BLOG馬場毎日 sawayaka

視界不良の馬場より金ゐ國許が綴る、満願成就三千里手前の幸福雑記

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セカチュー詐欺

かないもしない夢を見るのはもう/止めにすることにしたんだから/今度はこのさえない現実を夢みたいに塗り替えればいいじゃん」(mr.children『蘇生』)


だからその方法を教えてくれって
きっとできねえよ



金ゐです。

ブログを書いている暇がないので(忙しいアピール)、gooブログの過去作を再掲します。題材は『セカチュー』。「お前何年遅れてんだ」と言われてしまうかもしれないですが、4年半だよ。悪いか(原作は2001年4月、その後04年にブレイク)。

でも、期せずしてドラマ版のロケ地となった伊豆松崎を訪ねたのが今年に入ってからですから(このときの模様は『つげ義春に会いに行く』特別篇3「長八の宿」に詳しく書きます)、自分的にはギリギリOKです。

近々テレビで映画が放映されるらしいので、なんともグッドタイミングですよね。

正直私はセカチューに亜紀ちゃったですけどね(死



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



大ヒット映画『世界の中心で愛を叫ぶ』がやっとレンタル開始された。早速借りてきて観賞。最近はプロジェクトでかなり忙しく、映画一本見るのも睡眠時間を削って、ようやくだ。既に日付が変わっている。十分癒されて、ぐっすり寝よう。


が、案の定ミモフタモない内容。丸きり泥仕合。

何処で泣くの?何がいいの?
こっちが「助けてください」だよコラ

泣いた奴らは多分、恋人が死んだばっかりで、それだったら泣くしかないよな。しょうがないしょうがない、それはしょうがないでしょー、そんなことを自分に言い聞かせながら床に就くが、イライラして眠れない。実は一週間以上貸出し中で、結構期待が高まっていたのだ。



くそっ、裏切られた。
この悔しさ何処にぶつけようか!




あいつだ。






「せいぎょう」の馬鹿だ。




深夜3時50分。
私は友人をたたき起こして、「セカチュー詐欺」を決行した。




「もしもし、いま『セカチュー』見たんだけどさ、凄すぎたから電話した。悪い、寝てた?」

「うーん、まあウツラウツラしてたとこだけど。」

「ごめんね、でも、本当にやば良くてさ『セカチュー』」

「本当に?嘘だろ(笑)」

「いやマジなんだって。俺も馬鹿にしてたんだよ。でもさ、恥ずかしながらも号泣しちゃったよ」

「疲れてたんだろ?」

「そうかもしれないけど、あれは凄いよ。トルストイ超えたかもわかんない」

「言いすぎだろ(笑)」

「まあ、ちょっといいすぎたけどさ、でも近時の日本映画の中では出色の出来だ。『ジョゼ虎』なんて目じゃないね」

「ホントに?そんな凄いのかよ。見てみようかな」



 よし。もう一押しだ。



「うん。なんかね、完成度自体は高いとはいえないんだよ。泣かせるために作ってあるっていうのも見え見えだし。役者の演技も大したことは無い」

「じゃあどこがいいんだよ」

「そうだね、とにかく泣けたんだよ。その『泣ける』っていうのも、芸術的達成度によって胸が満たされて、自然と出てきてしまうような感じなの。」

「言うねえ!」

「画面全体に揺ぎ無き悲しみが張り巡らされていて、それがちょっとやそっとの駄目な所を完全に覆っているんだよね。こういう言い方は好きじゃないけど、駄目だから凄いとも言えちゃうよ、あの出来だったら。」

「ベタボメじゃん」

「原作は全然駄目なんだ。でも、映画はいいんだよ。これは、理屈で説明してしまって台無しになってしまった究極の『悲しみ』が、映像では生かされているからだと思う。大衆向け映画がここまでやるとはねえ・・・。ほとんど腰を抜かしたね。僕は。特に大沢たかおがさ、」

「言わないで!見るから」



 
釣り上げた。

尾道と大林映画2

緊急情報!日テレ『うたスタ』でサムエルの「残像」が「隠れた名バラード」としてカバーされていた!本人出せ!もっと良くなるぞ!カムバック僕らのSomethingELse


「ちゃお」ってアイタタタタ

5日分のネタが昨日の雷のせいで吹き飛んだので、今日は書くことがな?んもない。ホント何もない。友達もいない_| ̄|○

だから、お寿司握ったりしてました(うま
【参考リンク:スシの握り方


載せることないから、穴埋め的に載せましょう、偶然にも写真に写りこんだ尾道大林作品ロケ地。繰り返しますが、ロケ地めぐりとつげ巡礼は次元が違います。

今回は尾道シリーズ最終章にして最大の怪作『あの、夏の日?とんでろじいちゃん』。何を隠そう、宮崎あおいの映画デビュー作ですね。「宮崎あおい?・・・ああ、セカチュウのアキね」あなたマニアックですね

宮崎あおいが幼少時から高い演技力を持ち、かつそれがいまいち進歩していないことがよく分かるという意味でもとても重要な作品なのですが、なぜか平田オフィスの公式サイトにはこの映画が記載されていないんです(当サイトは2004年のブレイク後に開設された)。登場時間こそ短いものの、重要な役どころだったし、何より大林宣彦と言えば巨匠だろうに。

セミヌードになったのが児ポ法的にまずかったのだろうか。それとも載せる必要が無いと判断されるような作品だったのか。謎は深まるばかり。


まずはホラタコの多吉のアホっぷりが爆発した天寧寺

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写真がずれていて、見ていると吐きそうです

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ヤクザ弥勒は写真のみ(セット?実在?)

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襖の絵がいいですねえー、一瞬【つげ忠男「曼陀羅華奇譚」】を思い出しました

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玉ちゃんの部屋は創作のようですが、寺の裏には確かに墓地が


そして、千光寺山の鼓岩。ポンポン岩ですわ!質問があった「ふたり」で別れたのは不動明王岩というところらしいです。ポンポン岩の後ろにはなぜか手形があって、若貴兄弟のものもありました。

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(写真右)おお、尾道大橋!


大林作品のロケ地の中で最も行きたかったのが「マキマキ」で御馴染み土堂突堤ッッッ

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マキマキマキマキ巻きましょう。マキマキ巻いたら夢の中

ウハ向島丸見え。天気良くてよかったなァ





あれ?行きたかった?

偶然ですよぐ・う・ぜ・ん

ホラーだけ2

ジャパニーズホラー、ハリウッドリメイクの先駆け『THE RING』の場合、監督が『ザ・メキシカン』だったせいか(ホラーだけ2)、とても酷いものになってしまいました。完全に改悪。

「父ちゃん、台無しってどんな台?」
「ハハハ台無しというのはね つまり二つの説があって、『台』は仏像の『台座』のことをさし、どんなに素晴らしい仏像も台が無かったら威厳が無くなるという意味だという説と、『台』は『題』であり、江戸時代に流行した頓知即興において、駄目なお題は盛り上がりに欠けて全然駄目だという意味だよ うん?何の話だ?」

そんな感じでした。

ちょっと見ただけでわかるように、『リング』シリーズの核である「呪いのビデオ」が恐ろしいCGの化物(ホラーだけ2)にすりかえられていて、カウントダウン映画の最重要要素であるはずの「謎解き」がごっそりと抜け落ちていました。緊迫感はゼロ。「ビデオ逆流紀行」という面白企画を捨ててまで超大国アメリカ及びハリウッドが目指したものは何だったのでしょうか。

もちろん技術的に日本版を遥かに超えていたのは間違いないし、CMあがりらしい映像感覚は確かにあった(かもしれない)のですが、そのことで日本版『リング』の持ち味である「ちゃちさ」が失われてしまったのは真に残念でした。そして、大変遺憾であります。

基本的には福田和也が頭を抱えてしまうような与太話にすぎない『リング』が、

(『作家の値打ち』によると、鈴木光司の原作は35点。「紋切り型に満ちたレトリック。目新しくはあるのだろうが、それがどうしたと突っ込みたくなるような種明かし。」「新奇であるにしても、それが何ほどかの感興を呼ぶのだろうか。教えてもらいたいほどだ。」「彼の人気こそが「ミステリー」であり、「ホラー」でもあると云うべきか」・・・・ってそれ本稿の落ちですよ!新奇な落とし方を教えてもらいたいほどだ)

それでもリアリティを持ちえたのは、「呪いのビデオ」をはじめとする作品内の要素が見事に「ちゃちさ」を備えていたからであって、その「ちゃちさ」が親近感を生み、「あ・りィ・う・るゥ!」という幻想を観客に抱かせたのです。

ホラー映画の怖さが制作費に反比例するのはもはや常識ですが、観客がむしろチープな作りにこそ興奮するのは、その「ちゃちさ」に感情移入できるからなんですね。隙間から誰かが覗いている恐怖。「あれ?主人公の性格、いつのまにか変わってない?こんなにアグレッシブだったっけ」
・・・・論理の隙間から覗かれる恐怖!

「制作費に反比例」と言いましたが、もちろん「かっちり」した印象を与えるぐらいにはお金をかけなければいけないわけで、素人ビデオの方が怖いというわけではありません(ホームビデオのその後を想像する恐怖はありますが)。しかも、必ずしも金のかかり具合と「ちゃちさ」加減がきれいに整合するとは限りません。ホーンテッドマンションよりも普通の集団住宅の方が、『スタブ3』の撮影所よりも「にっかつ撮影所」が怖いのは、現実にどちらが金のかかった建築物かというよりも、どちらがよりチープなイメージを醸し出しているかという点から見て納得すべきなのです。

つまり、「ちゃちさ」が生む「ホラー土俗」こそが恐怖の根源なのであります。「ちゃちさ」と「土俗性」の融合による「ホラー土俗」は、人生のやるせなさや、心地よい退廃のかほりとともに、追憶さえ恐怖の対象にしてしまうのです。これが失われたら、もしくはこうした深読みや言葉遊びが許されなくなったら、ホラー映画の魅力は半減どころかゼロになってしまう。

補足しておきますと、私はホラー映画における「土俗性」というものを、意図的にかなり狭く設定しており、概ね好意的に解釈します。例えばあの『狗神』ですら、「ど・ぞ・く!ど・ぞ・く!」と楽しめてしまいます。他ジャンルの作品で土俗性を問題にするときは、「なんて野暮な土俗性アピールだ!甘ったるいオリエンタリズムだ!赤茶色の暴力だ!」と手厳しく糾弾するのですが、ホラー映画は別。稲川淳二?あれはまぎれもなく土俗そのものですよ(ヒゲが)。

これは私が「知的に未熟」(by呉智英)だから、というのもあるんですが、むしろこんな私に「差別」を強いることこそが、ホラー映画というジャンルの特殊性を示しているのではないでしょうか。そういうことにしときましょうよ。ミニ情報あげるから。【「オーメン」リメイク、06年6月6日公開!】・・・地球には時差があるって言うのに。どうせなら6666年6月6日6時66分にやればいいのに(ぉ

さて、そろそろ『THE RING』の話に戻りますが、この米国版は導入部を見ただけで「ナシだな」と確信できるぐらい、日本版の良さを支えていたベクトルがなくなっていました。

物語は、主人公の姪が突然死するところから始まります。その後、彼女がちょうど一週間前に山小屋で呪いのビデオを見ていたことが判明し、話が進んでいくんですが、この突然死のシーン(冒頭も冒頭ですよ)。ここがもう全然日本版と違う。見た人はわかると思うんですが、確かにカメラアングルから何から日本版とほぼ同一なんですが、これが「土俗性」という観点から見ると、全くの別物なんです。

消したはずのテレビがつくシーン。怖いですね。どこから何が飛んでくるか分からない不安。もしかしたらもう怪物が登場するかもしれない!生物としての人間の、暗闇への偏愛がありますね。重要なシーンです。

しかし!
しかしですよ!

米国版ではテレビに「野球中継」が映っていないのです!なんということでしょう(『ビフォーアフター』風に)。日本版では、確かカープ対ヤクルト戦だったと記憶していますが(そのうち何日の何戦かわりだします)、せっかく日本人向けに舞台をシアトルにしたのに、米国版では野球中継はやっていなかった。ほんとにもう、制作者は日本の野球中継が持つ象徴的な意味を教えてあげなかったんでしょうか。

まだあります。主人公は日本版同様、新聞記者なんですが、もうこれが大違い。米国版では、なんと松嶋奈々子じゃないんですよ。ナオミ・ワッツなんて元チアガールみたいな軽快な名前の微妙女優が演じていて、その名も「レイチェル」。うわもうなにこれ。「霊散る」とかけてんの?ダサッ。ブレイク前の竹内結子が演じた姪も、ケセランパサランみたいなリトルマフィアになっていたし。名前も変わってました。つまり、マクダァナル・アメリカは「ともちゃん、のろいのビデオみたんだよ」という決め台詞まで奪ってしまった!

日本版では、女子高生の変死に対する反応は、「もしかしたらカレシが関係するのかもしれないわよ・・・・きゃ☆」といった、実にドメスティックな、いわば「野暮と下世話の狭間」的なものでした。対する米国版はというと、「ヘイメーン、プシーキャッツはノンドラッグでラリってなかったようだぜカマーンソニックブーン」なんて大味なこと抜かしやがって。それじゃあ駄目なんだよ!「ちゃちさ」には繊細さが必要不可欠なんだよ!誰が決めたんだよ!映倫だよ!(つづく)

ホラーだけに

夏といえば納涼。納涼といえば怪談。デジタル世代の怪談といえばホラー映画。
納涼とか言ってお前はまずタイトル画像を涼しげなもんに変えとるやないか、なんて突っ込みはいいのです。この上“娯楽の王様”論争なんか起きたら、きっと死んでしまうよ(ホラーだけに)。

私は幼少時よりホラー映画に慣れ親しんできまして、夏に限らず、オールシーズンで観るのが習慣になっていたのですが、最近はかなり疎遠になっておりました。幾多の危機的状況、すなわち「少年犯罪→ホラー糾弾→R指定年齢引き下げ」という恐るべき(ホラーだけに)流れが生まれた90年代<魔女狩り>の季節(ホラーだけに)においてさえ、ホラー映画だけは手放さなかった私が、なぜ21世紀に入った途端、「キャンプ・クリスタルレイク」から遠ざかってしまったのでしょうか。

だって彼ったら宇宙に行っちゃったんだもん。

ではなくて、ようやく人生が動き始め、忙しくなってきたからなのですね。人間、テンションが高くないと、心臓が無意味な衝撃を求めないのです。
疲れて家に帰ってきて、嫌な思いとか匂いとか、たくさんの負の要素たちが詰まった生暖かい靴下を脱ぎ捨てながら、深いため息をついてリモコンのスイッチを押すとき、人は画面いっぱいに飛び散る臓物や鮮血のグロテスクに拒否反応を示す、「ぎゃああああああ」「ぐちょ!どちゃ!」「しぎゃああああああ」「びちゃ!ごきゃ!」なんて軽快なシゲキックスを快楽とは認識しない傾向にあるようです。

この見解は「現実ってホラー映画よりホラーよね」という至って常識的な(非猟奇的な)一般論にすぎないかもしれませんが、とにかく私はそんなもん全然見る気がしませんでした。疲れているときはやっぱ『皇帝ペンギン』だよねー。なんてぬるそうなホームドラマ(意味違)を観に行きたくなります。もしくは猫とかが戯れる話。ビバ癒し系に流されていきます。

冷静になれば、人間が内奥に抱えるカルマは小動物に支えきれるようなものじゃない(物理的にも)と思うのですが、冷静になりたくない夜もあって、つまりはそれが、普段我々が存在にぞんざいになっている何よりの証なのでしょう(ホラーだけに)。


で、こんなことをだらだら書けるほどに、近頃は心にもゆとりができてきたので、ようやくホラー映画との復縁を果たしました。無闇に生理的嫌悪感を駆り立てるだけのスプラッタを堪能するバイタリティはまだないのですが、今日はDVDで『THE JUON』を見ました。ご存知日本ホラー映画界のホープ・清水崇のセルフリメイク作品です。

有名すぎる?でも、ホラーの前にメジャーマイナーの別は無力ですよ。というかもうホラー大好き。超好き。にゃーん(ぉ

『THE JUON』の製作総指揮はあのサム・ライミ。ライミといえば、デビュー作『死霊のはらわた』が<スプラッタの祖>として伝説化しながらも、『スパイダーマン』などでメジャーでの商業的成功を収めている、実に八方美人なアンビバレントな監督です。
ちなみに数年前に『死霊のはらわた』が20周年を迎え、リマスタリングされたDVDがでたのは記憶に新しいですよね。5.1ch音声、別名“フォーエバーサウンド”というのがソフト再発の売りだったわけですが、そもそもあの映画に高音質が必要なのか、いまだにわかりません。

今回のセルフリメイクはかなり異例なことのようで(『Shall we dance?』参照)、ライミというホラー界の大御所が、ドラマ時代から『呪怨』シリーズの監督をつとめてきた清水のことを気に入り、監督に推したそうです。

内容については意見が別れるでしょうが、この作品が日本映画復権を促進したというか、ハリウッド帝国主義の亀裂を大きくしたことは確かですし、日本人監督がメジャーで初めて正当かつ対等な評価を受けたという意味で、日本映画史に残る重大事件として記憶されるのは間違いないことだと思います。しかもスマッシュヒットしたもんだから(二週連続全米1位獲得)、後続に道を拓いたパイオニアとして清水崇の名は後世に残るでしょう。

いわゆる“タランティーノ・インパクト”(名監督タランティーノの徹底した日本贔屓による日本映画の株価急騰のこと。2004年柳楽優弥のカンヌグランプリ受賞を頂点とする。信憑性には目を瞑ろうね。ホラーだけに)は、おそらく「QTは変人だからネ」という感想を残して、世界に意外なほどあっさりとスルーされました(これは日韓W杯を彷彿とさせる現象です)。

しかし、今回の“JUON・インパクト”は、アジア枠増加のFIFA決定もしくは政府による外国人労働者受入基準の緩和に近い、業界の構造的な問題に根を張ったインパクトであるため、局地的影響や伝説といった曖昧なものに留まらない(うーん、比喩が決まらない。ホラーだけに)。

ま、それでもハリウッドコンプレックスが取り払われたわけではないから、そういう意味ではまだまだ復権は不十分なんでしょうけど、そんなことより重要なのは、清水崇が作った作品が、面白かったということ。はっきり言って、日本版よりもこわかったのではないでしょうか。

私は面白かった原因が、明らかに監督が日本人だったことにあると思うんですよね。(つづく)

この時代

結構前に、『虎ノ門』で井筒監督がブチ切れていた。
『shall we ダンス?』ハリウッドリメイクに対して、「この(動乱の)時代になんで社交ダンスやねん」とお冠。

極めてシンプルな問いの主が娯楽映画の監督だった、というところに興味をそそられるが、果たしてどうだろうか。この問いにきちんと答えられるだろうか。映画についてはリメイク版を見たうえで詳しく書きたいが、まずは問いの答えをしばらく考えてみたい。というよりも考えないといけない気がする。

社交ダンスの代わりにいったい何が入って、何が入らなかったら井筒監督は、我々は満足するのだろうか。マフィアモノや戦争モノだろうか。船の沈没やパラレルワールドだろうか。指輪争いや宇宙戦争?様々なプロテスト?ジェイソン?フレディ(マーキュリー)?富江?富江vs貞子?

おそらく、どのジャンルの文化においても頻出の問題で、様々な反駁の方法が編み出されていることだろう。しかし、それらを知っていてもなお、結論を急ぐと、そこに致命的な回答――例えばこの場合なら「映画」を入れかねない。井筒監督の問いは、もちろんダンス批判でも、商業主義批判でも、ましてや映画批判でもない。そして馬場つげ研はこれを真摯な意味で受け止めなければならない。

「この(動乱の)時代になんでつげ義春やねん」

答えられるかどうか。

うずまきと伊藤潤二と初音映莉子

更新頻度ががくっと落ちているのはなぜかというと、柄にもなく、忙しかったからです。嘘です。ずっとダラダラしてました_| ̄|○

会誌『週末から』の次号予告を見るとわかりますが、当会会員にはそもそも計画性という観念が欠落しているので、いつも不定期更新です。人生もです。学校教育も平気で6・3・4・6と来ています。
予告のうち、実現できていないものがほとんど。ということはまだまだ出る幕があると言うか社会学がどうのこうの。

そんな多忙の遠因になったのが、伊藤潤二原作のホラー映画DVD『うずまき』。劇場公開以来5年ぶりに見て、

そういえば初音映莉子っていたなあ、黒子と黒髪とほとんど棒読みなんだけど愛らしい演技に惹かれてだいぶファンだったなあ、でもいつのまにか彼女の姿をブラウン管で見かけなくなって、僕も年をとって、当時住んでいた大久保のアパートを出て、二児の父親になって、すっかり忘れてしまっていたけれど、ああ今どうしてんのかなあ。

というのが、今日のお話。

『うずまき』は98年から99年にかけて『スピリッツ』に連載され、2000年に初音映莉子主演で映画化されたホラー漫画。ジャパニーズホラーコミックスオブキングと呼ばれていたりいなかったりの伊藤潤二がその名を広く世に知らしめた作品である。という説明が気に食わなければ、名声を確立したヒット作。それでも満足しないなら、・・・俺はお前を殺さなければならない。

正直、あまり知らないのですね。「朝日ソノラマのドル箱」だということは知ってるんですが、リアルタイムで追っていたのは『うずまき』と『ギョ』のみで、熱中した記憶もない。

最近では「マロニエ」ってのが映画化されたようですが、そのホームページがあまりに見にくくて(「わかりにくい」サイト運営者の私が見ても!ですよ)、ファン倶楽部のサイトも考えられないぐらい情報量が少ないし、なんだかイライラしてきました。井上雄彦のサイトを見ろ!と言いたい。関係ないけど、夏目房之介が『夜話』で『富江』をとりあげてたな。

例によって内容はともかく、

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彼女ですよ。わが青春のアルカディアですよ。現在大ブレーク中の(らしい)石原さとみに変わるまで、永谷園『松茸の味お吸い物』のCMに出ていたんで知っている人も多いかと。CMギャラリーはこちら。大量オンエアされたのか、あまりテレビを見ない私が全部知ってますよ。

ヤフーには、ファンサイト「はつねさまさま120%」しか登録されていなかったので、入ってみると「5/19NEW!」の文字が。つい、「頻繁に更新されてんジャン、初音映莉子ってまだ活動してんジャン」と思いましたよ僕も。

いったい何年前の5月19日だよ!

リンクページから情報を探ろうとすると、ファンサイト全滅かよ!


辛うじて(?)所属先のホームページが生きてました。どうやら芸能活動を続けているようです。お、マジックマッシュルームと同じ事務所。

写真を見ると、長い黒髪をばっさり、以前よりもさらに美人になっていて驚き。現在は舞台をやっているとのこと。テレビにはあまり出てないみたいですね。というか、2004年何やってたんだ?

リンクが張ってあった本人のホームページ「スケッチブック」を見ると、


うわあ・・・・絵ぇ描いちゃってるよ・・・
何だかなあ・・・素人っぽいと言うか・・・何と言うか・・・
(※写真集でも絵は描いていた)

この写真の日付はわざといれてるんだよねえさすがに。



「23歳だよ。あたしの事16歳から知っている人もいるのよね。親戚じゃないのにフシギ?。」





涙が・・・

角川ホラー『着信アリ』

 4時20分、うっすらと明かり差し込むビル街の朝。夜中ずっと聞こえていたフィリピーナや酔っ払いの声も消え、変わってゴトンゴトンと山手が走り出した。目を細めても夜明け。伸びをひとつして、DVDの再生ボタンをポチッと押すと、途端、断末魔の叫び声が部屋中に響く。これが私の毎日だ。今日も重苦しい一日が始まる。

 ホラー大好き!金ゐです。たったいま、柴崎コウ主演『着信アリ』見終わりました。朝一のホラー映画って、素敵。身が引き締まるよね。昨日は朝一で黒澤明の『どん底』を見たんだけど、一日の始まりに『どん底』はちょっとまずかったなあ!「ゴローロップゴローロップ」って繰り返してたら鬱になっちゃって、しばらく立ち直れなかったもんね。

 それにしても、怖かったですねえ、『着信アリ』。何が怖いって、映像特典で「パート50まで続けたい」と言う原作・秋元康の目が笑っていないところが一番怖い。既にパート2の段階でキャスト・監督が総とっかえされていて、秋元が「ほら見ろ。実現可能なんだぜ」と言っているかのようで、実におとろしい。

 ある日、友人の携帯に届いた奇妙なメッセージ。そこには、その友人によく似た声で身の毛もよだつような悲鳴が録音されていた。発信者の番号は友人本人の番号。着信時刻は3日後の時刻。その場はいたずらだと軽く片付けたが、数日後その友人は録音とまったく同じ悲鳴をあげて着信時刻の日時に死んだ。同様のことが次々起こる。携帯を通じて伝播する死の予告。そして、とうとう自分の携帯が鳴った…

 自分の携帯から着信があるなんて怖いですねえ。私の携帯はここ4ヶ月着信がないから、電話がかかってきた瞬間、「これは死の予告電話だ」と分ってしまうわけですね!・・・シビアだなあ大都会は。

 内容に関しては、原作が秋元康ということを考えれば大体わかると思いますが、一言で言うと、どこかで見たような話でした。二言で言うと、パッチワーク的もしくは類似品的でした。プロットは『リング』そのものだし、唯一誉めようがある着想の「自分電話」も冷静に考えればアレのアレだし、柴崎コウも『バトロワ』と比べて演技が悪いし、エンディングの主題歌もパッとしないし、ヒットを見込んで次回作用に散りばめられた謎は鼻につくし、透けてるのは幽霊じゃなくて製作者の意図だよというか、化け物も全然怖くないし、というより死に方も『リング』だし『呪怨』だし、「録音とまったく同じ悲鳴をあげて着信時刻の日時に死」なせるために安易なリピートをしすぎて、なんか『タイガー&ドラゴン』状態に陥ってるし。もちろん★★★★★(五つ星)ですよ

 ところで、公式HPによれば、本作は角川ホラーの第6弾らしいんですが、前の5本は何なのでしょうか。超メガヒット作「リング」「らせん」に、コケた「リング2」「リング0 バースデイ」。あと一本は何だ?

 こちらのリストを見ても私には分かりませんでした。鈴木光司だったら「灰暗い水の底から」 があって、まあまあヒットしたし、203歩ぐらい譲ればいい映画だったけど、それじゃあその他の愛すべき小ヒット映画たち(「死国」「狗神」「アナザヘヴン」「弟切草」「黒い家」「ISORA」等)はどうするんだ、という問題が出てくる(出てこない)。
 決め手は何?売れ行きなら「死国」だろうし、内容なら「黒い家」だろうし、逆玉なら「弟切草」だし。それに「呪怨」。角川が「呪怨」を無視するはずがないが、でもあれはノベライズか。ううむ・・・・




キバヤシ「そうだったのか!

ナワヤ「どうしたんだ、キバヤシ」

キ「わかったんだよ、最後の一本が!」


「なんだってーーー!!」


キ「我々は『リング』をスタートにおいていた・・・しかし、それが間違いだったんだよ!」

ナ「それじゃあいったい・・・」

キ「『リング』ブームが沸き起こるよりはるか5年も前、その恐さ故に公開中止にまで追いやられた、忌むべき超大作があっただろう」

ナ「『怖さ』じゃなくて『恐さ』・・・、まさか!?」

キ「ここまで来ると偶然ではない… もはや『必然』―!!そう、」





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