本」と位置づけている。無論、「いいや○○が最後だ」という候補はいくらでも挙げられるだろうし、実際、「最後」と言っておきながら、私は収録作品すべてをかなり興奮して読んだ。十二分に楽しませてもらったのである。

しかし、それでもやはり『初期短』が、ブレイク近辺の衝撃的な傑作群や円熟の80年代諸作品を収録した単行本に比肩するとは言い難く、1600円は資料的価値に負うところが大きいと思われた。やはりつげ義春はつげ義春だった、当然そのような好意的な感想を持った読者も多数居ただろう。が、コアなつげ・貸本ファン以外の人に<マストアイテム>として薦めるには、『初期短』は明らかに適さない。もし文庫版を何冊か読んだだけの貴方にセット買いを強要する友人がいたとしたら、そこには何か別の思惑があり、おそらく三日後には新たなつげ義春研究会が発足していることだろう。

初収録のエッセイやリライト前の作品などは確かにマニア垂涎、初出誌をいちいち取り出す手間を省いてくれたが、裏を返せば、『ねじ式』『紅い花』の読者が楽しめるかどうか非常にギリギリのラインをついているわけで、ギリギリの場合、往々にしてラインはオーバーしているものなのだ。頼りの資料的価値にしても、ある種の極みに達している感があった。

解説にて、シリーズ企画者の香川眞吾は「とりあえず漫画家つげ義春の全貌がほぼ明らかになったということで、今後新たなつげ作品、ひいては日本の児童漫画史や貸本漫画史の研究の進展にも、このアンソロジーが一役買ってくれるとうれしいものです」と書いている(なんと良心的なコメントなのだろうか!)。漫画史研究の資料とは、これを極みと言わずして何と言うのだろうか。つい最近知ったのだが、通常人は、「マンガ好き」を公言している人でさえ、べつに漫画史に興味津々というわけではないらしい。

今後も『リアリズムの宿』『つげ義春の温泉』のような企画本は出続けるだろうが、このシリーズの刊行によって、純粋な資料集ないし漫画集としてのつげ本が、限りなくラストに近づいたのは紛れもない事実である(ちなみに青林工藝社は既に『ねじ式』という誇るべきラストを持っている)。「豆本の廉価版」という言葉が矛盾せずにはいられない以上、もはや読者は年譜の改訂や対談・特集記事の復刻を待つばかりである。

さて、どこかで書いたことがあるようなことを長々と書いてきたが、つまり、このシリーズが来世紀まで語り継がれる偉業であることは言うまでもないが、だからこそ帯も、この本を買う「お客様」すなわちコアなマニアに向けて「テッテ的に」作って欲しかったのである。帯のみの推薦の言葉を入れたのは、コレクターへの配慮があるのかもしれない。しかし、くどいようだが、これは「最後に読むべき本」、「究極の逸品」なのである。それに付ける推薦の言葉だということをきちんと認識した上で、人選が為されたのだろうか。

『初期短』第一巻の帯には、【水木しげる】と【魚喃キリコ】というふたりの漫画家の言葉が載っている(詳しくは【リストを参照】)。


●水木しげる氏(漫画家)
「つげさんが初期にこんなマンガを描いていたとは知らなかった。いずれもマレにみる傑作です!!」

●魚喃キリコ氏(漫画家)
「絵のタッチは違っても線一本一本がやっぱりつげさんで、そうゆうのってスゴイ。ずっと漫画を大切にしているつげさんに、私も近付けたらと思います。」



水木とつげの関係についてはいまさら多言を要しないが、魚喃(なななん)も適役と言える。『ガロ』出身人気漫画家というつながりもあるし、線にこだわる作家からの考察は、帯だけではもったいなく、いつか論として展開して欲しいと思った。


第二巻は【佐野史郎】と【佐伯日菜子】の俳優コンビ。


●佐野史郎氏(俳優)
「つげ作品は、もはや漫画芸術としての金字塔を打ちたてている。けれど、これら初期の作品群は、漫画そのものを楽しみ、楽しんでもらおうと格闘するエネルギーに満ちている。文化やらなんやらとは無縁の童心に戻れる。」

●佐伯日菜子氏(女優)
「デビュー作『毎日が夏休み』でご一緒した佐野史郎さんが『ゲンセンカン主人』に出演され、映画を観に行ったのがつげさんとの出会いだった。今まで感じた事のない不思議なエロティシズム、痛い程眩しいノスタルジアとの出会いだった。



佐野は大のつげフリークとして知られ、映画『ゲンセンカン主人』では主演を務めた。「もはや?、けれど―」という伝統的なマニア言説の用法に、いかにも「つげ作品に一家言あり」といった印象を受ける。批判されそうな隙を見せながらも迎撃体制はバッチリ、という周到さには、佐野のマニア体質が如実に表れており、これから始まる読書体験が通常とは異なる意味を持ち、綿密極まりないものになる(べき)ことを予感させる。シリーズの漫画史的意味を問いかけているという点においても、やはりつげマニアである。

一方の佐伯日菜子のコメントはと言えば、出会い語りになんと半分を費やしてしまうマニア度の低さ。「今まで感じた事のない不思議なエロティシズム」はいいとしても、「痛い程眩しいノスタルジア」とはいったい何のことか。アイドル映画のタイトルか。佐野史郎さんは真上に登場しているのだから書く必要はまるでないし(編集の問題か?)、無闇に世のニートを挑発するのは得策ではない。

ホラーファンとしては彼女を責めたくないが(あの「貞子」なのだから)、いかんせん「究極の逸品」への参加である。重箱の隅をつつき、揚げ足をとられる覚悟、今風に言えば、号泣する準備はすっかりできていないといけないのだ。

しかし、佐伯のコメントを軽々吹き飛ばすディープ・インパクトが訪れる。第三巻に登場する、女優・緒川たまきである。(つづく)




補足情報

闘病中の白取さん(元『ガロ』副編集長、当会の略称「馬場つげ研」の名付け親)のブログに水木しげる関係の記事が掲載されていました。【漫棚通信ブログ版 [水木しげると手塚治虫]で思う】【水木しげると同時代にいることに感謝せよ!】・・・確かに名コピーです。つげ義春と同時代にいることに感謝せよ!
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